『大本神諭』 明治31年旧5月5日/無間の鐘

○明治31年旧5月5日(天の巻)

 いまかいじんみんは、服装みなりばかり立派りっぱかざりて、うへから見れば、けっこうな人民で、かみかなはんやうに見えるなれど、もと創造こしらへた、まことかみ目艮から見れば、さっぱりあし守護しゅごと成りてるから、あたまつのへたり、しりが出来たり、無暗むやみはなばかりたかばけもの覇張はばる、やみくもの世に成りて居るぞよ(※1)とらおほかみわれたべものさへありたら、誠に温順おとなしいなれど、人民はとらおほかみよりもあくが強いから、よくかぎりがいから、んぼものりても、たんのうといふ事を致さん、精神こころに成りてしまふて、おに大蛇おろち精神こころになりて、ひとの国をったり、人の物を無理して強奪ひったくりたがる、あくだうな世に成りて居るぞよ。これもみな露国ろこくあががりてる、わるがみれい所行しわざであるぞよ。モウこれからは改心かいしんを致さんと、うしとらこんじんあらはれると、きびしうなるから、いままでの様なちくしょうのやりかたは、何時いつまでもさしてはかんぞよ。しのみせしめは、覿てきめんに致すぞよ。いままできすっぱふほうだいの、の人民は、つらくなるぞよ。はやく改心致さんと大地おつちうへには置いてもらえん事に、かはわりて来るから、神が執念くどう気をけるなれど、智慧と学とで出来た、今の人民の耳には、這入はいりかけが致さんぞよ。

 一度にたてかへを致せば、世界に大変なひとべりが致すから、時日ひにちばして、一人ひとりなりとも余計よけいに改心さして、助けてやりたいと思へども、やうに申しても、今の人民はききれんから、世界に何事かしゅったい致しても、神はモウ高座たかみからけんぶついたすから、神をうらめてくださるなよ。世界のかみがみ様、守護神殿、人民にけるぞよ。

 げんかねうちらして(※2)、昔の神が世界の人民に知らせども、盲目めくら聾者つんぼくらがりの世でるから、神のまことおしえは耳へ這入はいらず、外国のけものを致して、うしうまにくくったり(※3)ようふくて神の前をはばからず彷徨うろついたり、いちも金銀と申して、金銀でけら世がおさまらん、人民は生命いのちたもてん様に、とりちがひいたしたり、人の国でろうが、人の物で有ろうが、隙間すきまさへありたらことを考へたり、がくさへりたら、世界は自由自在に成る様に思ふて、ちくしょうの国の学にふかはまり致したり、おんなと見れば何人でも手にけ、めかけあしかけを沢山にかかえて、ひらけた人民のやりかたと考へたり、はぢおそれも知らぬばかりか、他人ひとはどんな難儀なんぎをいたして居りても、見て見んりをいたして、我身さへ都合つごうければいと申して、日本魂やまとだましいを外国へ引抜かれてしまふて、ちょうへいのがれやうとして、神や仏事にがんをかける人民、多数たっぴつに出来て、国のことども一つも思はず、くにられても、別に何とも思はず、心配も致さぬこしぬけじんみんや、うじむしばかりで、この先はどうして世がちてくと思ふてるか、わからんとまをしてもあんまりであるぞよ。やまひがみ其辺あたり一面にかして、人民を残らず苦しめようとたくみて、人民のすきまをねらひめてりても、神にすがりて助かる事も知らずに、外国から渡りてわるがみをしへた、毒には成っても薬には成らぬヤクものに、たくさんの金を出して、ながいき身体からだを、ワヤにられて居りても、夢にもさとらん鹿な人民ばかりで、日本魂の人民は、ゆびかぞへるほどよりか無いところまで、世がくもりて来て居りても、ドうもこうも、う致さん様に成りて居るくせに、弱肉強食つよいものがちの世のかたをいたして、「これよりほかに結構な世のもちかたい」ともうして居るぞよ。日本の国のちてりて、いままでけっこうにくらして居りて、おんといふ事を知らずに、くちさきばかり立派に申して居りても、「サアいま」といふところになりたら、もとからの守護神であるから、チリチリバラバラに、逃げてしまふものばかりが出て来るぞよ。それで神がながらく苦労致して、一人ひとりなりと人民を改心さして、日本魂をこしらへて、世のたてかへあわしたいのであれど、今の日本の人民は、サッパリあし精神こころりて居るから、何程なんぼ結構な事をもうして知らしてやりても、今の今まで改心をよう致さんように、くもりてしまふたから、神もモウこえげて、手を切らなようが無いが、これけ神が気をけるのに聞かずにいて、あとで不足はもうしてくださるなよ。神はモウひときりに致すぞよ。

