仏の顔も三度まで

20004年(平成16年)3月、押井守監督の作品『イノセンス』 (INNOCENCE)…攻殻機動隊続編が公開され、その中に、主要人物が「孤独に歩め 悪をなさず 求めるところは少なく 林の中の象のように。」とつぶやくシーンがあります。出典については既に指摘されていますが、この前後となると、知っている方は少ないと思います。では、紹介いたします。

○ジャータカ全集 428 コーサンビーの紛争前生物語 
 これは、師(釈迦牟尼仏)がコーサンビーに近いゴーシダ園に滞在してられたとき、コーサンビーで論争する者たちについて語られたものである。
 当時、二人の修行僧が同じ住所に住んでおり、一人は戒律に通じ、一人は御経に通じていたということである。二人のうち、持経者は、ある日のこと、排便をして水屋のなかに手洗いの水の残りをうつわに残したままで出て行った。あとから持律者がそこへ入り、その水を見て出て行き、相手にたずねた。
「あなたが水を置いたのですか?」
「そうです。友よ」
「あなたは、これが罪になることを御存知ないのですか?」
「はい、知りません」
「ああ友よ。これは罪ですぞ」
「それなら、私はそれを懺悔しましょう」
「しかし友よ。もしあなたが、故意ではなく不注意でなさったことなら罪ではありません」
 持律者は、その罪を、無罪とする見解をとった。なのに持律者は、自分の弟子には、
「この持経者は、罪を犯しながらも知らないのだ」と告げた。持律者の弟子集団は、持経者の弟子たちを見て、「あなたがたの親教師は、罪を犯しても知らないんですよ」と言った。弟子たちは行って、自分の親教師(持経者)に告げた。
 親教師(持経者)は、次のように言った。
「この持律者は、前には『無罪です』と言いながら、今度は『罪である』と言う。彼は嘘つきなのだ」
 持経者の弟子たちは行って、「あなたがたの親教師は嘘つきですよ」と言った。このようにして、おたがいにいさかいを高めていったのである。
 それから持律者は、機会をとらえて、彼(持経者)を有罪であると認めない者に、罪を犯した修行僧の停権を決議する作法(捨置羯磨)を行なった。それからというものは、修行僧たちに必要な物を布施ふせする在俗信者たちも、二派となった。教戒を受ける修行尼たちも、守護神たちも、友人も、同僚も、梵天ぼんてんの世界に至るまでの虚空に住む神格も、いまだ仏道に入らぬ人々(凡夫)も、二派に分れ、しかもこの混乱は、色究竟天まで及んだ。
 そこで、一人の修行僧が、如来(お釈迦様)のもとへ行き、仲裁を願い出た。コーサンビーでは、修行僧たちの非難合戦が頂点に達しようとしていた。この有様をお聞きになった世尊(お釈迦様)は、
「修行僧の教団は分裂した。修行僧の教団は分裂した」とおっしゃり、コーサンビーの修行僧たちの元へお出かけになって、停権を決議した人々(持律者陣営)にたいしては、停権決議における誤り(過患)を、またその相手(持経者陣営)にたいしては、罪を認めぬことのあやまちを説かれて、立去られた。
 ところが、お釈迦様が去ったあとのコーサンビーで、彼等が再び口論を起こした。これに対し師(お釈迦様)は、「両派の者は交互の席に坐るべきである」と、食堂内での義務を告知なさった。
「いまだに口論する者たちが住んでいる」とお聞きになると、師(お釈迦様)はそこへ行かれて「もうたくさんだ。修行僧たちよ。口論してはならぬ」などとおっしゃった。そこで、世尊(お釈迦様)を悩ますことを望まぬ、正法を語るある者によって、「尊者よ。正法の主である世尊をお迎えしよう。尊者よ。世尊を、現在の世で身心寂滅の楽に安住(現法楽住)していただき、憂いなくお住みいただこう。私達は、この口論により、いさかいにより、喧嘩により、論争によって知られるであろう」と言われた。
 師(釈迦牟尼仏)は、
「修行僧たちよ。昔、バーラーナシーにブラフマダッタという名のカーン国王がいた」とおっしゃって、ブラフマダッタ王によってコーサラ国王ディーガティが国を奪われ、王様は変装して暮らしていたのに殺されてしまったこと、そしてディーガーヴ王子は父王を殺した仇であるブラフマダッタ王の命を助け、それ以後は、彼等が和睦わぼくしたことを物語られた。そのディーガーブ王子こそ、お釈迦様の前世であった。そして、
「修行僧たちよ。王杖を与えられ、剣を与えられたかれら王たちでさえも、このように忍耐と柔和さを持たねばならないのだ。ここではお前たちは、このようによく説かれた法と律とにおいて出家したのであるから、同じく忍耐あり、柔和であらねばならぬ。そのことを輝かせなさい」と教えさとされ、三度も、「もうたくさんだ。修行僧たちよ。口論してはならぬ」と制止なさった。
 しかし、彼等がめないのを御覧になり、「この愚かな人々は、ものにとりかれたようだ。彼等を正気づかせるのは容易でない」とおっしゃって、出かけられた。翌日、托鉢たくはつからおもどりになると、仏の居室でしばらく休息されてから、お部屋を整理なさり、自らご自分の衣鉢をたずさえられ、教団の中央の空中にお立ちになって、次の詩をとなえられた。

 僧団サンガが分裂 するときは 凡俗の徒は それぞれに 大声をあげ、何者も 自己の愚かさ 考えず。
 さらに他の理由わけ 思わざり。
 心はまどい 賢人の ふりをよそおい 果てしなく ののしり合って 思うまま 大口ひらき、誰により 導かれるかを 知りもせず。
 「俺をののしり 俺を打ち 俺から奪い あいつめが 俺に勝った」と うらむ者 かれらの怨みは やすまらず。
 「俺を罵り 俺を打ち 俺から奪い あいつめが 俺に勝った」と うらまねば かれらの怨みは やすまらん。
 げに諸々もろもろの 怨念おんねんは 怨みによりて やすまらず。いかなるときも 今もまた 怨み捨てれば やすまらん。これ永遠とこしえの 真理ダルマなり。
 賢者を除く 他の者は 「ここで我等われらは 自制す」と 知ることがなし。さりながら 賢者は認む そのことを。それゆえ争論 止滅しめつする。
 骨が穿うがたれ 生き物の 命奪われ 牛・馬も 財も奪われ 王国も 掠奪りゃくだつされる 彼等にも 和睦わぼくがあるのに お前等まえらに 何ゆえ和睦 あらざるぞ。
 もしもお前が 賢明で おこない正しく 明敏な 同伴の友を 得るならば あらゆる危難に 打ち勝って こころ喜び 思慮ぶかく 彼と共々 あゆむべし。
 もしもお前が 賢明で 行ない正しく 明敏な 同伴の友を 得なければ、王が征した 王国を 捨てさるごとく、またぞうが 林のなかをくごとく、ただ一人にて あゆけ。
 ひとりあゆむは すぐれたり。愚者との友情 ありえない。
 しき行為を おこなわず 小慾にして ひとりけ。
 ぞうが林を 行くごとく。

 師(お釈迦様)は、このようにお話になったが、その修行僧たちは和解することが出来なかった。お釈迦様は周囲の村をまわったあと、そこを立ち去って戻らなかった。
 コーサンビーに住む在俗信者たちは、「この修行僧たちは、我々に多くの不利益をなす者たちである。彼等に悩まされた世尊(お釈迦様)は去ってしまわれた。我々は、彼等に挨拶などしないようにしよう。やってきても、食物を与えないようにしよう。このようにすれば、彼等は去ってしまうか、還俗するか、あるいは、世尊を信頼するであろう」と相談して、その通りにした。彼ら修行僧たちは、その罰業によって困惑し、サーヴァッティーへ行って、世尊に許しをこうた。
 師は過去の前生を現在にあてはめられた。「父はスッドーダナ大王であった。母はマハーマーヤーであった。ディーガーヴ王子は実にわたくしであった」と。
 

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お釈迦様と王様(1)

釈迦しゃか様(釈迦如来、釈迦牟尼仏)は真理をおこなう完成された偉大なおかたですが、その前世の段階では、まだ完璧ではありませんでした。お釈迦様の前世物語(ジャータカ物語)を読むと、ふと不思議に思うことがあります。一つの説話が終わると、かたであるお釈迦様は「このようにして、登場人物の○○はかるまによって○○に生まれ変わった」と結ぶのですが、「善業と功徳により天界に生まれる者となった」「梵天に生まれ変わった」「帝釈天サッカになった」と明言する場合と、「○○はその行いとかるまによって、しかるべき場所に生まれ変わった」と言葉をにごす場合があります。
 さらに読み進めると、ジャータカでは、お釈迦様が動物として頻繁に登場します。有名な『帝釈天に自分の身をささげたうさぎ物語』でも、お釈迦様は『ウサギ』でした。動物は、六道輪廻(天人、人間、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道)における下から三番目、畜生道に相当します。善行をなし、心・言・行を常に清くたもてば梵天や帝釈天といった神々に…あるいは人間になれるはずなのに、動物の胎に宿ったということは、お釈迦様が何らかの罪を犯したことを意味します。では、前世におけるお釈迦様が犯した罪とは何なのでしょうか?
 あるジャータカ物語は、お釈迦様が地獄に落ちた事例を語ります。お釈迦様といえども地獄に落ちるという、衝撃的な内容です。果たして、どうして地獄に落ちたのでしょうか? それはジャータカ第538話『ムーガパッカ前生物語』で言及されています。



 菩薩(お釈迦様の前世)は二十年間バーラーナシーで国を治めてのち、没してウッサダ地獄に生まれ、そこで八万年ものあいだ苦しみの生活をしてから、三十三天に再生した。そしてそこでも寿命の尽きるまで暮らして、そこから没してのちは、「もっと上の神々の世界に行きたい」と思っていたところであった。
 サッカ(帝釈天)は菩薩のもとへおもむくと、
「友よ、きみは人間界に生まれたならば、きみのもろもろの〈悟りのための実践〉も完成されるであろう。そしてまた、たくさんの人々に繁栄をもたらすであろう。実はいま、カーシ王の第一夫人であるチャンダー妃が王子を欲しがっている。妃の胎に生まれてやってくれ」と言った。帝釈天サッカの下令を受けた菩薩は、五百人の神の子らとともに天の世界から人間の世界に下り、みずからはチャンダー妃のはらに再生し、他のものたちは大臣たちの夫人の胎に再生した。妃の胎内は、まるでダイヤモンドで満たされたかのようになった。臨月を迎えると、めでたい特徴をそなえた男の子を産んだ。まさにその同じ日に、大臣たちの家々でも五百人の男の子が生まれた。
 たいそう喜んだ王様は、王子の命名の日がくると、占いの先生であるバラモンたちを丁重にもてなし、王子の相に悪い点はないかどうかをたずねた。バラモンたちは、王子が申し分のない相をそなえているのを見て、
「大王さま、王子はまことにめでたく幸せな相をそなえておられます。一つの大陸はおろか、四つの大陸ぜんぶを統治できましょうぞ。この方には、悪い相などこれっぽちも見うけられません」と報告した。王はこれにすっかり満足した。そして、王子にどのような名前をつけようかと考えて、王子の生まれた日にカーシ国中に雨が降り、その雨にぬれながらテーミヤマーナ王子が生まれたことから、『テーミヤ王子』と名づけた。
 さて、生まれて一ヶ月がったとき、テーミヤ王子は着飾って父王の前につれていかれた。王はかわいいわが子を見ると、抱いて膝の上にのせて、あやしていた。すると、そのとき、そこへ四人の盗賊が引ったてられてきた。王は、そのなかの一人を刺のついた鞭で千回たたけと命じ、また一人は鎖の牢獄に閉じこめよと、また一人は身体を槍でつけと、そして最後の一人は串刺しの刑に処せと命じた。
 テーミヤ王子(菩薩)は、この父王のことばを聞いて恐怖におののき、
「あー、わが父君は王権にたよって、みずから地獄に落ちるような重大なカルマを作っておられる」と心配した。
 あくる日、王子は(王権の象徴である)白い天蓋の下で、美しく飾られたベッドに寝かされていた。少しばかり眠ってから目を覚ました王子は、両眼を開けて、まじまじと白い天蓋を眺め、王権の強大さを知った。すると、もともと恐れおののいていた王子に、なおいっそうの恐怖心が生まれた。
「わたしはいったい、どこからこの王宮にやってきたのかしら」と思いをめぐらすうちに、前生を思い起こすことのできる智慧によって、自分が天の世界からやってきたことを知った。さらにそれ以前のことを観察してみると、地獄におちて苦しんでいるすがたを見た。さらにそれ以前はとみると、まさにこの同じ城内で、国王であったことを知った。
「わたしは二十年間、王としてこの国を治め、そののち八万年ものあいだウッサダ地獄で苦しんだが、いままたこのような盗賊の家に生まれてしまった。父はきのう、四人の盗人がつれてこられたときに、地獄に落ちるようなあんな粗野なことを言っていた。もしも自分が国を治めることになったら、また地獄に再生して、大きな苦しみを味わうことになるのは必定だ」と思うと、これ以上ないという恐怖心がおこった。血色のよかった王子の体は、まるで手で揉まれた赤い蓮の花が枯れしぼむように、色あせてしまった。
「いったい、どうすればこの盗賊の家から脱け出せるだろう」と、王子は寝ながら、もの思いにふけっていた。ときに、前生で王子の母親だったことのある女神が、天蓋に宿っていた。王子をなぐさめて、王家を抜け出し、出家に至る道を丁寧に教えた。王子は苦行を実践し、やがて出家者となって多くの人々を天人界へ導く者となった。



