『大本神諭』 明治32年旧6月18日

○明治32年旧6月18日(天の巻)

 かたへいぞうどの、たいもう御世話おせわをしてくだされて、まことけっこうであるぞよ(※1)万古まんごまつだいのこる御世話であるぞよ。この事じょうじゅいたしたら、御礼おれいまをすぞよ。このことは、このはじまりてから、無き事であるから、今ではたれまことに致さなんだが、モウこれからは段々とわかりて、この世のたてかへに致して、あらたまりてのもとはじまりの御世話であるから、まことに結構でありたぞよ。この事はじんみんではわからんから、金光殿の方では判らんぞよ。綾部あやべいとわからんのじゃぞよ。たか四方しかたへいぞう殿、四十一歳のおりきゅう五月二十四日に御迎おむかひに参りたが、まことに結構な御世話を致してくださりたゆえに、これからはうしとらこんじんおもてになりて、三千世界を守護しゅご致して、さらつのに致すぞよ。おもてりたればんなちからかみであるぞよ。今年中には余程よほどわかりて来て、びっくりいたしてフンびる人が、大分だいぶ出来るぞよ。気の毒なものじゃぞよ。まんしんを致すと、誰によらずおほ怪我けがが出来るぞよ。うしとらこんじんが気を附けておくぞよ。平蔵どの手柄てがら




(※1)
出口王仁三郎氏を囲む神霊座談会(3)
神本「この間青木中尉が上海から帰って来て、日本でも扶占フーチ なんかで出してれると神様がぐわかっていいんですがと云っていました」
聖師「扶占でもいくぶんそうだが、神様というものは人を”たらす”ことがある。教祖さんのお筆先でも、『へいぞうどの……』とかいって、三千世界の神様が『平蔵どの』などとおかしいけれど……扶占でも『井上留五郎に酒一杯飲まして二十円やれ』というような事まであるのだ。神様の神策でいきおひをけて働かすためだ。お筆先にでも『御用きいてくださったら手柄てがらさす…』と書いてあるが、交換条件みたいに手柄などさして欲しくはない、と思うけれども、初めは手柄のしたい人がおったのだから、対者によってそう言わなならんのだね」


○浅野和三郎『出慮』から「綾部の参籠」
 自分が引籠って頻にお筆先を査べて居る間にも、お広前の方では間断なく神憑り現象が起って居た。悪霊がかかって来きてペラペラくだらぬことを喋べるなどは、世間では珍しがるが、綾部では毎日の事なので誰も頓著しない。大抵広前係りの四方平蔵さんが、一人で鎮魂して形づけてしまう。四方さんの、型に嵌まった訓戒の言葉、その態度、その祝詞の調子、その一種異様な気合の声は、いやしくも一度大本へ参拝した者の知らぬはない位に、四方さんの勤労は大したものである。かくして無数の人々は、四方さんのお取次で精神肉体ともにズンズン救われて行く。


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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