 けもの〔 毛物 〕の霊魂みたまりておるから、惡〔 〕が強いから、こころからのまことといふ事が無きやうになりて、人の国まで弱いと見たら、無理にってしまふて、取られた国の人民は、るにれんはされても、何も言ふ事は出来ず、おなかみりながら、余り非道ひどやりかたで、ちくしょうよりもモひとむごいから、神が今度はて、世界のくるしむ人民を助けて、世界中をますかけきならすのであるぞよ(※4)だんだん世がせまりて来て、くひものこまる様になりたら、日本の人民を餌食えじきに致してでも、徹底的とことんくといふ深い仕組しぐみを致して、日本の国をとろうとして、ながらくの仕組をして居るから、日本の人民は、余程しっかりとはらおびめて居らんと(※5)まつだいとりもどしの成らん事がしゅったいして、天地の神々様へもうしわけき事になるから、うしとらこんじんが三千年余りて、世にちておりて、かげから世界をつぶさんやうに、つらぎょうをいたして、経綸しぐみをしたしたので、モウみずもらさんやうに致してるなれど、神はそのままでは何も出来できんから、いんねんあるたまを引きよせて、かかりてこのの守護をいたすのであるから、中々大事業たいもうであれど、時節じせつめぐりて、変性男子と、変性女子の霊魂みたまが、そろふて守護がしたらから、四十八文字の霊魂みたま、世界のおほもとあやりゅうぐうやかたにボツボツとせて、神がそれぞれようを申しけるから、素直すなほに聞いてくださる人民がそろふたら、三千年余りての仕組が、一度に実現なりて一度に開くうめはな、万古末代しほれぬ花が咲いて、三千世界はいさんでらすしんこくになるぞよ。

 日本の人民の天からの御用ごようは、三千世界をおさめ、神のわうの手足となりて、わがを捨てて、神皇かみの御用を致さな成らぬ国であるから、外国には従はれぬ、とほとい国であるのに、今の日本の人民は、皆おほきな取〔 ちがひを致して居るぞよ。




(※1)
○「義経と蒙古」 月鏡
蒙古もうことはいにしえ高麗こまの国の事である。百済くだらの国と云ふのは今の満洲で、新羅しらぎ任那みまなの両国を合したものが今の朝鮮の地である。これさんかんと云うたので、今の朝鮮を三韓だと思ふのは間違ひである。玄海灘には、散島があって、それを辿たどりつつ小さな船で日本から渡ったものである。よしつねはこの道をとらないで北海道から渡ったのであるが、蒙古では成吉斯汗(ジンギスカン)と名乗って皇帝のくらいについた。蒙古には百六王があってかんと云ふのが皇帝に相当するのである。蒙古にはまた面白い予言があって、『成吉斯汗起兵後六百六十六年にして蒙古救済の聖雄が現はれる、そのときは黒鉄の蛇が世界を取り巻き、馬や牛がものを云ひ、下駄の下を通る人間が出来る』……と云ふのである。まさに現代であって黒鉄の蛇といふのは鉄道が世界を一周すると云ふ事、牛馬がものを云うとは大本神諭の「今の人間皆あしいれものになりて居るぞよ」と云ふのに相当し、下駄の下を通る人と云ふのは小人物を指すのである。また成吉斯汗の子孫母にれられて日本に渡り、五十四才の時蒙古に帰り来って滅び行かんとする故国を救うと云ふ予言もある。私の入蒙は恰度ちょうどその年すなわち五十四才にあたり、また成吉斯汗起兵後六百六十六年目に当って居るのである。かるがゆえに蒙古人は私を成吉斯汗すなわち義経の再来だと信じきったのである。義経はアフガニスタン、ベルヂスタンにも行き、遂に甘粛かんしゅくにて死んだ。げんの忽必烈(フビライ・カン)はその子孫である。「げん」と云ふのは「げん」の字音から来るのである。


○「ミロクの世と物質文明」 月鏡
ミロクの世になれば寝ながらにして地の中を通る事が出来、空をも、また水中をも通る事が出来ると云うてあるが、寝ながら通る地中と云ふのは地下鉄道の事で、寝ながら通る空と云ふのは飛行機、飛行船の事、水の中を通ると云ふのは潜水艦の事であって、今がその予言の出て来た時代なのである。また蒙古には、黒蛇が世界中を取り巻き、牛や馬が物云ふ時に成吉斯汗が再誕して我が国土を救うと云ふ予言があるが、それも現代の事である。すなわち黒蛇とは鉄道の事であり、牛馬がものいふと云ふのは、人間がひどく堕落して、狐狸牛馬などの容器になって来る事を云うたものである。


(※2)
○「無間の鐘」 玉鏡(昭7/12)
げんかねたたふことは、だんなくかねを叩き続けることで、はやがねを叩くよりも数十倍の速さで叩かなくては、無間の鐘を叩くとふことにならぬ。またこの意味には霊的の意義がある。王仁わたしが綾部へ初めて行った時におふでさきげんかねりだしてうんぬんとあるので、左様さような鐘が有るかと聞いたら、教祖〔 出口直開祖 〕は即座そくざに「げんかねはあんたのことぢゃ」とはれた。二代〔 出口澄子:王仁三郎妻 〕はこれを聞いて「道理どうりで先生はいつもかましうりつづけられるのぢゃ」と云って笑ってたが、今日のの仕事をまた王仁の使命をさとったらわかるやうに、霊的にも体的にも、だんなくりなりわたると云ふありさまぢゃ。まことにどほりにげんかねである。