 犯罪者ではなく、王者(権力者)であるがための地獄道だったのです。日本の戦国時代劇を見ていると、権力者は人を簡単に処刑します。人気NHK大河ドラマ「真田丸」も、豊臣秀吉の狂気を描いています。聚楽第じゅらくだいに秀吉を揶揄する落書きがあったことに激怒した彼は、警備担当の17名を落書きを許した罪に問い、耳と鼻を削ぎ落した上ではりつけに処し、犯人とおぼしき人物2名の死後、その縁者や近隣住民60名以上をも磔で処刑したのです。これは当時の貴族の日記にも記録されており、歴史上の事実です。このような横暴な権力者に対して仏教は、軽率に人の命を奪うと、たとえお釈迦様といえども地獄に落ちると伝えているのです。

 さて王様(権力者)は必ず地獄に落ちねばならないのでしょうか? そんなことはありません。ジャータカ物語(釈迦前生物語)には功徳をつんだ王様が、天人や神々の世界に栄誉をもって生まれ変わった事例がいくつも収録されています。では、どうしたら王様(権力者)が天国へ行けるのか、ジャータカを紐解いていましょう。


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お釈迦様と王様(2)

○ジャータカ第314話 『鉄釜前生物語

 これは師(釈迦牟尼仏)が祇園精舎に滞在しておられたとき、コーサラ王について語られたものである。そのおりコーサラ王は夜分に四人の地獄の亡者たちの声を聞いたということである。一人は<ジャ>音、一人は<サ>音、一人は<ナ>音、一人は<ソ>音ばかりを発していた。彼等はむかしサーヴァッティーで他人の妻と通じた王子たちであったそうである。彼等は大事に護られている他人の婦人たちに罪を犯し、心の欲するままに楽しんで多くの悪業をなし、死の車輪に砕かれてサーヴァッティー付近にある四つの鉄釜の中に生まれ、六万年ものあいだそこで煮られ、うえによじ登り鉄釜の口の縁を見て、「われわれはいつになったらこの苦しみからのがれるのであろうか」と、四人ともつぎつぎと大声で叫んだ。王は彼らの声を聞いて、死の恐怖におののいてすわったまま夜明けまで起きていた。
 夜明けが来るとバラモン達がやってきて、王にご機嫌よくお休みになれましたかと尋ねた。王は、
「先生がた、わたしはどうして機嫌よく眠れましょうか。そのときわたしは、こういう四つの恐ろしい声を聞いたのです。その災いをとり除くことができるでしょうか、だめでしょうか」
「そのままにしておいては駄目でしょう。しかしわたしどもバラモンはこの種のことによく通じております、大王さま。わたしどもは偉大なる厄除け行事を行なうことができます。わたしどもは一切の四部分からなるものの犠牲を執行して厄除けをいたします」
 コーサラ王は「それではただちに象四頭、馬四頭、牛四頭、人間四人、ウズラをはじめとして生き物を四匹ずつ取って、一切の四部分からなるものの犠牲祭を執行し、わたしの平安を確保してくだされ」と言った。王の許可を得たバラモン達は、必要なものを取り、犠牲祭の場を設けさせた。多くの生き物を祭柱まで運んで来ておいた。「多くの魚や肉を食べてやれ、財産も手にいれよう」と一生懸命になって、「これも手にいれたほうがよろしゅうございます」と次々とやって来ては要求した。マッリカー王妃がコーサラ王のところへやってきて
「大王様、いったい何のためにバラモンたちはとても忙しく行き来しているのですか」と尋ねた。
「妃よ、これはそなたには関係のないことじゃ。そなたはおのれの名誉に酔いしれて、わしの苦しみなど知らぬのだから」
「それはどんなことでしょうか、大王様」
「わしはこういった聞くに堪えないものを聞いたのじゃ。それでこんな声を聞いたことから何が起こるであろうかとバラモンたちに尋ねたのだ。バラモンたちは『大王様、貴方様の王位が財産か寿命に障難が見えております。一切の四部分からなるものの犠牲祭を執行して王様の平安を確保いたしましょう』と言って、彼らはわしの命令に従って犠牲祭の場を設け、それぞれ必要なもののために来ているのじゃ」
「しかし王さま、その声のもたらすところを、天界をも含めてこの世での最上のバラモンさまにお尋ねになられましたか?」
「妃よ、天界をも含めてこの世で最上のバラモンとはいったい誰じゃ」
「正しく悟りをひらいた人、マハー偉大なるゴータマさまです」
「妃よ、わしはまだ正しく悟りを開いた人に尋ねてはいない」
 王は妃の言葉を聞いて、車に乗って祇園精舎におもむき、師(釈迦牟尼仏)に御挨拶申しあげてからたずねた。
「尊師(お釈迦様)よ、わたしは夜分に四つの声を聞いたので、バラモンたちにたずねますと、彼らは『一切の四部分からなるものの犠牲祭を執行して平安を確保いたしましょう』と言って、犠牲祭の場で仕事をしております。この声を聞いたことから私に何が起こるのでしょうか」
「大王よ、何事も起こりません。地獄の亡者達が苦しみに会ってそのように叫んだのです。この声はいま大王によって聞かれただけではなく、昔の王達によっても聞かれたのです。その王たちもバラモンたちにたずね、動物を殺す犠牲祭を執行しようと欲したのですが、賢者の話を聞いてしませんでした。賢者たちはその声の秘密を説き明かして、おおくの生き物を放たせて無事にしてやったのです」と言って、請われるままに過去のことを話された。

 むかし、バーラーナシーでブラフマダッタ王が国を治めていたとき、菩薩(お釈迦様の前世)はカーシ国のある村のバラモンの家に生まれ、成年に達して諸々の欲望を捨てて、仙人の出家道を修めて瞑想と神通力を得て、瞑想の楽しみを享受しつつ、ヒマラヤの心地よい森林に住んだ。そのときバーラーナシー王は、四人の地獄の亡者たちの四つの声を聞いて恐れおののいた。同じようにしてバラモンたちに「三つの障礙のうち一つが起ります。一切の四部分からなるものの犠牲祭によってそれを鎮めましょう」と言われて同意した。宮廷付きの司祭官はバラモンたちとともに犠牲祭の場を設け、多くの生き物が祭柱へと運ばれていた。
 このころ菩薩は慈悲の修練を第一の目標としていたが、天眼でもって世間を見わたし、この行ないを見て、「いまわたしは行った方がよい。多くの生き物が無事助かるであろう」と、神通力をもって空中を飛んで、バーラーナシー王の庭園におりて、めでたい石板のうえに黄金の像のようにすわった。
 そのとき司祭官の一番弟子は師匠のところへ行って、「先生、わたしどものヴェーダ聖典には、他の者を殺して無事にすむことはない、と書いてありますが」と言った。司祭官は、「お前は王の財産を運んで来い。我らは多くの魚を喰らおうではないか。黙っておれ」と弟子をしりぞけた。弟子は「自分はここにくみしてはいられない」と立去って王の庭園に行き、行者(菩薩)を見ておじきをし挨拶をしてから一方に坐った。行者(菩薩)は「青年よ、王は正しく国を治めていますか」と尋ねた。
「尊師さま、王様は正しく国を治めておられます。しかし夜分に四つの声をお聴きになり、バラモンたちに御下問になりました。バラモンたちは『一切の四部分からなるものの犠牲祭によって平安を確保しましょう』と申しました。王様は動物を殺す祭儀を行なって御自分の平安を得ようとなされ、多くの生き物が祭柱へと運ばれました。尊師さま、あなたさまのように生活規律を護っておられるかたがその声をもたらすところをお説きになって、多くの生き物を死の入り口からお救いなさるのがよろしいかと存じます」
「青年よ、王は私を知らないし、私もまた王を知りません。しかしその声のもたらすところは知っているので、もし王が私のところへ来て尋ねるのであれば、話で疑問を解いてあげよう」
 青年バラモンはただちに王にそのことを告げて、庭園に王を連れてきた。王は仙人(菩薩)にお辞儀をして一方に坐り、四つの恐ろしい声について尋ねた。行者(菩薩)は丁寧に一切を説明する。
「大王よ、その者たちはむかし大事に護られていた他人の婦人たちに不義をはたらいて、バーラーナシー付近にある四つの鉄釜に生まれ、煮えたぎる刺激の強い鉄水のなかであぶくを立てながらでられ、三万年間下に行って釜の平底に打ちあてられ、上へ登ってきては三万年ものあいだ釜の口を見ました。四人は外を見まわして、四つの詩を完全にとなえたいと思ったのですが、そのようにはできません。〔冒頭の〕一文字ずつを言っただけで再び鉄釜に沈んでしまうのです。四人のうちで<ジャ>音を発して沈んだ亡者は次のように唱えたかったのです。

邪悪じゃあくなる生活を我等は送れり。財ありながら善き布施を行なわずして己の庇護所を造らざりき』

 しかし、全部を唱えることはできませんでした」と言って、行者(菩薩)は自分の智慧でもってその詩を完成して説いた。残りの者たちにおいても同じことである。そのうちで<サ>音を発してとなえようとした者の詩はつぎのとおりである。

『さても六万歳の時がすべて満つるあいだも、地獄にて煮らるる者にはいつにその果て来たらんや。』

<ナ>音を発して唱えようとした者の詩は次の通りである。

『なしやそのて、果ては如何でかあらん。果ては見えず。ともがらよ、そのとき我と汝の罪はなされたればなり』

<ソ>音を発して唱えようとした者の詩は次の通りである。

『そこよりゆきてこの我は、人間の胎に宿り、温和にして規律を保ち、おおくの善業を積みあげん』

 以上のように行者(菩薩)は一つ一つ詩を説いて「大王よ、この地獄の亡者は、この詩を完全にして唱えたいと思いながらも、自分の罪が大きいためにそのように出来なかったのです。そのように彼は自分の行ないのむくいに会って叫んでいたのです。あなたがこの声を聞いたからといって、障碍があるわけではありません。あなたは恐れるには及びません」と王を教え諭した。
 王は多くの生き物を放たせ、金の太鼓でお触れをまわさせ、犠牲祭の祭場を壊させた。行者(菩薩)は多くの生き物を無事に救って、数日そこにとどまってから帰り、休むことなく瞑想をつづけて、梵天界に生まれかわった。師(釈迦牟尼仏)はコーサラ王にこの教えを解かれて、過去の前生を現在にあてはめられた。「そのときの司祭官の青年はサーリップタであり、行者は実にわたくしであった」と。


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お釈迦様と王様(3)

