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『大本神諭』 明治27年旧正月3日/月欲しい/本宮山は平重盛の居城/歴史談片/流行性感冒/小三災/五百津御統丸の珠/惟神眞道彌広大出口國直靈主之命/大本という文字/女性の功徳

○明治27年旧正月3日(天の巻)

  綾部01
〔 画像右に山陰線、下部の山が本宮山で長生殿が建つ。豊受大神様が最初に鎮座された聖地 〕

 うしとらこんじんふでさきであるぞよ。ぐちなおかかした筆先であるぞよ。
 いか鹿るがぐん(※1)あやほんぐう(※2)つぼうち出口でぐちなお屋敷やしきは、かみいんねんのある屋敷であるから、この屋敷に大地だいちこんじん御宮おみやてるぞよ。おほしま〔 註:大島伝一郎。何鹿郡長、綾部新宮在住。 〕の家ってくだされよ。かくぞう殿〔 註:大島角蔵。近所の住民 〕退いてくだされよ。きんすけ殿〔 註:安藤金助。近所の住民 〕家持って退いて下されよ。治良右衛門じろうえもん〔 註:森下治良郎衛門。近所の住民 〕殿 家持って退いて下されよ。気の毒ながら村中いえ持って退いて下されよ。このむらいんねんのある村であるから、人民の住居すまひ出来できん村であるぞよ。とうだいもとまっくらがりえんごくからわかりててアフンといたす事が出来るぞよ。綾部はもとおほむかしから、かみ経綸しぐみいたしてある結構けっこうところであるから、綾部は流行はやりやまひふうじてあるぞよ(※3)。このことりたじんみんは今に一人もいぞよ。
 綾部のほんぐうむらは人にあはれみの無い村であるぞよ。人がなうがけやうが、自己われさへけりゃかまはん人民ばかりであるから、改心を致さんと、世がおさまりたら、このむらあくどうおにむらと名をけて、万古まんごまつだい惡のかがみいたすぞよ。

 出口でぐち引裂ひきさきにるものも出来できるぞよ。本宮つぼうち、出口たけぞう〔 註:出口竹造。出口まさ五郎ごろうなお開祖の長男 〕、おなおの屋敷にはきんちゃがま黄金こがねたま〔魂 〕がけてあるぞよ(※4)。これをほりして三千世界のたからといたすぞよ。黄金こがねたまひかりしたら、世界中が守護しゅごとなりて、神のしんりき何程なんぼでもるぞよ(※5)あいくちすぼまらぬぞよ。「うしくそ天下てんかる」とまをすのは、今度の事のたとえであるぞよ。昔からこのが始まりてから無き、めずらしき事であるぞよ。

 大地だいちこんじん様を、きんかつかねかみさまと申すぞよ(※6)。今度艮金神うしとらこんじんおもてるにいて、この神様を陸地表面へおもうして、けっこうまつりもうさな、このおさまらんぞよ。昔から結構な霊魂みたまの高い神様ほど、世に落ちて御座ござるぞよ。時節じせつまゐりていりまめにもはなきてうへしたにかへりて、まんまつだいつづりて、神ははげしく人民はおだやかに成るぞよ(※7)。これをまこと神世かみよと申すぞよ。神世になれば人民の寿じゅみょうながくなるぞよ。世界中いさんでくらやうに成るぞよ。今の日本の人民は「こんなけっこうい」と申してれど、神から見れば、これくらゐわるい世は、このもとから無いのであるぞよ。人民と申すものはまえの事より何も判らんから無理むりいぞよ。




(※1)
○出口王仁三郎著「月欲しい」 月鏡(昭4/9)
いかるがとりがある。つきほしく。綾部あやべまちいか鹿るがぐんにある。斑鳩がたくさんすんでたのでそれが郡の名となったので『 何鹿 』は当字あてじである。斑鳩は、つきしい月欲しいと鳴いてたので、これはみづのみたまむかへるとふ神様のなぞであったのだ。


(※2)
○出口王仁三郎著「本宮山は平重盛の居城」 水鏡(昭2/1)
まるやまほんぐうやま)はたひらしげもりきょじょうであった。ほんぐうしんぐう熊野くまの神社、たき等 皆紀州きしゅうの地名と同じである。またまいづるはもと田辺たなべと云ふて居たのであるが、それも同じである。もちひとおうは重盛をたよって綾部の地に来られて、ついこうきょされたのである。本宮山のちゅうふくにあるはるふさ神社は王仁が重盛の霊をれいったものである。