〔 現代注:”無限の鐘”とは「静岡県(遠江)の小夜の中山の観音寺にある鐘で、これをくと、現世では富裕になれるが、来世では無間地獄に落ちるという。また「無間の鐘の事、平生こめくわめしひるごとくにおそしょくをすれば、其心諸事にうつり倹約すれば間無富貴になるとの事のゆいしょは金の字の和訓なり。慈照院殿の録にあり。此録今京相国寺慈照院にあり。」とのでんもある。”無間の鐘を掘り起こす”の表現は「明治32年旧7月1日」「大正6年旧11月23日」にある。「明治32年旧7月1日」は”無間のかね”になっているが、誤植であらう。 〕


(※3)
○「食用動物」 月鏡
キの字のつく四足類は、食用とすることを許されて居るのである。例へば、狸、狐、兎の如きもので又"たまがへし"してキになるものも許されるのである。"かも鹿"の如きがそれであって、これ等は神界の方で"木"即ち植物に宣り直して居て下さるのである。鳥類でも鴨、雉の如き皆キにかへるので、鶏をカシワと呼びならはしたのも柏の意味で木と云ふ事になる。牛馬の肉は食用としてはいけない。


○「肉食」 月鏡
止むを得ず豚の肉などを食べる時は、「四つ脚、四つ脚、四つ脚」と云うて食べる。済んで仕舞うと、「神様、神様」と云ふ。さうすれば、痛みかかったお腹もすぐ癒って仕舞ふ。


○「肉食の害」 玉鏡
獣、鳥、魚などの肉は一旦食物として消化されたものが肉となったのであるから、それを摂取してもあまり益はない。獣肉を嗜むと情欲が旺になり、性質が獰猛になる。肉食する人は本当の慈悲の心はもたない。肉食を主とする外国人は親子の間でも情愛が尠ない。例へば遺産があっても子には譲らずに伝道会社に寄附するといふやうなものである。神に近づくときは肉食してはよくない。霊覚を妨げるものである。


○浅野和三郎 編『岩間山人と三尺坊 : 神秘物語』(嵩山房, 1925)
「イヤ異人といふものは悪者ですナ、平気で犬や牛の肉を食べる……。」
「異人だとて同じ人間です」と才一郎の見解は質問者よりも遙に寛大でした。
「決して悪る者といふべきものではありません。肉類が其の国の食物なのですから致し方がありませぬ。」
「肉類を日本人が喰べるのは何うせうナ?」
「別に悪るい事はありませぬ。神様はただ正直な者をお好みになる丈で、異人だから無闇にいぢめるとか、肉類を食べるから矢鱈に罰を興へるとかいふことはありません。
「若しも天子様からお頼みになれば、異国船を打拂っていただけるでせうか?」
 当時の人心はよくよく異国船の恐ろしさがしみ込んで居たと見えます。しかし才一郎はそれにも落付いて答へました。
「それは無論できますが、しかし何等害を致さぬものを打拂ふ必要はない。害を興へる時に初めて打拂ひます……。」


(※4)
出口王仁三郎聖師と出口日出麿師を囲む座談会/第三回 国家の将来
聖師「国家の将来なんてチャンと御筆先に書いてあるじゃないか。読んだら判るわい」
林 「読んで分る様だといいんですが、それがどうもハッキリ判り兼ねまして・・・」
聖師「御筆先にちゃんと皆出ている。あの筆先と云うものは実に尖端なハイカラものや、解釈の仕様に由っては、左傾かしらと思われる様な事もある。『枡かけ引きならす』とか『世界にある事は皆神が表に出る足場』だとも書いてある。神様と云ふお方は時に反間苦肉の策をやられる。神様も決して正直ばかりではない。世の中を救はうと思われると種々の策をやられる。反宗教運動等も、その為に神さんがさしているのだとも見られる。何もさう心配するな。『神の道の取次はつらくなるぞよ』とあるが、今からは余程しっかりせんならん。『艮(とどめ)に神が出てやる』とも書いてある。大本の青年は神さんが天晴れ世に出られるまでの御用や。艮に神が出て来るまでの、つまり云ふたら保護する所の青年は垣じゃ。それになったら良いと思ふ」

他に「桝掛けひきならす」の表現がある神諭一覧
明治31年旧9月13日
明治37年旧8月10日
明治43年旧8月7日
大正4年旧11月6日
大正5年旧11月8日


(※5)
○「細心豪胆」 玉鏡(昭9/4)
えらい世の中になって来るぞ。御神諭にある通り余程腹帯を締めて居らぬと切抜けられない時が来るぞ。肝魂がしっかりして居なくては、どうにもかうにもならぬ時が来る。細心豪胆の人でなくては物の役に立たぬ時になった。〔現代注:第二次大本事件が起きるのは昭和10年12月8日、まもなく大本教は徹底弾圧により壊滅した。〕


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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