○ジャータカ第396話 『クック前生物語

 これは、師(釈迦牟尼仏)が祇園精舎に滞在しておられたとき、王への訓戒について語られたものである。むかし、バーラーナシーでブラフマダッタ王が国を治めていたとき、菩薩(前世におけるお釈迦様)は、王の世俗的な問題や精神的な問題について補佐する大臣であった。王は、不正の道にふみこんでいて、邪法によって国を治め、国民を圧迫して、財宝ばかり集めていた。
 大臣(菩薩)は、王をいさめたいを思い、なにかよいたとえはないものか、考えながら歩いていた。ところで、王の寝室が、まだ完成されないで、屋根がふかれておらず、屋根の装飾板を支える垂木たるきをはめこんだばかりであった。王は、遊びのために庭園へ行き、そこで散歩したあとで、その家に入った。王は上を見て、円形の装飾品を見つけた。王は、自分の上に落ちてくるのを恐れて外へ出て、また見上げ、
「いったい、何のために装飾板があるのだろう。何のために垂木があるのだろう?」と思って、菩薩に質問して、最初の詩をとなえた。『装飾版は その高さ 1クック半なり。その周囲8 ヴィダッティヤで、堅牢な シンサパ、サーラの 樹から成る。どこに支えが あるのやら。上の方から 落ちないが…』
 それを聞いて、大臣(菩薩)は「いまこそ、王様をいさめる時が得られた」と思って
『サーラ樹よりなる三十の 曲がった垂木が とり囲み 等しく支えを なしている。それらによって 保たれて しっかり押され 上からは 落ちないようになっている。このようにして 堅実な 友人および 清らかで 性格かたき 助言者に 保たれている 賢人は こよなき幸から 落ちゆかず。垂木によって 重い荷を 装飾版が 支うごと。』
 王様は、菩薩が語っている間に、自らの行動をかえりみて、
「装飾版がなければ垂木が安定しない。垂木が組み合さらないと、装飾版が支えられない。垂木がこわれてしまうと、装飾版が落ちてしまう。まさにそのように、自分の友人や軍隊やバラモンや家長と協力せず、かれらと断絶して、かれらと不和になれば、主権をうしなってしまうものだ。王というものは、正しくあるものである」と思った。
 ちょうどその時、手紙に沿えた贈り物として、マートゥルンガを持ってきた者があった。王は「友よ、この果実を食べなさい」と菩薩に言った。菩薩は受け取って「大王よ。この食べ方を知らない人は、にがくするか酸っぱくするかしてしまいます。しかし心得ている賢者は、苦味を除き、しかも酸味を除かず、マートゥルンガの味覚をそこなわずに食べます」と言って、王に、このたとえによって、財宝を集める方法を示して、二つの詩をとなえた。
『かたい皮もつ メーッラを ナイフを持って処理せねば、王よ、苦味を 生じます。薄い皮をば とり除き 苦さとらねば まずくなる。同様にして 村・町の 賢者は王の 財宝を 無理じいせずに 集めます。法に順じて 行動し 他人を害なう ことなしに かれは繁栄 もたらさん』
 王は、菩薩と語りあいながら、蓮池の縁に行き、美しく咲きみだれ、朝日のような色をして、水に汚されていない紅蓮花を見て言った。
「友よ、この蓮花は、水のなかにはえていながら、水に汚されずに立っておる」
 そこで菩薩は王に、
「大王よ。王様もまた、まったくこのようであらねばなりませぬ」と諭した。
『白き根をもち 清らなる 真水に生じ 蓮池の なかに生れる 蓮の花、 火のごと燃える 紅蓮花を 泥土も塵も また水も 汚すことなし。そのように、言葉正しく 無理をせず 清らに行ない 悪しきこと 離れた人を 業のは 汚すことなし。そのような 人はあたかも 蓮池に 生まれた蓮花の ごとくなり』
 と、これらの詩を唱えた。王は、菩薩のいさめを聞いて、それからのちは正義によって国を治め、布施などの善行をして、天界へ生まれかわるものとなった。師は、この話を説かれて真理を明らかにされ、過去の前生を現在にあてはめられた。「その時の王はアーナンダであり、賢い大臣は実に私であった」と。


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お釈迦様と王様(4)

○ジャータカ第422話 『チューティヤ国王物語

大本神諭、明治37年旧2月11日には、大和魂(日本魂)について言及した不思議な一文があります。
『今の日本の人民には、肝腎[心]の日本やまとだましいが抜けてしまうてるぞよ。日本魂と申すのは、請合た事の違はんやう、一つも嘘は申されず、行儀正しう天地の規則を守る霊魂みたまを申すぞよ。今の人民の申して居る日本魂とはチット違ふぞよ。日本の国は、日本魂でなくては世が続かぬ国であるのに、露国の悪神の霊魂が日本へ渡りて来て、ひとの苦労でこの世を盗みて、好き寸法すっぽうの世の持方いたして、日本魂のたねを無茶に致して、「自己われさへよけらよい」と申して、栄耀栄花の仕放題の世の持方に、日本の神の分霊わけみたまを上へ伸上のしあげて、巧い事に抱き込みて、「このままで続かさう」と思うて居る露国の極悪神の企謀たくみを、神はよく見抜いて居るから、此方こちらには水も漏らさん経綸を致して置いての二度目の世の立替であるぞよ』

なぜうしとらの金神 国常立尊様は、「日本魂はうそをついてはいけない」と教えてくださったのでしょうか? その答えの一つが、ジャータカ物語から読み取れます。 



 これは師(釈迦牟尼仏)が祇園精舎に滞在しておられたとき、デーヴァダッタが大地に没入したことについて語られたものである。その日、説法場で、修行僧たちは話をはじめた。「友よ、デーヴァダッタは、嘘をついて大地に没入し、アヴィーチ地獄へ生れかわるものとなったのだ」
 そこにあらわれたお釈迦様は「修行僧たちよ。いまばかりではない。過去にも彼は大地に没入したのだ」と言って過去のことを話された。

 むかし、最初の劫に、マハーサマンタという名の、数えきれない寿命をもつ王がいた。彼の息子はロージャといい、ロージャの子をヴァラロージャといい、その子をカリヤーナといい、カリヤーナの子をヴァラカリヤーナといい、ブァラカリヤーナの子をウポーサタといい、ウポーサタの子をマンダータルといい、マンダータルの子をヴァラマンダータルといい、彼の息子はチャラといい、チャラの息子はウパチャラという名であった。アパチャラというのも彼の名前である。
 彼(ウパチャラ王)は、チェーティヤ国のソーッティヴァティーで国を治め、四種の神通力をそなえていた。ウパチャラは空を飛行し、四人の天子が四方において剣をもって彼を護り、体からは栴檀せんだんかおりが匂い、口からは青蓮花の香りが匂った。
 彼には、カピラという名のバラモンの司祭がいた。
 カピラバラモンの弟で、コーラカランバという名の者は、ウパチャラ王と一緒に同じ先生の家で学問をおさめた幼友達であった。ウパチャラ王は少年時代に、「わたしが王位についたら、君(コーラカランバ)に司祭の地位を与えよう」と約束した。ウパチャラは王位についたが、父の司祭であるカピラバラモンを、司祭の地位から引退させることはできなかった。そして、司祭が自分に仕えにやってくると、カピラバラモンに対して敬意をはらい、うやうやしい振舞いを示した。カピラバラモンはそれを知って、
「王位というものは、同じ世代のものと一緒であってこそ、よき尊敬がはらわれるものだ。私は王様に許可を願って出家しよう」と思い、「王様、私は年をとりました。家には子供がおりますので、彼を司祭にしてください。私は出家いたします」と言って、王に許可を求め、息子を司祭の地位につけた。それから王の遊園に入り、仙人の道に出家し、禅定による神通力を起こして、息子をたよりとして、そこに生活を営んでいた。
 コーラカランバは、
「兄(カピラ)は出家したが、私に地位を譲ってはくれぬ」と兄に恨みをいだき、ある日、気楽な話の折に、ウパチャラ王から「コーラカランバよ。お前は司祭の地位につかぬな」といわれ、「はい。王様。つきません。私の兄がついていますから」と言った。
「お前の兄は出家したではないか」「はい。出家しました。しかし、地位を息子に譲ってしまいました」
「それでは、おまえがつけ」
「王様。系譜がつづいてきた地位を兄からとりのぞいて、私がつくことはできません」
「そのようであるならば、わしがお前を年上となし、相手をお前より年下にしてやろう」
「どのようにしてございますか。王様」
「嘘のつくのじゃ」
「王様。御存知ないのですか。わたしの兄(カピラ)は、偉大にしていまだかつて見たこともない法を備えたまじない師でございます。かれは偽って、あなた様を欺くでしょう。四人の天子を消えたかのようにするでしょう。お身体や、お口からの芳香を、悪臭のようにしてしまうでしょう。あなたさまを空中から落として、地上に立たせるかのようにもいたしましょう。貴方様は地中に投入したかのようにもなるでしょう。そうなれば、あなた様のお話どおりにすることは不可能でしょう」
「お前はそのような考えをしてはならんぞ。わしはすることが出来るであろう」
「いつおやりになりますか。王様」
「今日から七日目にじゃ」
 その話は、町中に知れわたった。
「王様は嘘をついて、年寄りを若くして、地位を若い者に与えるそうだ。嘘というものは、いったいどのようなものなのだろう。青か、あるいは黄色などにおける別の色なのだろうか」というように、大衆はいぶかしく思う心が生じた。その当時は、世間が真実を語る時代であり、そもそも嘘をつくということがこのようなことである、という事さえも、人々は知らなかったということである。司祭の息子もその話を聞いて、父親(カピラバラモン)に話した。
「お父さん、王様が嘘をおつきになって、お父さんを若くし、私達の地位を、私の叔父さんに与えられるそうです」
「お前。王様は嘘をおつきになっても私達の地位を奪うことはできないよ。だが何日におやりになるのだ?」
「今から七日目だそうです」
 七日目に大衆は、『嘘をつくのを見よう』と思って、王宮の庭に集まり、重なりあっていた。息子は行って父親(カピラ)に告げた。ウパチャラ王は着飾り、準備して出てきた。そうして大衆の真ん中の王庭の空中に立った。苦行者(カピラバラモン)は、空中を通ってやってきて、王の目の前に敷皮をひろげ、空中に足を組んで坐り、「大王よ。まさしくあなたは嘘をついて若い者を年寄りにし、彼に地位を与えたいと思し召されているそうですね」と言った。
「その通りです。先生。私はそのようにしたいのです」
 その時、彼(カピラ)は王様をいさめ、
「大王よ。嘘をつくということは、徳の破滅を招く重罪であり、四苦界へ生ぜしめるものです。王というものは、嘘をつけば、法を殺します。王が法を殺せば、まさに自らを殺すのですぞ」と言って、最初の詩をとなえた。

『害せられたらる 法はに 害するばかり。
 害されぬ 法はだれをも そこなわず。それゆえ法を 害するな。
 害せられたる 正法が 君を害する ことなかれ』

 それからさらに、王をいさめて、
「大王よ。もしも嘘をおつきになるなら、四種の神通力は消滅するでしょう」と言って、第二の詩をとなえた。

『虚言を語る 者からは 知っていながら 去ってゆく。
 知っていながら われたる  といを異なりて 答う者、 口より悪臭 はなしつつ 天の地位より 下落する』

 それを聞いて王は、恐れてコーラカランバを見た。そのとき彼は「大王様。恐れめさるな。最初にわたしがこのことは貴方様に申しあげたではございませんか」などと言った。王は、カピラの言葉を聞きながらも、自分の話ばかりおしすすめて、「尊者よ。あなたは若い。コーラカランバが年長である」と言った。そのとき、王様が嘘をつくと共に、四人の天子は「こんな嘘つきを保護することはできない」と言って、剣を足元に捨てて、消えてしまった。王の口は、ニワトリの壊れた卵のような、また身体は、開いた便所のような悪臭をはなった。また空中から落ちて地上に立つというふうに、四種の神通力は衰えてしまった。
 そこで偉大な司祭(カピラ)は、王に、「大王よ。恐れなくともよい。もし真実を語るなら、あなたに総てを元通りにしてあげましょう」と言って、第三の詩をとなえた。
『真実語れば、チェーティヤよ、以前のように ありたまえ。王よ、虚言を 語るなら 王よ、地上に 立ちたまえ。』
「ごらんなさい。大王よ。初めて嘘をついただけで、あなたの四種の神通力は消えうえせました。お考えなさい。いまからでも、もとのようにすることは出来ますよ」と言われても、「そのようにして、あなたは私を騙そうとするのです」とウパチャラ王は再び嘘を語って、くるぶしまで地に落ち入ってしまった。そこで再びカピラバラモンは、王に、「お考えなさい。大王よ」と言って、第四の詩を唱えた。

『問われし問を 知りつつも 異なりて答う その者に
 時ならぬとき 雨ぞり しかるべきとき 雨降らず』

 それからまた、彼は王に、「嘘をつくことの結果として、踝まで地に入ってしまった。お聞きなさい。大王よ」と言って、第五の詩をとなえた。
『真実語れば、チェーティヤよ、以前のように、ありたまえ。王よ、虚言を 語るなら 王よ 地中に 入りたまえ』
 王は、三度目にも、「尊者よ。あなたは若く、コーラカランバが年長である」と嘘をついて、膝まで地中に入ってしまった。そこで彼は、王に、「もう一度お考えなさい。大王よ」と言って、

『知っていながら 問われたる 問を異なりて 答う者、
 諸方のあるじよ、 その者の 舌は二枚ぞ へびのごと。
 真実語れば チェーティヤよ 以前のように ありたまえ。
 王よ、虚言を 語るなら 王よ、いっそう 入りたまえ』

 と、これら二つの詩をとなえて、「いまからでも、元のようにすることができますぞ」と言った。王は、彼の言葉をとりあげず、「尊者よ。あなたは若く、コーラカランバが年長である」と、四度目も嘘をついて、腰まで地中に入ってしまった。そこでバラモンは、王に、「お考えください。大王よ」と言って、再び二つの詩を唱えた。

『知っていながら 問われたる 問を異なりて 答う者、
 諸方の主よ、その者の 舌は存せず 魚のごと。
 真実語れば、チェーティヤよ、以前のように ありたまえ。
 王よ、虚言を 語るなら 王よ、いっそう 入りたまえ』