私註:綾部のわかみや神社(祀神、にんとく天皇)は、平重盛の奉祀という口伝くでんが残る。また綾部北方に位置するたかくら神社祀神はもちひとおうである。高倉宮以仁王は治承じしょう四年(1180年)の乱において流矢ながれやにあたりたれたと伝えられる(平家物語等)。だが社伝によれば、以仁王従者おほつきみつよりは以仁王をひそかに丹波國にまゐったが、王は矢傷のためこうきょしたという。なおもちひとおうの漢字を戦前風に右読みにするとおうひともちとなる。王仁以。ています。


○出口王仁三郎著「歴史談片」 月鏡(昭4/2)
(前略)ほんぐうやまはもと本居山と書き、ホンゴざんたたへられて居た。そしてとようけおほかみ〔 註:伊勢神宮外宮主祀神、稲荷大神 〕を御祭りもうしあげてあったのであるが、それがこうせいにお移りになったのである。(後略)


(※3)
○出口王仁三郎著「流行性感冒」 玉鏡(昭9/3)
本年(昭和九年)も大分流行性かんぼうがはやるやうであるが、戦争と流行性感冒とはつきものである。あれはれい仕業しわざである。近年満洲事変、上海事件等で多くの戦死者を出したが、それに対して、みそぎ行事ぎょうじおこはれてゐない。禊の行事の大切なる事は霊界物語にくわしくしめしていたが、昔はこの行事が厳格におこなはれたから、戦争などで沢山の死者があっても地上は時々じじに清められて、流行性感冒のごときさんがいからまぬがるる事をたのであるが、今の人達は霊界の事が一切いっさい分らず、みそぎの行事などのある事をすら知らぬ人達のみなるがゆえに、邪気充満して地上はくもりに曇り、にごりに濁り、ただれに爛れて、目をけて見ておられぬ惨状をていして居るのである。気の毒にもかうした事情を知らぬ世間の人々は、医師や薬にのみおもきを置いてしゅうしんしゅうりょして居るのであるが、霊より来る病気をたいてきにのみせむとするはおろかである。みそぎの行事の偉大なる効果を知る人は凶事あるごとに常にこれおこなふべきである。さすれば一家は常にほがらかで滅多めったに病気などにはかからぬものである。


○出口王仁三郎著「小三災」 玉鏡(昭8/7)
 まっぽうの世におこしょうさんさいと云ふのはびょうせんであるが、うえと云ふのは食糧の欠乏とのみってはならぬ。経済上の飢饉ききんもある。病気びょうきと云ふのも、単に体がむとかいするのはあやまりである。思想的の病気もこのなかに入るので、こうどうせいちゅうあゆむのが健康者であって、けい〔 註:左翼 〕だのけい〔 註:右翼 〕だのと云ふのは思想上の病人である。特にあかい思想〔 註:共産主義 〕などはこうこうに入った大病人である。
 いくさも兵器をもってのいくさの意味だけではない。政戦、商戦等々いろいろある。議員選挙においても、「あの人に是非ぜひ出て貰はねばならぬ」と選挙人の方からこんもうするのがあたりまへで、候補名のりをあげてちく鹿ろくじょうしのぎを削るのはすなわち戦争である。名誉餓鬼がき、屈従外道げどう等によつてい政治は出来ない。
 だいさんさいふうすいについてはふまい。ただこれはじんりき如何いかんともする事が出来ない天然現象である。一向ひたすら神様に祈って惨禍さんかすこしにてもすくなからむ事をねがはねばならぬ。火とふのは火事かじだけの事ではない、大地地震じしんの事である。


(※4)
出口すみ子「尽きぬ思い出 ――開祖さまのことども――」
出口でぐち屋敷やしきおうごんたからけてある、それをって宝とせよ」と神さんがおっしゃる。貧乏やから、それを掘り出して、と思って神さんにうかがうと、神さんは笑って「そんなちいさいものやない」と言われる。「じきにだまされる」と開祖はわらっておられました。


