『大本神諭』 明治33年旧9月6日

○明治33年旧9月6日(火の巻)

 うしとらこんじんくにたけひこのみことあらはれて、出口の手で書きおくぞよ。明治三十三年の九月の六日に書したぞよ。このふでさきはチト キビシいなれど、世界の政教たてかえについて、艮の金神のもとから立替を致さな成らんぞよ。みな御蔭おかげの取り様が違ふぞよ。ナンぼ神でも、余りひらたうにはもうしとも無いと思うて退かへておれば、人民といふものは何も判らんから、平たう申してやるぞよ。まだ出口の肉体で書やうに思ふであらうなれど、この出口の書いた筆先は、肉体と思うてもみなその通りが出て来るぞよ。神がかかせる筆先じゃ。何時いつまでも疑ふ人、改心なされ。うたがいきりがあるぞよ。何時までも疑うて居ると、御蔭落して、キリキリまひを致す事が出来るぞよ。

 二度目の世の立替とふやうな、たいもうな御用をさして居るのに、イマだ村内にも知らんやうな事で、ながらく世に落ちてうしとらの金神が守護いたして居る事を、九年の間、同じ事をくりかへし繰返しかかして、らして居るで無いか。このたいもうな事を世界へ知らしてかねば、これだけ神が苦労致して守護して居る事も知らずに、この結構な事を悪く取りて居るぞよ。今に世が転覆ひっくりかへるから、神がまことの者にうつりて言うてやりても、シて見せても、ヤミクモの世に成りて居るからようが無いぞよ。屁でも無い事は新聞に出すが、この世界の政教の立替といふやうな大望な事や、この神が世にこれだけ落ちて居る事を、早く日本だけなりと知らせんと、んにも知らぬ人民が可哀相じゃぞよ。

「神をひろめる」と申して、何を拡めるのじや(※1)。神が見て居れば、わがの田に水引く信心ばかりじやぞよ。よく信心じや。何時も申す通り、信者のひ致して、修羅しゅらを燃して、我身の為の慾信心じや。それでは綾部の元が御苦労じやぞよ。教祖は女〔 出口直 〕なり。かいちょう〔 海潮=出口王仁三郎 〕は温順おとなしうて何も言はぬから、いま出口に言はせばだ疑うし、左右さう申してかいちょうが申すでも無いし、其処そこで片腕に成る春一〔 四方春蔵 〕は、なんためにお広前に居るぞ。うしとらの金神の取次に致さうと思うて、大事に致して修行もずに、楽過ぎて慢心致して、今では艮の金神の御用も聞かずに神の真似まねを致して居るが、艮の金神が許さねば、何も表にはならんぞよ。それに許しを受けて、だ広前で修行中では無いか。会長〔 海潮 〕を下へくだして、自己われが上のやうに思うて居るが、今度くらやま(※2)へ参りて見れば、量見〔了見〕がちがうたであろうがな。神は気を引くぞよ。慢心いたしたもの、誰にらずみな立替いたすぞよ。今この大本からたてなほしを致さんならん初りに、春一はいちばんとうで無いか。今其方そのほうがソンナおしえを致したら、到底綾部の元は、思わくには開けんぞよ。今、海潮と春一どのが力を入れて気張らんならん所を、我身の仕覚しがくするうな事ではならんが、春一にうつりて居る神があつかましいからじゃぞよ。それで神から改心させねばならぬと申すのじやぞよ。うしとらの金神の仕組しくみは、世に出てれる神でも判らぬぞよ。の仕組が判りたら、今度の思惑は立たんぞよ。肝腎の仕組は誰も判らんぞよ。春一殿ばかりで無いぞよ。家内も村中も取違ひを致して居るぞよ。広前の立替の初発しょっぱなであるぞよ。厳しくなるぞよ。皆の人 心得なされよ。小さなよくを申して居ると、御蔭おかげが落ちるぞよ。この神の取次は、普通の修行では勤まらんぞよ。




(※1)
☆神教宣伝の大精神(出口王仁三郎聖師)
「お前たちは信者をつくるとか、教えをひろめるとか言っているが、それが間違っているのだ。世界の人民はもともと神様のうじであって、忘れている人に知らせにいくのであるから、信者をつくるなどと言わないように」


(※2)
☆『鞍馬山と僧正そうじょうたに』(源義経の伝説)
 鞍馬山と貴布彌きふみとの間に、僧正ヶ谷と云う所がある。不動明王示現の地として名高い。げん家の曹士 うしわかまる、元服後の名乗りみなもと よしつねは、幼名をしゃおうと云い、平治の乱に一家が滅びてのちは、鞍馬の寺にいれられゐたが、ある此の僧正ヶ谷に来て見ると、そこに一人の山伏やまぶしが待ってて、牛若に剣術を教えた。そして、自らちかって、「吾は之より舎那王の護身ごしんと成る」と云った。牛若は山伏のこころざしに感じ、それからは度々たびたびこの谷で山伏と落ち合い、とうとう剣法の奥の手を授かり、十五歳の時には、鞍馬山を出て奥州に下り、壽永じゅえい元暦の際には、壇ノ浦で平家を攻め滅ぼし、後ふたたび鞍馬に行って、の山伏を尋ねたが、もはや其時は、どうしてもうことが出来なかったと云う。


○『瑞能神歌/いろは歌(1)下』および『出口直子伝 教祖の鞍馬山詣で
ばりの月の光はやましろの、鞍馬くらまの山にかがやけど、をしへおやの御心は、みだれたる世を治めんと、千々ちぢおもひむらきもの、心の空もかけくもり、の星のをちこちと、深山みやまの奥に杖をき、岩窟いわやうちさしこもり、斯世このよみだ鼻高たかがみを、ことむけやはし治めんと、柴のしとねに雲のかさ、石の枕もいとひ無く、四人よたりともひきつれて、善言美詞みやびことば神嘉言かむよごと、心を籠めて宣給のりたまふ、その勲功いさをし八街やちまたの、しこ曲霊まがひ服従まつろひて、十五の月のありあけに、鞍馬の山を立出たちいでて、あや高天たかま復命かへりごとまおまつりし大僧正たかつかみ数多あまた下神しもがみ引きつれて、ほんぐうやましづまりつ、神の御国につくさむと、誓いを立したかがみの、言葉をしほかへし、もも十日とうかそのあいだ一間ひとまぢてたまひ、世の神々に神言かむことを、らせ給ひしかしこさよ。


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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