 王は、五度目にも、「尊者よ。あなたは若く、コーラカランバが年長である」と嘘をつて、へそまで地中に入ってしまった。そこでバラモンは王に、「もう一度お考えください。大王よ」と言って、二つの詩をとなえた。

『問われし問を 知りつつも 異なりて答う その者に
 女ばかりは 生まれても 家に男が 生まれえず。
 真実語ればチェーティヤよ、以前のように、ありたまえ。
 王よ、虚言を 語るなら 王よ、いっそう 入りたまえ』

 王はとりあげずに六度目にも、まったく同じように嘘を語って、乳のところまで地中に入った。またもバラモンは、「お考えください。大王よ」と言って、二つの詩をとなえた。

『問われし問を 知りつつも 異なりて答う その者の
 息子は諸方に 出で去りて かれのもとには あらざらん。
 真実語れば、チェーティヤよ、以前のように ありたまえ。
 王よ、虚言を 語るなら 王よ、いっそう 入りたまえ』

 王様は、悪い友人に交わった罪によって、カピラバラモンの言葉をとりあげずに、七度目にも、まったく同じようにした。そうすると大地は、王に向かって開き、アヴィーチ地獄から火焔が立ち昇って彼を捕えた。

『仙人により かの王は 呪われ 過去に 空中を 歩みおりしも いまははや 劣れる者と なりはてて 時が過ぎれば 過ぐほどに 没入したり 地のなかに……。それゆえにこと 賢者らは 欲の来たるを 讃うなし。邪悪の心 無き者は 真実そなえた 語を述べよ』
 この二つは、悟りをひらいた人の詩である。
 大衆は「チューティヤ国王は、仙人をそしり、嘘をついて、アヴィーチ地獄に落ちてしまった」と言って、恐れおののいた。王の五人の息子たちがやって来て、「私達のよりどころとおなりください」と言った。カピラバラモンは、「諸君。君たちの父上は法を破滅させ、嘘をついて仙人をそしり、無間地獄に落ちたのだ。この法というものは、たれるとつものである。君たちはここに住む事は出来ない」と宣言し、長男には都から東の方角に「象の町」を、二男には南に「馬の町」を、三男には西に「ライオンの町」を、四男には北に「ウッタラパンチャーラ」の町を、五男には都に大塔をつくったのち北西の方向に「ダッダラ・ブラ」という名の町を建設し、各々そこに住むよう命じた。

 師(釈迦牟尼仏)はこの話をされて、「修行僧たちよ。今ばかりでなく過去にもディーヴァダッタは嘘をついて地中に投入したのだ」と言って、過去の前生を現在にあてはめられた。「そのときのチェーティヤ国王はデーヴァダッタであり、カピラバラモンは実にわたくしであった」と。


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お釈迦様と王様(5)

○ジャータカ第520話 『ガンダ・ティンドゥカ前生物語

 これは、師(釈迦牟尼仏)が祇園精舎に滞在しておられたとき、国王にたいする訓誡について語られたものである。国王にたいする訓誡は、先にくわしく説かれている。
 むかし、カンピッラ国のウッタラ・パンチャーラという都に、パンチャーラという王が、非道に入り、不正義をもって勝手気ままに国を治めていた。それで、その王の大臣などすべてのものまでが、不正義のものになってしまった。税に苦しむ国民は妻子をつれて、森を獣のように歩きまわり、村のあったところには、村というべきものがなくなってしまった。人々は、王の家来が恐ろしいので、日中は家にいることができなかった。家家をとげの生えた枝で囲んで、朝日が昇ると森にのがれた。
 日中は王の家来たちが略奪し、夜には盗賊たちが略奪した。
 そのころ、菩薩(お釈迦様の前世)は、都のそとにあったガンダ・ティンドゥカ樹の樹神として生まれていた。毎年、王のもとから千金に相当する供え物を受けていた。樹神(菩薩)は、「バンチャーラ王は勝手気ままに国を治めておる。王国はすべてほろぶであろう。私以外にはほかに王を正せることができるものはない。王は私にとっては援助者でもあり、毎年、千金の供え物をして私に敬意をはらっておる。私は王をさとしてやるとしよう」と考え、夜半に王の寝室に入って、枕もとに立って、光を放って空中にとどまった。
 バンチャーラ王は、樹神が朝日のように輝いているのを見て、驚いた。
「大王よ、わしは、ガンダ・ティンドゥカ樹の樹神である。そなたに訓誡をしにやってきたのである」
「どのような訓誡をしていただくのですか」
 王に、こう言われて、樹神(偉大な人、前世におけるお釈迦様)は、
「大王よ、そなたは放恣ほうし(勝手きままな行動、だらしなく節度のない身勝手な生活)なことをして国を治めておる。そのために、そなたの国中が、まるで破壊され略奪されたように荒廃しておる。放恣に政治をしておるような国王は、国中の支配者ではない。この世で破滅し、あの世でも大地獄に生まれる。そして、国王が放恣にしておるときには、国の内外の人民が放恣となる。だから、王はとくに放恣であってはならないのである」と、教えを説いて聞かせながら次の詩を語った。
なまけることのないことは不死のよりどころであり、放恣ほうしは死のよりどころである。なまけることのないものは、死ぬことなく、なまけものは、死者のようである。慢心から放恣が生じ、放恣から破滅が生じる。破滅から過失が生ずる。王よ、慢心をもってはならない。おおくの放恣な王たちは、利得と国とを失った。そのうえ、村人たちは村を失い、家のあるものは、家のないものになった。国を繁栄させる者すなわち大王よ、放恣な王の国にはあらゆる財は消え失せるであろう。
 これが、王の罪と言われる。
 大王よ、これは正義ではない。そなたは、放恣が長すぎる。富み栄えていた国土を、盗賊たちが、これを荒廃させておる。そなたは、子を授からぬであろう。金も財産もなくなるであろう。国が略奪されているあいだに、すべての財産を失うのである。王よ、すべての財産を失った王を、親族や友人たち、親友たちは、尊敬すべきものとは見なさない。騎象兵や衛兵戦車兵や歩兵達、王がたよるべき者共も、放恣な王を尊敬すべきものとは見なさない。することが、きちんとしておらず愚かで、浅はかに思慮するもの、智恵のないものを、幸運は見はなす。蛇が古い皮を捨てて見むきもしないように。
 することが、きちんとしており、適時に努力し、活動的なものにあらゆる財産が、増える。牡牛のいる牝牛の群れのように。大王よ、耳を傾け、国内を、地方を歩きまわりなさい。そこで、見聞してそして、そなたは、かの正義を遂行するのである。」
 このように、(偉大な人)は、十一の詩をもって王をさとし、「さあ、ためらわずに国を護れ。滅ぼしてはならん」と言って、自分のすみかへ去った。
 王は、樹神(菩薩)の言葉を聞いて、恐れをなし、あくる日、王国を大臣たちにまかせて、司祭官をともなって、早朝に東の門から都を出て、1ヨージャナほど行った。
 そこで、ある年老いた村人が、森からとげだらけの枝をもってきて、家の入口を囲って閉じ、妻子をつれて森へ入り、夕方、王の家来たちが去ると自分の家へもどってきた。その老人は家の入口で、足に棘をさし、しゃがみこんですわり、棘を抜きながら、『パンチャーラ王も、戦場で矢を受けて、同じように、痛みを思い知れ、わしが、今日、棘でさされて、苦しんでいるように。』という詩で、王をののしった。ところで、老人の罵りは、樹神(菩薩)の威力によるものであった。老人は、樹神(菩薩)にとりつかれて、罵ったのである。
 さて、王と司祭官は、そのとき、本来の身分を隠すために、いつもとは違う恰好をして扮装ふんそうしていた。王と司祭官は老人のすぐそばにいたので老人の罵りを聞くことができた。司祭官は次の詩をとなえた。「おまえは、年老いて視力も弱い。ものもよく見えないではないか。おまえが、棘にさされたことが、その場合、バンチャーラ王に何の関係があるのだ。」
 老人は、これを聞いて、つぎの三つの詩をとなえた。
「バンチャーラ王のせいでおこったのだ。バラモンさん、わしが棘の道にいるのは。守りのない田舎のものは、非法な強権者に殺されているのじゃ。夜には、盗賊が食い物にし、昼には、税吏たちが食い物にする。国によこしまな王がおるので、非法な人間が多いのじゃ。あんたさん、このように怖いので、人々は恐れており、森で棘だらけの枝をとってきて、隠れ場所を作るのじゃ。」
 王は、それを聞いて司祭官に、「先生、老人は正当なことを言っておる。われわれにこそあやまちがあるのだ。さあ、ひき返そう。正しく国を治めよう」と言った。樹神(菩薩)は、司祭官の体に入りこんで、まえに立って、「大王さま、もう少し調べましょう」と言った。
 二人がその村からつぎの村へ行く途中、ある老婆の話しているのが聞こえた。その老婆は貧しい女で、二人の年ごろの娘を守って森へ行かせず、自分で森からたきぎや山菜をとってきて、娘たちの世話をしていた。老婆は、その日、ある茂みに登って山菜をとっていたところ、地面にころがり落ちたため、王が死ぬように罵って、
「いつの日にあの王は、バンチャーラ王は、死ぬのだろうか。
 あの王の国に暮らしていれば、娘たちは婿がない。」
 という詩をとなえた。すると、司祭官はそれをさえぎって、
いやしい女め、おまえは言葉がすぎるぞ、値打ちのない言葉しか知らんやつめ。どこの王が、娘たちのために、夫を探し求めるというのか。」という詩をとなえた。老婆はそれを聞いて、
「バラモンさんや、わしは言葉がすぎるのではない。わしは、値打ちのあることばを知っている。守りのない田舎のものは、非法な強権者に殺されていますのじゃ。夜には、盗賊が食い物にし、昼には、税吏が食い物にする。国に邪な王がおるので、非法な人間が多いのじゃ。生活が困難で妻をやしないがたいのに、どこから娘に夫があるものか。」と語った。
 王たちは老婆の言葉を聞いて、「正当なことばを話しておる」と言って、さらに行くと、ある農夫の話し声が聞こえた。その農夫のサーリヤという牡牛が、すきに当たって倒れてしまったというのである。農夫は、王を罵って、「同じように王様も倒れてしまえ、戦場で刃に打たれて。この憐れな牛のサーリヤが、すきに打たれて倒れているように。」という詩をとなえた。そこで、司祭官は、それを遮って、
いやしい奴め、おまえは不当にバンチャーラ王に怒っておる。おまえは王様を呪っておる、自分で罪を犯しながら。」という詩をとなえた。それを聞いて、農夫はつぎの三つの詩を語った。
「正当なことでバンチャーラ王を、わしは呪っているのだ、バラモンさんよ。守りのない田舎のものは、非法な強権者に殺されているのだ。夜には、盗賊が食い物にし、昼には、税吏が食い物にする。国には邪な王がおるので、非法な人間が多いのだ。けしからんことに、召使いが二度目に、時間に遅れて食事をもってきた。(召使いは早朝に食事を作って農夫にもって行こうとしたが、非法な税史たちに止められて食事を供出させられた。それで再び食事をつくり、時間に遅れて食事をもっていった。農夫は腹をすかせて食事を待ち望みながら牛にむちをくれた。牛は足をあげて鋤にぶつけてしまった)。わしは、食事が運ばれてくるのを待ち望み、すきでサーリヤを打ってしまったのだ。」
 王たちは、さらに行き、ある村に泊まった。翌日、早朝に、ある凶暴な牝牛が、乳しぼりの男を脚でけとばして、牛乳もいっしょにひっくり返した。その男は、バンチャーラ王をののしって、
「王様も、戦場で刀に打たれて、ひっくり返ってしまえ。わしが、今日、られて、そのわしが牛乳をひっくり返してしまったように。』という詩をとなえた。それを聞いて、バラモンが、
「牛が乳を流し去り、牛飼いをけ倒したのが、その場合バンチャーラ王に、何の責任があるというのだ。」
 という詩をとなえると、男は、さらに三つの詩を語った。
「バラモンさん、王様は非難されるべきなのだ。バンチャーラ王による、守りのない田舎のものは、非法な強権者に殺されているのだ。夜には、盗賊が食い物にし、昼には、税吏たちが食い物にする。国に邪な王がおるので、非法な人間がおおいのだ。凶暴な野生の牝牛で以前に乳をしぼったことがないのを、そいつを今日、ただいまわしは搾ったのだ。王の家来の牛乳の要求に責められて。」
 王たちは、「正当なことを言っておる」と言って、その村を出て、都に向かって行った。途中ある村で、泣きながらさまよう牝牛に出会った。王の税吏たちは刀のさやをつくるために、その牝牛の子供を殺して革をはぎ取った。そのため、子牛の母は、子を失った悲しみのために草も食べず水も飲まず、泣きながらさまよっていた。それを見て、村の子供たちは、王を罵って、
「王様も、同じように、泣くがいい。子を失くし干からびてしまえ。このあわれな牝牛が、子を失くして泣きながら走りまわっているように。」
 という詩をとなえた。それで、司祭官はつぎの詩をとなえた。
「牛飼いの牛がうろつき、あるいは鳴いたとしても、ここでバンチャーラ王に、何の責任があるのだ。」
 そこで、村の子供たちはつぎの二つの詩を語った。
「大バラモンさま、責任は、王様にあるんだ。守りのない田舎のものは、非法な強権者に殺されるんだ。夜には、盗賊が食い物にし、昼には、税吏たちが食い物にする。国に邪な王様がいるから、非法な人間がおおいんだ。どうして刀の鞘のためなんかに、乳を吸ってた生き物の子牛が殺されるんだ。」
 王たちは、「正しく理由が説かれている」と言って、出発した。道の途中の、ある干あがった池で、からすたちが、かえるたちをくちばしでつついて食べていた。樹神(菩薩)は、王様と司祭官がその場所へやってきたとき、自分の威力でカエルに、「同じように王様も食われてしまえ、子供たちといっしょに戦争で。森で生まれたわしが、今日、村のカラスに食われるように。」と、王をののしらせた。司祭官は、それを聞いて、カエルと言葉を交わして、
「カエルよ、王たちは人間界で、あらゆる生き物に保護を与えるのではないぞ。そのかぎりでは、王は非法を行なうものではない。カラスは、おまえのような生き物を食うもんだ。」
 という詩をとなえた。カエルは、それを聞いて、つぎの二つの詩をとなえた。
「何と、聖なる行ないをするあんたは、不当にも、王に、へつらいを語っている。人民が略奪にあっているのに、あんたは、理屈だけの王を尊敬しているよ。バラモンさん、もしこれが、うまく治められた国であり、栄えた国で楽しく清らかであるのなら、カラスは最高の食事のほどこしを食べ、カラスはわしらのような生き物を食べないよ。」
 王と司祭官は、それを聞いて、森に住む動物やカエルをはじめ、あらゆるものが、本当に自分たちをののしっている、と知り、それから都へ還ってからは、正しく国を治め、樹神(菩薩、偉大な人)の訓誡にもとづいて、布施などの善行を行なった。
師(釈迦牟尼仏)はコーサラ国の王にこの法話をされ、「大王よ、王というものはよこしまな道を捨て、正しく政治を行なわなければいけませぬ」と言われて、[過去の]前生を[現在に]あてはめられた。「そのときのガンダ・ティンドゥカ樹神は実にわたくしであった」と。


