『大本神諭』 明治33年旧8月10日

○明治33年旧8月10日(火の巻)

 うしとらこんじんくにたけ彦命ひこのみことあらはれて、ぐちの手で書きおくぞよ。うしとらの金神は経綸しぐみが大きいから、みなの者のやうが違うてるぞよ。この結構な筆先を隠してでも持ちて居りたら、手柄が出来る、大将でも出来るやうに思うて居るから、皆の役員に気をけておくが、この神の仕組は身魂みたまに因縁がないと、大将は出来んぞよ。モウ誰が何をたくみても、とも出来んやうに致してあるぞよ。あやおほもとは今ではまつな大本じやが、これでも今に結構けっこうわかりて来て、とりあいだんだんだすぞよ。この大本には誰の自由にも出来んやうに、固い経綸が致してあるぞよ。今の役員は神の世話をしてれるので無い、皆れの目的をたてに来るものばかりじゃぞよ。それでは思はくが皆はずれるぞよ。神は人民に御蔭おかげりたいがこころ充満いっぱいであれども、まことの心が無きゆゑに、いろいろ災難ことが出来るのじゃぞよ。神や親のわざのやうに申すなれど、世界の事は皆自分われの心にうつりて、その心だけの事が出来るのじゃぞよ。それで、「こころを持て」と神が申すのであるぞよ。調ちょうほうをしておいて、おやがみうらめたり、悪き事をたくみていて、「思はくに行かん」と申して、親神に不足を申して来ても、そんな人民は神の方からもつならねば仕様しようが無いぞよ。
 今あやおほもと最初はじめ大事だいじの所であるから、神の申し付けた事も聞かぬ役員は、綾部の大本はかまはさん事に致さねば、かんじんの神の経綸の邪魔になりて、物事が遅れるから、神界へもうしわけの無い事が出来てるぞよ。今の役員、あまり心が小さいから、このたいもうな二度目のいはびらきのようにははんから、一時いっときはやく心をもちへて、モチトと大きい心にならねば、いつまでも判らんと、神界のおんに余りて居るぞよ。何でも改心して、今度の御用に立ててやりたいと思うて、神が心を砕けども、何時いつまでもソンナひまかかりて居る暇がないから、今に神のかんにんぶくろれると、世界に何事があらうやら判らんぞよ。このほうも、昔のかみから世に落ちて居りて苦労をいたしたゆゑ、「この世はではかん」とふ事が心底から判りたから、クドウ言ひ聞かすのじや。あしきことは申さんぞよ。世界自由に致す神でさへも、しくじりたのであるから、誰にらずくものならりて見よ。智慧ちえがくくと思ふなら、りて見るが良いぞよ。スコタンばかりじゃ。あともどばかりで、物事はじょうじゅすると云ふ事は無いぞよ。

 今の世界の人民は、あまはなたかばかりで神もへいこうじゃ。エライおんかたばかりじゃなア。この落ちぶれた出口なおに、こんな事を書せると、こうな人の鼻高が「一つってなぶりてやらうか」と申してるものもあるなれど、この落ちぶれものが、手本なしに書きほうだいに書いた事が、皆実現でて来るのじゃぞよ。珍しき事をして見せてるぞよ。だち殿エラサウに申しててきうて御座ござるが、この仕組が判りてりててきたうて来るのか、京都の杉田もだい敵対うて居るが、神もモチイト改心を致して一心に願へばききみあれど、二度とは聞済は無いぞよ。杉田も今はおにわるがみの心にりて居るぞよ。それでは神の布教師とりつぎとは申さんぞよ。杉田の行状おこないは神のかんかなはんり方。今の神の道の布教師は神を松魚かつおぶしに致して(※1)自分われの目的を立てるものばかりであるが、これからはいちにちましに神の経綸をけてせて、布教師いたして居るもの、皆あらためいたして、淘汰そぐりたてるぞよ。こんこう殿はまことに気の毒なものじゃ。ながらくの御苦労を、後の布教師が無駄に致して、教旨おしへは結構なれど、とりつぎまんしんいたして、金光殿のおしへまもりて居るものは無いゆへ、だんだん神の道がかはりて来て、寄りてたかりて、教をこしららへて、全然さっぱりヤシのかた。誠に金光殿へ気の毒であるから、出口なおの手で筆先を出して、金光殿の方へ気をけたなれど、みな取次が自分われしの行り方であるから、一寸ちょっとも聞入れず。かえってまことうしとらの金神を、今にわるく申すものばかりであるぞよ。

 この経綸しぐみは、昔のもとから永らくかかりたたいもう仕組しぐみであるから、予備ひかへ何程なんぼでもこしらへてあるから、だんいたさんやうに。ゆるしはならんみちじゃぞよ。金光殿の布教師とりつぎは、金光殿よりうえきやうに思うて居るから、今度のアノていさい、金光殿は取次だけじや。日本だけのおしえをいたす教祖じゃ。 ぐちうえは、さんぜんかいを世のたてへのやくであるぞよ。 これからふでさきかかしていて聞かせば、わかりかけるぞよ。世界のもと真理わけと申すものは、綾部のおおもとねば何も解らんぞよ。ドンナえらい智者でも学者でも、この大本へ出て来ねば、実地じっちの事は判らんぞよ。今はおちぶれものにたいもうな御用がしてあるので、誰もまことには致さねど、細工はりうりうげをうじ、吃驚びっくりさして改心をさすぞよ。てきうてる人、はよう大本へ来てくだされ。待ちて居るぞよ。チトぼつぼつと出て来て下さらんと、かげで敵対うて居りても、物事が遅くなるぞよ。この大本は、へんじょうなんと変性にょとに世界の事を知らせるぞよ。ばけものやら狂人きちがひやらわけの分らんやうに致しておいて、世界にある事を知らしてるぞよ。チットりょうけんの違ふ人も出来るであらう。あまよくばかりを思うて居ると、一旦いったん天地へ引上げに致すぞよ。神がにちにち手伝うて、これだけ苦労をいたして、人形使ふやうにして居りても(※2)、何も分らん人民ばかり。この事を変性男子、女子の因縁をいて聞かせば、昔からの事が判りて改心が出来るぞよ。



(※1)
○『神を松魚節にいたして・・・』
「大本神諭」明治33年閏8月1日を参照のこと。


(※2)
○『人形使ふやうにして居りても・・・』
神之公園さん『人に内在する良心神ブログ』より「私の人形は良い人形。魂の人形は魂の浄化が出来る。」(2013年11月21日)、同じく『点と線を結ぶ偶像禁止の意味合い。ひとは「」なるが故に諸々の霊の意識に支配される。人は霊の御人形』(2016年11月19日)


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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