『大本神諭』 明治31年旧9月30日/霊止と人間

○明治31年旧9月30日(天の巻)

 うしとらこんじんおもてあらはれたなれば、なにごとものはやいぞよ。ながらくの経綸しぐみいたしてあることであるから、いちいちりん まちがひないぞよ。このふでさきまつだいのこるのでるから、かかかしてかねばわからぬからくぞよ。ぐちなお斯世このよになきおちぶれておる人〔 〕であるが(※1)、この御方おかたは、斯世このよかは御用ごようかせるたまでありたぞよ。この御用をさせるために、苦勞くろうばかりがさしてりたぞよ。このことむかしからことであるから、じんみんの知らぬ事であるから、なかなかかみほねれるぞよ。人民のうたがふはもっとものことれども、ちがい無き事であるから、足立あだち殿どのこのはなしをこんこう殿のほういたしても、今ではげぬから、このほうは神の仕組しぐみがしてる事があるから、うえさぶろう=出口王仁三郎 〕ともうものが出て来たなれば、其処そこあんばいりもちて、腹をあはして致さぬと、金光殿にモタレてりたら、物事がおそくなりてはぬぞよ。このうへは足立殿に手柄てがらいたさすのでれども、たいもう御用ごようであるから、まこと神人かみ御出おいさらぬと、教役者とりつぎちからだけではかぬぞよ。
 ふでさきみなかかしてろうがな。
 皆仕組しくみいたしてる事じやぞよ。くやしきこともチットはこばらねば、金光殿は結構であれども、よろずおんかみ みなきやうにいたさぬと、天下てんかたいへいおさまらぬぞよ。世界せかいには運否運うんぷがなきことに致さぬと、今まではあま運否運うんぷりたから、世界をいたし、人民にかいしんを致さして、世界せかいますかけくのじゃぞよ(※1)ひとつでくなるぞよ。るきことをいたすやうに思ふて、何時いつまでてきへば、物事が遅くなるから、あま敵対てきたへば日本にほんの国になにりてもかまはぬぞよ。日本の国はたすけたいと思ふて、かみがみ様は大変なほねおりじきゃぞよ。なんにもらぬ人民には相手にはらねども、余り敵対てきたへば神もかんにんぶくろがきれたれば、何事りても神は知らんぞよ。わからんといふても、あんまりであるぞよ。




(※1)
出口王仁三郎著「靈止と人間」(月鏡、昭和4/1)
 ひとであって、天地てんちけいりんさいしゃであるが、にんげんは天地の経綸をおこなうことは出來できない。人間は天地経綸のいち機関きかんである。


(※2)
出口王仁三郎 青年座談会(昭和6年4月27日)より
聖 師「国家の将来なんてチャンとふでさきに書いてあるじゃないか。読んだらわかるわい」
林英春「読んでわかる様だといいんですが、それがどうもハッキリ判り兼ねまして・・・」
聖 師「御筆先にちゃんとみな出ている。あの筆先と云うものは実にせんたんなハイカラものや、かいしゃく仕様しようっては、左傾さけい〔 左翼 〕かしらと思われる様な事もある『ますかけきならす』とか『世界にある事はみな神がおもて足場あしば』だとも書いてある。神様と云ふかたは時にはんかん苦肉くにくさくをやられる。神様も決して正直ばかりではない。世の中をすくはうとおもわれると種々のさくをやられる。反宗教運動等も、そのために神さんがさしているのだとも見られる。なにもさう心配するな。『神の道のとりつぎつらくなるぞよ』とあるが、今からは余程よほどしっかりせんならん。『とどめかみてやる』ともいてある。大本の青年は神さんがあっぱれ世に出られるまでの御用ごようや。とどめに神が出て来るまでの、つまりふたら保護する所の青年はかきじゃ。それになったらいと思ふ。」


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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