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お釈迦様と王様(6)

○ジャータカ第521話 『三羽の鳥前生物語

 これは、師(釈迦牟尼仏)が祇園精舎に滞在しておられたとき、コーサラ王に訓誡くんかいとして語られたものである。説法を聞くためにやって来たコーサラ王に仏(お釈迦様)は言葉をかけられ、
「大王よ、王というものは正しく国を治めなければならない。それは、王たちが正しくない場合その臣下たちも正しくなくなるからである」と、第四篇においてとられた方法で訓誡された。そして非道を行くことと行かないこととのわざわいと福とを語られ、「夢のたとえ」などで、諸欲にたいする禍を詳しく述べられた。
「大王よ、かれらは、死による約束
 そしてまた賄賂わいいろを得たり しはしない
 戦争はなく 征服もない すべては死滅に到るもの
 かれらが、あの世へ行くときは、自らなした善行以外に頼れるものはない。
 それゆえ劣ったものにつかええることは、何としても捨てなければならない。評判にまかせて、放逸ほうしになってはならないのである。怠らないで、正しく国を治めるがよろしい。むかしの諸王は、仏がまだお生まれにならない時でさえも、賢者たちの教えを守り、正しく国を治め、死後、天の都を満たして行ったのである」と言って、王の求めに応じて過去のことを話された。

 むかし、バーラーナシーでブラフマダッタ王が国を治めていた。かれは子供がなく、願っても王子にも王女にも恵まれなかった。ある日、王は大勢のお供をつれて、御苑へ行った。日中、御苑で楽しんだ後、御料の沙羅サーラ樹の根もとに寝床をのべさせて、しばらく眠った。眼をさまして沙羅樹を見あげると、そこに鳥の巣が見えた。見ているうちに、王には愛情がわいてきた。王は、一人の男を呼びよせて、「この木に登り、あの巣のなかに、何かがいるかどうかを調べてまいれ」と命じた。男は登って、そこで三つの卵を見つけた。
 王は「それでは、それらのうえに鼻息を吹きかけんようにしろ」と言い、はなかごのなかに綿わたをしき、「ここにその卵を入れてから静かに降りてまいれ」と言って降ろさせた。そして花かごを手に受け取ると、大臣たちに「いったい、これらは何という鳥の卵じゃ」とたずねた。わからなかったので、猟師たちを呼びよせてたずねた。
 猟師たちはこたえた。「大王さま、一つはフクロウの卵、一つはキュウカンチョウ錦華鳥の卵、あと一つはオウム鸚鵡の卵でございます」
「しかし、どうして一つの巣に三種の鳥の卵が入っているのだ」「はい、王さま。危険がなければ、ちゃんと産みつけられましたものは、腐ることがございませんので」
 王は喜んで、「これらをわしの子にしよう」と思い、その三つの卵を三人の大臣にたくして言った。「これらは、わしの子になるのじゃ。おまえたちは、よく世話をし、卵がかえったならば、わしに知らせてくれ」かれらは大事に守った。最初にフクロウの卵が孵った。大臣は、一人の猟師を呼びよせて、「雌であるか、雄であるかを見てくれ」と言い、猟師が調べて、「雄でございます」と答えると、王のもとに行って申しあげた。「陛下、あなたの王子さまがお生まれになりました」
 喜んだ王は、かれにたくさんの財宝を与え、「王子を大事に育ててくれ。その名をヴェッサンタラとつけるのじゃ」と言いわたして帰した。それから数日後、キュウカンチョウの卵が孵った。例の大臣もそれを猟師に調べさせ、「雌でございます」と聞くや、王のもとに行って、「陛下、王女さまがお生まれになりました」と申しあげた。喜んだ王は、かれにも財宝を与え、「わしの姫を大事に育ててくれ。その名をクンダリニーとつけるのじゃ」と言いわたして帰した。かれはそのとおりにした。
 また数日後、オウムの卵が孵った。雄だった。喜んだ王は財宝を与えて、「わしの王子のために、盛大な祝典を挙げ、ジャンブカと名づけるのじゃ」と言いわたして帰した。かれはそのとおりにした。
 三羽の鳥(フクロウ、キンカンチョウ、オウム)は、それぞれ三人の大臣の家で、王子・王女の待遇によって成長した。王は、「わしの王子は、わしの姫は」というのが口ぐせだった。そこで、大臣たちは、たがいに笑い合っていた。
「王さまのなさっておられることをごらん。畜生を『わしの王子は、姫は』と言って歩きまわっていらっしゃる」
 王は考えた。「この大臣たちは、わしの子供にどれほどの智慧があるかを知らないのだ。 かれらにはっきり分からせてやろう」
 そこで、一人の大臣を、ヴェッサンタラ(フクロウ)のもとへ、「父はそなたに質問をしたい。いつ来て問えばよいものか」と、使者を出した。大臣はやって来て、ヴェッサンタラにお辞儀をして、その用向きを伝えた。ヴェッサンタラは自分の養育に当っている大臣を呼ばせて、「父上が、わたしに質問をなさりたいとのことであるが、父上がここにお見えになられたら、敬意を払わねばならない。いつ、来ていたただくのがよいか」とたずねた。大臣は、「いまから七日目がよろしゅうございます」と言った。それを聞いて、ヴェッサンタラは、「父上は、いまから七日目においでくださるように」と言って帰した。使者は帰って王に告げた。
 王は七日目に、都にふれ太鼓たいこをめぐらせて子供のすまいへ行った。ヴェッサンタラは、王に篤く敬意を払い、また奴隷・雑役夫などにも敬意を払わせた。王はヴェッサンタラ鳥の家で食事をし、手厚いもてなしを受けたあと、自分の住居に帰った。それから宮廷に大きな仮小屋を作らせ、都にはふれ太鼓をめぐらせた。そして美しく飾られた仮小屋に、大勢の人々に囲まれて坐ると、王は、「ヴェッサンタラをつれてまいれ」と大臣のもとに使者を出した。大臣はヴェッサンタラを黄金の椅子に止まらせて案内してきた。フクロウは父王の膝に止まって遊び戯れ、それから椅子に止まった。そこで王は、大勢の人々のまんなかで、フクロウに王道を質問して、最初の詩をとなえた。
『ヴェッサンタラにこれを問う。鳥よ、そちに 吉祥あれ 国を治めて 行くものに いかなるつとめが 最上ぞ』
 これを聞いて、ヴェッサンタラは質問に答えないで、まず、王を怠慢であるとたしなめて、第二の詩をとなえた。
『わたしにとって あまりに 遅いバーラーナシー領主 父上カンサ あなたは怠慢で ございます まじめな息子に なさった問いは』
 この詩で呵責したあと、「大王よ、王というものは三つの道に則り、正しく国を治めなければなりません」と言って、王道を説いて言った。
『嘘と怒りと 嘲笑あざわらいとを 何よりもまず しりぞけて 務めを行なう べきでしょう 王よ、これが道なのです  父よ、あなたが そのむかし お疑いなくなさった苦行 むさぼり、邪悪な 行ないを これからしては なりません  王に怠慢 あるならば 国威増す者よ 王国の すべての富は 消えましょう これを王禍と 申します 父よ、シリー(吉祥天) アラッキー(不吉天)は 問われてこのよう 言いました
〔嫉妬をもたず精進し励む人をわたし(シリー)は喜びます〕
〔嫉妬深くて よこしまで 行ない汚れた 人々を 善(輪)の破壊者 カーラカンニーは喜ぶのだ』と
 大王よ それゆえみなに 優しくし すべてのものから 護られよ 不運を払い 大王よ 幸を住居と されますように 幸に恵まれ 勇気あり 実に偉大な 丈夫たる カーシの主は 諸々の 敵を根こそぎ 滅ぼすのです 生類の主 帝釈天サッカもまた 努力をかさねて 怠らず まこと善事を 堅固になして こころを尽くし 励みます (梵)父天、諸天 ガンダッバ かれらはともに生きるもの 努力、精進 するものに 諸天は随伴ずいはん いたします 父よ、あなたは 怠らず そしりを受けず 精を出し どの務めにも お励みください なまけ者には 楽ありません ここに務めの 道があり これがあなたへの 訓誡です 友には幸を 敵には苦を 与えるためには充分の』
 このように、ヴェッサンタラ鳥(フクロウ)が一つの詩で王の怠慢を呵責し、十一の詩で道を説くと、「質問が、仏のように巧みに答えられた」と言って、大勢の人々は、これまでにない感激を受け、百遍もの拍手喝采を送った。王は喜びに満ち、大臣たちに声をかけた。「これ、大臣たち、わしの王子ヴェッサンタラは、あのように答えたが、どう取りはからえばよいか」「大軍師になされたらよろしゅうございます、陛下」「では、あれに、大軍師の地位を与えることにしよう」
 こうしてヴェッサンタラをその職につかせた。かれは、それ以後、大軍師の地位にあって、父の仕事に励んだ。(ヴェッサンタラ問答終り。)

 数日後、王はまた前に述べたような次第で、クンダリニー(キンカンチョウ)のもとへ使者を出した。そして七日目になるとそこへ行き、もどって来て、同じように仮小屋の中央に坐った。王は、クンダリニーが案内されてきて黄金の椅子に止まると、王道について質問し詩をとなえた。
『王の親族 クンダリニーよ そちは答えが できようか 国を治めて 行く者に いかなる務めが 最上ぞ』
 クンダリニーは、このように王から王道を問われたとき、「お父上、わたしに『女性として何かを話すだろう』とお考えかと思いますので、わたしはあなたに、王道全体をただ二句のなかに含めてお話しいたしましょう」と言って、詩をとなえた。
『父よ、わずか 二句のなかに すべてのことが 尽くされます