(※5)
○出口王仁三郎著「五百津御統丸の珠」 月鏡(昭5/2)経綸
まるたまと言ふのは、すいしょう珊瑚さんごこうぎょく瑠璃るり瑪瑙めのう硨磲しゃこ翡翠ひすいしんじゅおうぎょくかんぎょくまがたまなどをあつめてつくりたるものにて、出現の時そうしょくとして、首にまかせ、みみづらにかせ、腰にまかせたまふれんじゅたまである。おうごんたまと霊界物語にあるはきんたまにあらずして「おうしょくの玉のおうごんしょくひかりたるもの」・・・を言ふのである。またみなかみがみたま御用ごようをせんと活動する所があるが、このミロクの御用にたてまつたまの事であって、神政成就の御用のたまである。この玉がってねば、ミロク出現のかつ舞台ぶたいは来ない。玉が集まればその準備じゅんびが出来た事になる。玉は心を清浄にし、惡魔をふせぐものである。
〔 私註:たまくにに含むとくに。では日本神話、天照大神と素戔嗚尊(おのみこと)の誓約うけいで、素戔嗚尊がくちふくんだ姉神のまがたまと、五男神(地球の五大陸)の意味は? 〕


(※6)
○出口王仁三郎著「惟神眞道彌広大出口國直靈主之命」 (水鏡)
かむながらみちいやひろおほ出口いつきくになほぬしみことの御神名は、(出口なお)開祖様だけでは無い。二代〔 すみさん 〕、三代〔 直日なほひさん 〕と私〔 さぶろう聖師 〕とがいっしょにこもってるので、早くしょうてんしたものから、第一惟神真道弥広大出口国直日主之命、第二惟神真道弥広大出口国直日主之命とばるるので、第三、第四もどうようである。
 おほつき大の字は「 おほきな 」とふ意味でなく、は大地のたい すなわちくにとこたちのみことあらはし、は大地のれい きんかつかねのかみ〔 金勝要之神 〕を現はし、は大地のちから かむさのをのみことを現はし、さんしん世のもととなって居るのである。それになお〔 註:天帝の分魂にして、直霊としてけんげんした良心神のこと。感謝祈願祝詞参照。 〕を加へ、主の神が守らるると云ふ意味である。


○「宇宙は太の字」(新月の光 昭和18年)
宇宙はの字であって、一は天(空)、ノは火、\は水、ほちは大地で、ホチというのは水の中にうかんでいるからホチというのである。だいおおきいということである。


○出口王仁三郎著「大本という文字」(月鏡)
おほもとという文字もじは、縦〔 たて 〕にも横〔 よこ 〕にもわかつことが出来ぬ完全なで、これは、おおいに理由のある事である。てんこんこうくろずみ耶蘇やそ、仏教〔 ぶっきょう 〕等、みな縦か横にかわかれるようになっている。天理の「 てん 」はいちだいに別れ、「 」はおうさとに別れ、黒住はさとひとぬしに別れておる。耶蘇も佛もおなじである。
〔 私註:佛=ひと+ドル。また仏=人+ム。しかしながら大本の「 だい 」も、いちじん、「 もと 」はいちわかれてしまう。これは出口王仁三郎聖師のじゅんです。だが「この神にてん(天)をげる」ならば、大+ほちで「 おほもと 」となります。 〕


○出口王仁三郎著「女性の功徳」 玉鏡(昭7/2)
ぶっぽうこんにちまでめいみゃくたもって来たのは、かんのんがあったかげである。キリスト教が今日まで伝はってるのも、マリヤといふ女性があるからであり、しんとうおいてもあまてらすおほかみあるために続いてゐるのである。おほもとに於てはきんかつかねかみこのはな咲耶さくやひめが出現されて居る。すべて美人の女神ありし為に既成きせい宗教も今日まで存してるのである。


(※7)
「大本神諭 大正6年旧9月30日」に同表現がある。


○出口王仁三郎著『玉鏡』より「審判は近づいた」(昭和9/3)
かみになれば神きびしく人民おだやかになるぞよ」しんにあるが、ちかごろ神様は非常にげんかくになられつつあるのが王仁わたしにはかんぜられてくる。もはやなおなおしの時代はらんとしている。ぜんあくの総決算期がちかづいてきたのだ。いままでのようなだらしない事ではゆるされぬ時になった。
 王仁わたしは子供の時から地獄じごくみみだと言われてきたが、ひとたび王仁わたしの耳に入れた以上、なにさいだいらさず記憶きおくしている。ことに大正十年以前のことをよく記憶している。神にそむき、神をて、神をかつおぶしとし、神をぼうとくした人達のすえを思うと、気の毒にえられないので、王仁わたしは今日までしのがたきを忍び、ゆるがたきを許し、最善の努力どりょくはらって、それらの人々のかいしんうながしてきたが、もはや忍ばれぬやうになってきた。みなそのこころしたらよかろう。


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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