『大本神諭』 明治33年閏8月2日(壱)

○明治33年閏8月2日(火の巻)

王仁夫妻01

 出口のいんねんは中々六ヶ敷むずかしいなれど、元からの因縁は昔からなり、斯現世このよの因縁も、元は八人の血筋で手分け致して間配まくばりて、仕組がして有るぞよ。明治23年の7月の19日に、八木やぎの福島のひさ〔 出口なお開祖三女 〕が大病で、あけだちなおが参りて、八木の島の手前に出口においいて、「御前おまえは珍しき婦人おんなじゃ」と申したのは、人民では無かりたぞよ(※1)。「お前は婦人おんなりて来ては居れども、婦人では無い男子おのこじや」と申して有らうがな。「七人の女じや」と申して有らうがな。その因縁も判りて来るぞよ。
 明治24年のごくつきからおほつき よねの総領が狂乱きちがひ、八木のひさ狂気きちがひた25年正月から、出口なおも人から見ればこれ狂人きちがひ、この三人の狂乱きちがひもとは、みな神からてある狂乱であるから、世話してるものが改心をして、ききけてれたら、すぐ鎮静しずまるなれど、誰にもわからん事で有るから、よね全狂乱まるきちがひにしてしまうて、大槻鹿しかぞうよねの改心が出来んゆえ(※2)、八年間懲戒いましめを致されて、因縁もののあひで、めずらしき事が綾部に出来できるのじゃぞよ。世の立替には変な人が現はれて、変な事が出来るぞよ。
 こんこう殿も結構なれど、すぐ布教者とりつぎまんしんいたして気の毒なものじやぞよ。何処どこの教祖もみな同じ事じや。みな取次が悪きゆえ、教祖の名がる成りて、ながらくの苦労が水の泡になりてるぞよ。その苦労だけの取次には徳が無いから、今度は何処どこの教会も、皆調査あらため致して有るから、ぎょうじょうの良き教会は結構なり。行状あしき教会は、今度一番に審判あらためいたすぞよ。

 今度神が四人を連れ行きたら、分りてる人は結構なれど、わからん人は色々ともうすので有らうなれど、この綾部の大本はほかの教会とは違ふから、ちがう事を致させるなれど、今度苦労くろうに成りたら結構が解るから、人民はんと申しても、実地せうまつところへ連れ参るから、安心致して下されよ。このくもりた世の中を、水晶に致さねば成らんから、神がながらく苦労を致すのじやぞよ。今度のトコは人民では行かれんところであれど、其処そこへ一度はってもらはんと、モ一つの事が出来致さんぞよ。そこへ参りて来たなれば、三年のぎょうが出来るぞよ。八木のふくしまして行て下されよ。次に差図さしずを致すぞよ。綾部の大本の世継よつぎに成るのは、一度は実地の所へ行って下さらんと、まことの御用がさせられんぞよ。そこへ参りて現世このよきぬぬがして、身体に徳をけて置かんと、神の威勢が出んから、すみと〔 四方 〕はるいち連れ参るのはチト早いなれど、出口に一同みな結構なところへ連れ行かせるぞよ。世界のたいもうが遅くなるので、人民の御用ごようが遅く成りて、モウゆっくり致しては居れん事になりたから、むのじやぞよ。物がアチラ、コチラになりたから、人民をはやく改心さして、……。

 世界の事が、あと経綸しぐみりたのがさきに成りたから、神がせはしく成りて、何も物事がはやくなるぞよ。今迄は何を云うてもまことに致さなんだが、みな出て来て、これからは改心が出来るぞよ。遠方を見いでも、近くを見て御覧ごらうじ、てきうた人民と、真に致して神にすがりて来るものと分けて、気がけて有るなれど、人民は何をして見せても、明白ありやかに云うてやらねばけず、言うてれば真に致さず、放任ほかして置けばぶっぽうはまるし、親がを思ふと同じ事で、児がどぶつぼはまるのを見てはれず、言うてれば悪く取りて火に成りて怒るし、神もつらいぞよ。神の心もすいりょうしてくだされ。人民たすけたさの事で有れど、改心出来んと、見苦しき身魂みたまは神が引取らんと、醜穢きたなきものはほかさねば世のけがれとなるから、可哀相かあいそうでも何がらうやら判らんぞよ。良き心を持ちたら、これからは良き神をけて、良き世話をさすぞよ。




(※1)「人民ではなかりたぞよ」
○出口澄子さんの『おさながたり』より「不思議な道づれ
 その後、西町のおよね姉さんが神憑りになったというので、教祖さま〔 出口なお開祖 〕が見舞いにゆかれた時、教祖さまご自身の腹の中から、「オーこの女、この女、の島であったのはソナタであったわい」・・・という声がでてきて、教祖さまは何じゃ判らず心配されて、「アナタは一体いったいどなたですか」・・・と尋ねられると、「このほうは三千年世に落ちていたうしとらこんじんじゃワイ」と、また腹の中から声が出て来たので、教祖さまは、これはいよいよ自分も大変なことになった、困ったことになったものじゃ、艮の金神さんと言えば悪神のたたがみと言われているどえらい神さんじゃが、どうしてこう言うことになったのだろうか、どうしたらよいのであろうか、と途方にくれたと言うことであります。そうしてこの時も、八木の島で会われた上品な男の言葉がハッキリと頭に浮かんできたと言われました。


(※2)「大槻鹿蔵」
○「大槻鹿造と王仁」 玉鏡(昭6/8)神諭・王仁三郎
 開祖様の長女 よねさんは大槻鹿しかぞうの妻であった。鹿造は綾部の無頼漢の親分であった。王仁が綾部に来てすみ(開祖五女)と結婚すると、錆刀をおっ取ってやって来て「こら、貴様は何処どこの牛の骨か馬の骨か知らないが、俺が長女の婿だ。一体全体嫁に貰ったのか婿に来たのか、どちらだ」と刀をつき立てて雄叫びする。「そんな事はどちらか知らぬわい、だがお前は喧嘩を買ひに来たのかい、それなら相手にならう」と両肌ぬいで坐り直したら「ウン、申分が気に入った、若ざうに似合はぬいい度胸だ、俺は帰る」と云うて帰って行った。爾来じらい王仁のめには随分よくしてれたものである。



テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
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プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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