 未得のものを 得ることと
 既得のもの を守ること

 父よ、賢く 意味を知る 賭博・詐欺せず 酒をも飲まぬ 失財しない 大臣を 父よ、知らねばなりません 父よ、あなたの お持ちの財を 馭者が車を 守護するように 守ってくれる その人は あなたの務めを 果しましょう 内部の人を 掌握し 自ら心を 観察し 蓄財、借財 いずれをも 他人にまかす ことなきように 自ら入と 出を知り 自ら作・不作を 知るべきでしょう 呵責すべきは 呵責し罰し 褒めるべきは 褒めましょう
 調御者の主よ 自らの 民に利益を お教えなさい あなたの臣下が 不法にして 財と国とを 亡ぼさぬよう 急いで務めをしたり また させたりしては いけません 急いで 事を行なって 後悔するのは 愚か者 あなたは場所も わきまえず 激しい怒りを 示されぬよう 怒りによって 家柄をうしなう家は 多いから われは自在の 者なりと 父よ、無益に 努められぬよう あなたの国の 男女のために 苦を招いては なりません
恐れを知らず 欲望に 従うならば その王の すべての財は うしなわれます これを王禍と 申します ここに務めの 道があり これがあなたへの 訓誡です いまや賢く 功徳を積んで お酒も飲まず 破滅なく 徳あるかたに なられませ、大王よ 破戒の者は 地獄に落ちます』
 このように、クンダリニーもまた、十一の詩によって道を説いた。満足した王は、大臣たちに声をかけてたずねた。「これ、大臣たち、わしの姫クンダリニーは、あのように答えたが、どのように取りはからえばよいか」「大蔵大臣になされたらよろしゅうがざいます、陛下」「では、あれに、大蔵大臣の地位を与えることにしよう」こうしてクンダリニーをその職につかせた。かの女はそれ以後、大蔵大臣の地位にあって、父の仕事に励んだ。(クンダリニー問答終り。)

 数日後、王はまた前に述べたような次第で、ジャンブカ智者(オウム)のもとに使者を遣わした。そして七日目になるとそこへ行き、祝福を受けてもどって来て、同じように、仮小屋の中央に坐った。大臣は、ジャンブカ智者を黄金で鏤(ちり)ばめた椅子に止まらせ、それを頭に載せてやって来た。智者(オウム)は父の膝に止まり、遊び戯れてから、黄金の椅子に止まった。そこで王は、かれに質問をして、詩をとなえた。
『わしは、コーシャ(姓のヴェッサンタラ)にも クンダリニーにも 同じように 質問したぞ ジャンブカよ、そちは いま語れ 力のなかの 最上力を』
 このように、王は(偉大な人)に質問をしたが、他の者たちにたずねるたようにはしないで、特別な方法でたずねた。そこで智者は王に、「では、大王よ、よく注意してお聞きください。あなたにすべてをお話しいたします」と言って、さし出された手に千金の袋を載せるかのように、説法をし始めた。

『世にいる偉大な 人間は 五種の力を もってます そのうち腕の 力を名づけ 最後の力と 称します また長寿者よ 財力を 第二の力と 称します また長寿者よ 大臣力を 第三の力と 称します 生まれの力は 疑いもなく これ第四の ものなのです これらすべてを 賢者は得ます
 力のうちの その最上 第一の力は 慧の力 賢者は智慧の 力をそなえ 利益を獲得 するのです 愚かな者が 豊かに富んだ 土地をたとえ 得ようとも それは他人に 奪われましょう いやおう無しに 腕づくで たとえ生まれが 王族であり 王位を獲得 しようとも 智慧が劣った カーシの主なら すべてと共に 生きえません 智慧は知識を 決定し 智慧は名声 高めます 智慧ある人は この世における 苦しみのなかに 楽得ます 聞こうと願わず そしてまた 博識の人にも近づかず 正しいことを 知らない者は だれも智慧を 得ることがない 法と差別を よく知って 時に立ちまた 精進し 時に応じて 行なうならば その行ないは 成功します 努力をかさねる ことも無く 努力をしようと することもなく いやいやながら 行なう者は 利益が充分 熟しません 内観を專(もっぱ)ら 行なって 同じく努力を つみかさね いやがらないで 行なう者は 利益が充分 熟します 努力すべきことに 専心し 積みあげたものを 守ること 父よ、あなたは これを行ない 怠惰にふけっては なりません 愚者が怠惰で 没することは まるで葦家の ようなもの』
 このようにボーディサッタは、これだけの点について五つの力を讃嘆し、智慧の力を挙げ、まるで月輪を取り出すかのように話した。そして今度は、十の詩をもって王に訓誡した。
『大王よ、法を 行ないなさい 両親にたいして 王族よ この世で法を 行なうならば 王よ、天に昇るでしょう  大王よ、法を 行ないなさい 妻子にたいして 王族よ この世で法を 行なうならば 王よ、天に昇るでしょう  大王よ、法を 行ないなさい 朋友にたいして 王族よ この世で法を 行なうならば 王よ、天に昇るでしょう  大王よ、法を 行ないなさい 軍隊にたいし 王族よ この世で法を 行なうならば 王よ、天に昇るでしょう  大王よ、法を 行ないなさい 村、町にたいし 王族よ この世で法を 行なうならば 王よ、天に昇るでしょう  大王よ、法を 行ないなさい 国、地方にたいし 王族よ この世で法を 行なうならば王よ、天に 昇るでしょう  大王よ、法を 行ないなさい 修行者、バラモンに 王族よ この世で法を 行なうならば 王よ、天に昇るでしょう  大王よ、法を 行ないなさい 鳥獣にたいし 王族よ この世で法を 行なうならば王よ、天に昇るでしょう  大王よ、法を 行ないなさい 法を積めば楽が来ます この世で法を 行なうならば 王よ、天に昇るでしょう  大王よ、法を 行ないなさい インダ諸天は 梵天ともに よく積み、天位を 得たのです 王よ、法を怠らぬよう』
 このように、十の法行の詩をのべてから、なおも忠告して最後の詩をとなえた。
『ここに務めの 道があり これがあなたへの 訓誡です
 智者に仕える 善人であれ 自ら充分 知る者であれ』
 このように、(偉大な人)は、天の川を流すがごとく、仏のように巧みに法を説いた。大勢の人々は、大いに敬意を払い、千遍もの拍手喝采を送った。満足した王は、大臣たちに声をかけてたずねた。「これ、大臣たち、わしの若きジャンプ果のようなくちばしをもつ王子ジャンプカ智者は、あのように答えたが、どのように取りはからえばよいか」「将軍になされたらよろしゅうございます、陛下」「では、あれにわしは、将軍の地位を与えることにしよう」そこでジャンプカをその職につかせた。かれはそれ以後、将軍の地位にあって、父の仕事に励んだ。三羽の鳥はすばらしい尊敬を受けた。三羽とも人々に、利と法とについて教えたのだった。王は<偉大な人>の忠告を守って、布施などの功徳を積み、天上に昇る者となった。

 大臣たちは、王の葬式をすませると、鳥たちに話しかけて、「主なるジャンプ鳥さま、王さまは、あなたに傘を差しかけるようになされました」と言った。智者(偉大な人)、「わたしには王国など必要ありません。あなたがたが、立派に国を治めてください」と言って、大勢の人々に戒を守らせた。そして、「このように裁判を行ないなさい」と裁判法を金の板に刻ませて、森に入ってしまった。その教えは、四万年にわたって効力があった。師は、王へ訓誡として、この法話をされて、[過去の]前生を[現在に]あてはめられた。「そのときの王はアーナンダ(阿難)であり、クンダリ二ーはウッパラヴァンナー(蓮華色)であり、ヴェッサンタラはサーリプッタ(舎利弗)であり、ジャンプカ鳥は実にわたくしであった」と。


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お釈迦様と蛇霊(1)

 東洋と西洋の文化の違いとして、へびに対する扱いが違う点を指摘する方がおられます。いわく、東洋では蛇(蛇霊)や龍(竜)が神としてあがめられている。確かに日本では白蛇が神様として祀られています。たとえば鎌倉の銭洗い弁財天神社では、金運をあやかろうと、沢山の卵がおそなえされています。これは御祭神(あるいは眷属)が白蛇さんだから、蛇が好む卵をお供えしているのです。また俗信として、財布に蛇の抜け殻を入れておくと、お金がたまると伝えられます。これも蛇神信仰が金運と係ることの、一つの象徴といえましょう。
 これに対し、西洋では蛇および龍をみ嫌います。それは聖書に由来します。旧約聖書創世記、エデンの園で最初の女イヴを巧みに誘惑し、善悪の木の実を食べるようそそのかしたのは、蛇でした。蛇は知恵の象徴でもあります。
『さて、神であるしゅが造られたあらゆる野の獣のうちで、蛇が一番狡猾こうかつであった。』(創世記3章1-2節)
『わたしが、あなたがたをつかわすのは、狼の中に羊を送り出すようなものです。ですから、蛇のようにさとく、はとのように素直すなおでありなさい』(マタイ伝10章16節)
『しかし、蛇が悪巧わるだくみによってエバを欺いたように…』(コリント人Ⅱ11章3節)

 そして、蛇は悪魔の象徴であり、終りの日(最後の審判)で万軍n主により滅ぼされる存在と予言(預言)されています。

『また、別のしるしが天に現われた。見よ、大きな赤いりゅうである。(略)さて、天に戦いが起って、ミカエルとその使いたちは、竜と戦った。それで、竜とその使いたちは応戦したが、勝つことができず、天にはもはや彼等かれらのいる場所がなくなった。こうして、この巨大な竜、すなわち、惡魔あくまとか、サタンとか呼ばれて、全世界をまどわす、あの古い蛇は投げ落とされた。彼は地上に投げ落とされ、彼の使いどもも彼と共に投げ落とされた』(ヨハネの黙示録12章3-9節)
『その日、主は、鋭い大きな強いつるぎで、逃げ惑うへびレビヤタン、曲りくねる蛇レビヤタンを罰し、海にいる竜を殺される。』(イザヤ書27章1節)

 悪い蛇(竜)が退治されるのは聖書の中にかぎらず、日本神話や中国伝説にもあります。神素戔嗚之尊による八岐大蛇やまたのおろち退治や、漢王国の高祖劉邦りゅうほうの白蛇退治の逸話が伝えられます。もっとも、劉邦自身も蛟龍こうりゅうであった…とされますが。

上野公園さんは、『神言会-大本教神諭解説』のなかで、知恵を象徴する蛇のりゅうと、創造神の息吹たるりゅうについて、区別して解説されています。 『へびは動物なのに虫(ムシ)がつく。むし無視むしに通じ、魂のかじ(阿弥陀の陀)を無視したじゃの者が、言葉の神の神罰によりじゃに変えられた(見変えるミカエルの経綸)』

人に内在する良心神(神言会)より
言葉の妙Ⅳ、蛇霊その1 蛇霊総論
蛇霊総論とその実例 総論の部
蛇霊の実例その1 蛇霊化してまで祟った事件
蛇霊の実例その2 蛇を殺してその子孫が祟られていた事件
蛇霊の実例その3 供養を求めて蛇が仏壇でとぐろを巻いた事例
蛇霊の実例その4 自分を龍神として祭れと言った蛇霊
蛇霊の実例その5 宇宙神と見誤って蛇霊とチャネリング 

 出口王仁三郎聖師は「へびの霊と云うのは良い霊じゃない。人が死んで大蛇だいじゃになったと云ふ古事はいくらでもあるが、人の想念がり固まって、つまり霊魂が凝結したら蛇になる」と述べられています(出口王仁三郎氏を囲む神霊座談会2より)。
 東洋では、蛇について金運以外に何と語っているのでしょうか?
 それを仏典から探ってみます。



○『日本霊異記』より「慳貪けんどんりて、大蛇をろちと成る縁」
(原文)
 聖武天皇の御世に、諸樂ならの京の馬庭まにはの山寺に、ひとりの僧常住す。その僧命終はる時にのぞみて、弟子に告げて言はく「我死にし後、三年に至るまで、むろの戸を開くことかれ」といふ。しかして死にし後、七七日をて、大きなる毒のくちなわりて、その室の戸に伏せり。弟子ゆゑを知りて、教化けうけして室の戸を開きて見れば、銭三十貫を隠しをさめたり。その銭を取りて誦経ずきょうを為し、善を修し、福を贈りき。誠に知る、銭にふけり隠すに因りて、大蛇をろちの身を得て、返りて、その銭を護りしことを。須彌すみいただきを見るといえども、欲の山の頂を見ること得といふは、それれを言ふなり。

(現代訳)
 聖武天皇が治めておられた時代、奈良ならの都の馬庭(東大寺の東北隅あたり)の山寺に、一人の僧侶が住んでいました。その僧侶が死ぬとき、弟子に「わしが死んでも、三年の間は、わしの部屋を開いてはならぬ」と言い残しました。四十九日(七七日)をすぎると、なぜか、巨大な毒のくちなわが、死んだ僧侶の部屋の前に蜷局とぐろを巻いているではありませんか。弟子は蛇を見るなり「ああ、この蛇は私の師匠が邪見じゃけんによりじゃの道にとらわれ、じゃとして生まれ変わったのだ(輪廻転生)」と悟り、ただちに教化(説得)します。蛇が退いたあと、部屋の戸をあけて見ると、師匠が隠していた銭三十貫を見つけました。弟子は、その銭をもって供養にもちい、布施ふせなどの善行をおこない、死者に福を贈りました。
 我々は、誠に思い知るべきです。金銭をむさぼり、執着しゅうちゃくし、その因果によって大蛇おろちとなって現世に戻ってまで、自ら遺した銭を護っていた、その執念深さを。この世界の中央にそびえる須弥山しゅみせんざんの頂上を見ることが出来ても、欲望の山の頂点を見ることは出来ません。かつて、お釈迦様も悪魔に誘惑されたことがあります。
 ある日、お釈迦様は、「ああ、殺すことなく、殺さしめることなく、勝つことなく、勝たしめることなく、悲しむことなく、悲しませることなく、法によって統治をなすことができるだろうか?」と考えていました。そこに悪魔がやってきて、「あなたならば、世界を統治することができます。おやりなさい」と誘惑します。「尊いお方! 尊師は、四つの不思議な霊力(神通力)をおさめ、完全な方になられた。もしも尊師が山の王(ヒマラヤ)を黄金にしようと望み、そのように決意なさるならば、山は黄金になるでしょう」と語りかけます。そんな悪魔にお釈迦様は
「黄金や銀の山があったとしても、またそれを二倍にしても、それだけでは、一人の人を満足させることはできない。このことを知って、平らな心でおこなうべし。苦しみと苦しみの元の起るもとを見た人は、どうして欲情に傾くであろうか。世間における制約は束縛であると知って、人はそれを制し導くために学びおわむべし」
 このように惡魔に言いきられました。チベット仏教の曼荼羅マンダラで、三毒(貪欲とんよく瞋恚しんい癡痴ぐち)は蛇・猪・鶏にたとえられます。むさぼりは三毒に通ず。『須彌のいただきを見ると雖も、欲の山の頂を見ることは出来ず』というは、まさにこの事を言うのです。



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お釈迦様と蛇霊(2)

○253話『マニカンタ竜王前生物語』

 これは、師(釈迦牟尼仏)がアーラヴィーの近くのアッガーラヴァ廟に滞在しておられたとき、僧房建立規則について語られたものである。アーラヴィー在住の修行僧たちは、寄進を求めて僧房を建立するさいに、熱心に懇願し、執拗しつように勧誘し、「人を出してください。召使いの仕事をする人を提供してください」等と言っていた。人々は懇願に苦しみ、勧誘に悩み、修行僧を見ると、驚いたり、恐れたり、逃げたりした。
 そのころ、尊者摩訶迦葉波マハーカッサパがアーラヴィーに来て、托鉢のために入った。人々は長老を見ても、同じように逃げた。長老は、食後、托鉢たくはつから戻って、修行僧たちを呼んで、
「以前には、友よ、このアーラヴィーは食事が得やすい場所であった。なぜいまは食事が得がたくなったのか」とたずねた。その理由を聞いてから、世尊(お釈迦様)がアーラヴィーに来て、アッガーラヴァ廟に滞在されたとき、世尊に近づき、このことを話した。
 師は、この原因に関して、修行僧団を集めて、アーラヴィ在住の修行僧たちにおたずねになった。
「おまえたちは、修行僧たちよ、寄進を求めて、僧房を建立してると伝えられるが本当か」
「本当でございます」
 そこでお釈迦様は、これらの修行僧たちを叱責して
「修行僧たちよ、この種の懇願というものは七宝で充満している竜宮城に住む竜にとってすら不快なものである。まして人間にとってはなおさらである。1カハーパナのお金を得ようとしている人間どもにとっては、石から肉を取り出すときのようである」と言って、過去のことを話された。

 むかし、バーラーナシーでブラフマダッタ王が国を治めていたとき、バラモンの家に二人の兄弟がいた。二人は父母の死から心に宗教心を起し、出家して仙人の生活に入り、ガンガー河の岸辺に草庵そうあんを作って住んだ。両人のうち兄の方はガンガー河の上流に草庵をもち、弟はガンガー河の下流にもった。
 そこである日のこと、マニカンタという名の竜王が住処すみかを出て、青年の恰好をして歩いていたときに、弟の庵に行ってあいさつをして、片隅に坐った。彼等はおたがいに楽しい話をして、親しくなってしまって、相手がいなくては暮せなくなってしまった。マニカンタはしばしば弟苦行者のもとにやってきて、坐ってよもやま話をした。帰るときになると、苦行者に対する愛情のために、自分の姿を捨てて、とぐろでもって苦行者をまき、抱擁ほうようし、頭のうえに大きな鎌首をのせた。しばらく横になって満足を覚えてから、体をほどき、苦行者に挨拶して、自分の住居にもどった。弟苦行者は、竜に対する恐怖から、憔悴しょうすいしてしまい、卑しく、醜く、黄色になり、青筋が全身に現われた。
 彼はある日、兄のもとに来た。そのとき、兄が彼に尋ねた。
「おい、なぜおまえは憔悴し、卑しく、醜く、黄色になり、青筋が全身に現われたのか」
 弟は兄に事の顛末てんまつを話した。兄は、
「いったいまえはその竜が来るのを望んでいるのか望んでいないのか」とたずねた。弟は、
「望んでいない」と答えた。
「その竜王がおまえのもとにやって来るときには、どんな飾りをつけて来るのかね」と兄がたずねた。
「マニ宝です」と弟は答えた。
「それでは、おまえは、その竜王がおまえの所にやって来て、坐らないうちに、『わたしに摩邇まにを下さい』と懇願しなさい。そうすればその竜はとぐろでお前をとりまかないで帰るであろう。翌日には庵の戸口に立っていて、やって来る竜に懇願しなさい。三日目にはガンガー河の岸辺で水から顔を出したとき竜に懇願しなさい。そうすれば竜王は二度とお前の所に来ないであろう」
 苦行者は「そうしましょう」と答えて、自分の草庵にもどった。
 翌日、竜がやって来て、まだ立っているあいだに、「わたしに、そのあなたの飾りのマニをください」と懇願した。かれは坐りもしないで逃げた。それから第二日目には、庵の戸口に立っていて、かれがやって来るときに、「昨日はわたしにマニ宝をくれませんでしたね。今日はいまもらわねばなりません」と言った。竜は庵に入ろうともせずに逃げていった。第三日目に水から彼が頭を出したときに、
「今日で私がお願いして三日目になります。今日はわたしにこのマニ宝をください」と言った。竜王は水のなかに立って、苦行者の懇願をこばんで、二つの詩をとなえた。
『わたしには、大量の、たくさんの食物・飲食が生じます。それはこのマニのためです。わたしはあなたにマニをあげません。あなたは多くを求めすぎるのです。そしてまた私はあなたの庵へ行かないでしょう。輝く剣を手にしている若者のように、あなたはこの石を求めながらおどす。わたしはあなたにマニをあげませんあなたは多くを求めすぎるのです。そしてまた私はあなたの庵へ行かないでしょう。』
 このように言って、この竜王は水のなかに潜り、自分の竜宮に帰って、二度と戻らなかった。するとその苦行者は、その美しい竜王と会えないために、さらに一層憔悴し、卑しく、醜く、黄色になり、青筋が全身に現われた。そこで兄の苦行者は、
「弟の様子を見よう」と思って、弟のもとにやって来て、弟がより一層黄色く病的になったのを見て、
「おい、おまえはなぜ一層黄色く病的になったのか」とたずねた。
「あの美しい竜と会えないからです」と答えるをの聞いて、
「この苦行者は竜王なしには暮らすことができない」とさとって、第三の詩をとなえた。
『その愛をおまえが求めているが、その竜を求めるな。求めすぎたために、不快に思っている。竜はバラモンにマニを求められて、立去って、姿を見せない。』
 このように弟に言って「それゆえもう悲しむな」となぐさめて、兄は自分の庵へ帰った。その後、兄弟は2人とも、完璧な知識を得、禅定を体得して梵天の世界に生まれるものとなった。
 師(お釈迦様)は、「修行僧たちよ、このように、七宝にみちた竜宮に住む竜にも、懇願は不快である。いわんや人間にとってはなおさらである」と、この法話をされて、〔過去の〕前世を〔現在に〕あてはめられた。「そのときの弟はアーナンダであり、兄は実にわたくしであった」と。




○304話『ダッダラ竜兄弟物語』
 これは師(お釈迦様)が祇園精舎に滞在しておられたとき、ある怒りやすい修行僧について語られたものである。そのとき、説法場で彼が怒っぽいことについて話がもちあがった。そこへ師(お釈迦様)がいらっしゃって「修行僧たちよ、いったい何の話があっていまここに集まっているのかね」とおたずねになった。
「実はこれこれの話のためでございます」を申し上げると、お釈迦様はその修行僧をお呼びになり「修行僧よ、おまえは怒りっぽいという話だが、本当か」と言うと、「尊師よ、そのとおりでございます」と申しあげた。師は「修行僧たちよ、かれはいまだけでなく過去にも怒りっぽい男であった。彼が怒りっぽい性質だったばかりに、昔の賢者たちは、清浄で竜王として暮らしていたにもかかわらず、三年のあいだ糞尿ふんにょうでいっぱいの汚穢おわいだめのなかに住むはめになったのだ」と言って、過去のことを話された。

 むかしむかし、ヒマラヤ地方のダッダラ山のふもとにダッダラ竜宮があり、そこの国を治めていたスーラダッタ竜王の息子にマハーダッダラという名の竜がいた。その竜こそ、お釈迦様の前世であった。また、マハーダッダラの弟はチュッラダッダラといった。弟は怒りっぽく乱暴で、竜の乙女たちをどなりつけたり殴ったりして暮らしていた。竜王は彼の乱暴を知って、彼を竜宮から追い出すように命じた。しかしマハーダッダラは弟の為を思い、父王をなだめて思いとどまらせた。二度目に竜王がチュッラに腹をたてたときも、マハーダッダラは父王をなだめた。ところが三度目のときは、「おまえはわしがこの親不孝者を追い出そうとするのを邪魔した。出て行け、おまえたち二人ともこの竜宮を出てバーラーナシーの汚穢溜のなかで三年のあいだ暮らすがよい」と言って、二人とも竜宮から追いはらわせた。
 彼らはその場所へ行って住んだ。さて、かれらが汚穢溜のなかにいて水面に餌を探していると、村の子供たちがそれを見て、彼らを叩いたり土塊つちくれや木の棒を投げつけて、
「この頭でっかちで尻尾に針のある水蛇はなんだい」などと言ってののしった。チュッラダッダラは気性がはげしく乱暴なので、子供たちの侮辱に我慢がならず、
「兄貴、この子供らは俺たちを馬鹿にしている。おれたちが毒蛇だということを知らないのだ。俺はあいつらに侮辱されて我慢ならん。鼻で一吹きして、やつらを殺してしまおう」と兄に話しかけて、第一の詩をとなえた。
『マハーダッダラよ、これらなる人間世界の悪口雑言われを苦しめる。「蛙食らいて、水辺に棲む」と、毒なきくせに、毒あるわれらをののしる。』
 彼の言葉を聞いて、マハーダッダラは残りの詩をとなえた。
『おのが国をたち出でて、他の国に入りたらば、悪口雑言しまいおくべし。大いなる倉を建つるべし。人の生まれも人品も知らざるところにありては、知己ならざる人々のなかに住みて慢心することなかれ。異国に暮らし行くときは、火にも等しき激しき気性の者とても、智慧あらば耐えるべし。たとえ奴婢ぬひに侮らるとも』
 こうして彼等は三年のあいだそこに住んだ。そこで竜王は息子たちを呼びもどした。彼等はその後はさっぱりと自惚うぬぼれ心を断ったのであった。
 師(お釈迦様)はこの法話をされて真理を明らかにし、過去の前生を現在にあてはめられた。真理の説明が終わったとき、怒りっぽい修行僧は聖者の第三の境地に達した。そのときのチュッラダッダラは怒りやすい修行僧であり、マハーダッダラは実にわたくしであった、と。


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お釈迦様と蛇霊(3)

○386話『驢馬の子前生物語』

 これは師(お釈迦様)が祇園精舎に滞在しておられたとき、元の妻の誘惑について語られたものである。祇園精舎に、出家したものの、元の妻に恋い焦がれて修業がおろそかになった修行僧がいた。お釈迦様はその修行僧を呼び出すと、「修行僧よ。その女は、いまお前に不利益なことをなすばかりでなく、過去にも、おまえはその女のために火に投げ込まれて死ぬところだったのを、賢者によってかろうじて命拾いをしたのだよ」と言って、過去のことを話された。

 昔、バーラーナシーでセーナカという名の王が国を治めていたとき、菩薩(お釈迦様)はサッカ(帝釈天)であった。その当時、セーナカ王は、ある竜王と親交を結んでいた。その竜王は、竜宮を離れて、陸上へ食物をとりに来ていたということである。そのとき、村の子供たちが彼を見て、
「こいつはへびだ」と言って土くれ等で彼を打った。王は遊園を散歩していてそれを目にとめ、「あの子供たちは、何をしておるのじゃ?」と尋ねた。「一匹の蛇を打ちすえているのでございます」と家来は答えた。「打たせてはならぬ。逃がしてやれ」と命じて、王は竜王を逃がしてやった。竜王は、九死に一生を得て、竜宮に帰り、たくさんの宝物をたずさえ、夜半に王の寝室に入った。それから彼は王にその宝物を捧げて「私はあなたのおかげで命拾いをしました」と礼を述べた。竜王は、王と親密になって、たびたびやって来ては、王に会った。竜王は、龍女たちのうちで、最も溌剌はつらつとしている一人の竜を、王を守護するために王のそば近くへ仕えさせ、「この女の姿が見えないときには、この呪文をお唱えください」と言って、一つの呪文を王に授けた。
 ある日のこと、王は、遊園へ行って、龍女と一緒に蓮池で水遊びをした。龍女は、一匹の水蛇を見つけて、自分もその姿となり、その蛇と一緒に、道ならぬ愛の行為におよんだのである。王は、彼女が見あたらないのをで「いったい何処どこへ行ってしまったのだろう」と思って、呪文をとなえたところ、龍女が道ならぬ道に踏み込んでいるのを見つけて、竹の棒で打ちすえた。龍女は怒ってそこから竜宮へもどった。
「なぜ戻ってきたのじゃ?」と竜王にたずねられると、「あなたの友達が、私が言うことを聞かないと云って、私の背中をぶつのです」と言って、傷を見せた。竜王は本当のことを知らないので、四人の竜の若者を呼びよせて、「行ってセーナカ王の寝室に侵入し、鼻息で籾殻もみがらを吹き飛ばすように、粉々にしてしまえ」と命じた。
 彼らは出かけて行き、王が寝台に横になる時間を見計らって部屋の中に忍び込んだ。彼らが忍び込んだちょうどそのとき、王はきさきに言った。「なあおまえ、龍女が帰ってしまったことを知っているか?」「存知ませぬ」「あやつは今日、わしたちが蓮池で遊んでいたとき、自分の姿を変えて、一匹の水蛇と一緒にけしからぬ振舞いにおよんだのじゃ。それでわしは、『こんなことをしてはならん』といましめる意味で、竹の棒であやつを打ちすえてやったのじゃ。あやつが竜宮へ戻って、わしの友人に、何か事実とは異なることを告げ口して、わしたちの友情を引き裂いてしまうことになりはせぬかと、わしは心配しておるのじゃ」
 それを聞いて、竜の若者たちは、そこからとって返して竜宮へ行き、そのよしを竜王に報告した。竜王は、心から恥じ入って、即座に王の寝室に飛んで行き、ことの仔細しさいを告げて許しを求め、「これが私のせめてもの償いです」と言って、総ての動物の話し声を聞き分けられる呪文を授けた。それから、「大王よ、これは極めて貴重な呪文です。もしもこの呪文をあなたが他人に授けると、授けたその直後に、火の中に落ち込んでしまうでしょう」とつけ加えた。王は「あいわかったぞ」と言って、その呪文を受けとった。王は、その時から、アリの話し声さえも、聞きとれるようになった。

 ある日のこと、王は大きなターラ樹の下に坐って、蜜や砂糖でこしらえた食べ物を食べていたとき、ひとしずくの蜜や、砂糖や、菓子のかけらを地面にこぼした。一匹のありがそれを見て「大きなターラ樹の下で王様の蜜壺が割れ、砂糖の荷車と、お菓子の荷車がひっくりかえったぞ。蜜や砂糖やお菓子を食べようぜ」と叫びながら、走りまわっていた。王は、そのアリの騒々しい声を聞いて苦笑した。王の近くに寄りかかっていた妃は、「いったい何をごらんになって、王さまはお笑いになったのかしら?」と不思議に思った。
 王が食べ物を食べ終わり、水浴びをして足を組んで坐っていたとき、一匹のはえが「さあ、おまえ。本能のおもむくまま、愛欲にふけろう」と言った。そのとき、妻の蠅は、夫蠅に、「ちょっとまってよ、あなた。いま、王様のために、家来たちが塗香を運んできますよ。王様が香を体に塗りつけるとき、足元に塗香の粉末が落ちるでしょう。わたしはそのとき、こぼれた粉末に身をまぶして、良い香の体となりますから、それからあとで、王様の背中で横になって楽しみましょう」と言った。王は、その話し声を聞いて、苦笑した。妃は「いったい、何をごらんになってお笑いになったのかしら?」と、再び不思議に思った。
 さらに、王は、夕食をとっていたとき、ひとかたまりの飯粒を地面にこぼしてしまった。蟻たちは「王家で食物の荷車がこわれた。その食べ物を食べる者がいないぞ」と叫んでいた。王は、それを聞いて、また笑った。妃は、黄金のスプーンを取って王に給仕しながら、「王様は、私をご覧になって、お笑いになったのではないかしら」と考えた。
 妃は、王と一緒に寝台にのぼって横になったとき、「どうしてお笑いになったの。王様」と尋ねた。右派、「どうしてわしがお前を笑うなどということがあろうか」と弁解したが、くりかえして問いつめられて、とうとう呪文のことを白状してしまった。そこで妃は王に、「あなたが知っていらっしゃる呪文を、私にもくださいな」と言い、王は「いや、やることはできぬ」とこばんだが、妃はなおもせがんだのである。王は、「もしこの呪文をお前に授けたら、わしは死ぬであろう」と言った。「たとえあなたが死ぬようなことがあっても、どうしても私にください」
 さすがの王も女には弱かったので「よろしい」と言って承知し、「この呪文を授けてわしは火の中に入ろう」と思って、遊園にむかって出ていった。そのとき、神々の王である帝釈天サッカは、この世を眺めわたしていたが、この出来事を見て、「この愚かな王は、女のために、『自分は火中に入ろう』と思って急いでいる。かれの命を救ってやらずばなるまい」と決心し、アスラの娘であるスジャーをともなぅて、バーラーナシーへやって来た。スジャーを牝山羊にし、自分は雄山羊となって、「普通の人々が自分を見ぬように」と心を配って、王の車の前方にいた。王と、車につながれた馬(驢馬)だけが山羊を見ることができ、ほかの誰も見なかった。
 山羊は、話のきっかけを生みだすために、牝山羊と一緒に、まるで交尾をしているかのように振舞った。車につながれている一頭の馬(驢馬)が、山羊を見て「おい山羊よ。俺達は前に『山羊というのは愚かで恥知らずだ』と伝え言うのを聞いたことがあるが、まだ見たことはなかったのだ。ところがお前は、ひそかに、隠れた場所で行なうべき非行を、こんな大勢で見ている俺達の前で行なって、恥ずかしいとも思わない。かつて聞いたことと、いま見ていることとは、まったく一致しているよ」と言って、最初の詩をとなえた。
『山羊は愚かと真実を、賢い者は言い伝う。ひそかな業をあからさま、なして恥じぬをごらんあれ』 
 それを聞いて山羊は二つの詩を唱えた。
『おまえの馬鹿も、同じこと、驢馬の息子よ、知りなさい。縄につながれ唇ゆがめ、顔うつむけて苦吟して、解き放たれても逃れない。友よ、お前は愚か者。お前が運ぶセーナカは、それよりさらに愚かなり』
 王は、、その両方の話をききわけた。それで、それを聞きながら、矢のように車を走らせた。驢馬は、その話を聞いて、さらに第四の詩をとなえた。
『私は馬鹿だと、君は知れ。それはともあれ、山羊王よ、セーナカ王がなにゆえに、愚かなるかを教えなさい』
 それを告げられて、山羊は第五の詩を唱えた。
『こよなき利益を得ながらも、妻に与えて自滅する。夫は愚かでその妻も、妻たる資格がないのだよ』
 王は山羊の言葉を聞いて「山羊王よ。お前はわし達を幸福にするに違いない。わし達に、なすべきことを、いますぐ教えてくれ」と言った。そこで山羊王は、王に、「大王よ、諸々の生き物のなかで、自分ほどいとおしいものはありません。たかが一人の愛人のために自らを破滅させ、かち得た名声を棄て去ることは正しくありません」と述べて、第六の詩を唱えた。
『あなたのように、人王よ、「われに愛し」と己が身を、捨てて女にかしづくな。己の身こそ、すぐれたり。すぐれしもののみ、尊べよ。利益名声かちとった、それからあとでいくらでも、愛人なんぞ得られよう』
 このように王に訓戒を与えた。王は満足して「山羊王よ。お前は何処からやってきたのか?」と尋ねた。「われは帝釈天である。大王よ、お前を憐れんで、死から逃れさせるためにやってきたのだ」
「神々の王よ、わたしは妃に『呪文を与える』と言ってしまいました。私は今、どのようにいたしたらよいでしょうか?」
「お前達2人とも身を滅ぼす必要はない。『技能に熟練するのに必要だ』と言って、何度か妃を打たせよ。この方法で、もはや呪文を取ろうとはしないであろう」 王は「かしこまりました」と言って承知した。帝釈天(お釈迦様)は王を教え諭してサッカの宮殿へ帰って行った。
 王は遊園へ行って、妃を呼んでこさせて言った。
「妃よ、そなたは呪文を手にいれたいのか?」「そうですわ、王さま」「それでは慣例に従いなさい」「慣例とはなんですの?」「背中を百回ばかり打つが、声を立ててはならないのだ」
 妃は呪文がほしくて「よろしゅうございます」と言って承知した。王は奴隷にむちをもたせて、妃の両横腹を打たせた。妃は、二、三回の鞭うちをこらえていたが、そのあとすぐに、「もう私は呪文なんかいりません」と泣き叫んだ。そこで王は、妃に、「そなたはわしを殺してまでも呪文を手にいれようとしたではないか」と言って、背中の皮がはがれるまで打たせてから、許してやった。妃は、それからというものは、もう呪文が欲しいなどと再び言うことができなかった。
 師は、この話をされて真理を明らかにされ、過去の前生を現在にあてはめられた。「その時の王は女に恋いこがれて出家生活がいやになっている修行僧であった。妃はもとの妻であった。驢馬は舎利弗サーリプッタであり、帝釈天サッカは実にわたくしであった」と。


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

お釈迦様と蛇霊(4)

○第506話『ウポーサタを守った竜王前生物語』

布薩(ウポーサタ)  在家信者の場合は、毎月(陰暦)6回、八、十四、十五、二十三、二十九、三十日、つまり新月・満月の日とその前日、およびその中間の日に、仕事を休み、八つの戒律をまもり、瞑想を行う。八つの戒律とは、生物を殺さない、盗みをしない、性交をしない、嘘をつかない、酒を飲まない、昼以降は食べない、歌舞音曲を楽しまず、身を飾らない、高い寝台や大きな寝台を使わないこと。

 むかし、アンガ国でアンガ王が、マガダ国でマガダ王が国を治めていたとき、アンガ国とマガダ国の中間にチャンバーという河があった。そこに竜宮があり、チャンペッヤという竜王が統治していた。ある日のこと、マガダ王はアンガ王と戦争したが、戦いに敗れ、馬に乗って逃げた。マガダ王はアンガ王の戦士たちに追われていた。満水のチャンパー河に達し、「敵の手にかかって死ぬより、河に入って死んだほうがましだ」と考え、馬もろとも河に入った。
 そのとき、チャンペッヤ竜王は、水中に宝石をちりばめたホールを作り、大勢のおつきを従えて、大いに酒を飲んでいた。馬は王を乗せて水中に沈み、竜王のまえにおりた。竜王は着飾った王を見て、親愛の情をおこし、座より立って、「大王よ、恐れることはない」と言い、王を自分のソファーにすわらせて、水中に沈んだ原因をたずねた。王は一部始終を語った。すると竜王は、
「大王よ恐れることはない。わたしがあなたを両国の支配者にしてあげよう」となぐさめて、七日間、すばらしい栄誉を享受きょうじゅさせてから、七日目に、マガダ王とともに竜宮から出て行った。マガダ王は竜王の威力によりアンガ王を捕え、その生命を奪い、二つの国において国を治めた。
 それから以後、王と竜王とのあいだの親交はかたくなった。王は毎年チャンパー河の岸に宝石をちりばめたホールを作らせ、莫大な費用をかけて、竜王に供物くもつをささげた。竜王は大勢のおつきのものとともに竜宮から出て、供物を受けとった。大勢の人々が竜王の繁栄をながめていた。
 そのとき、菩薩(前世におけるお釈迦様)は貧しい家に生まれていた。かれは王の会衆とともに河岸に行き、竜王のこのような繁栄を見て欲を出し、その繁栄を望んで、布施ふせをし、戒律を守ったので、チャンペッヤ竜王の死後、七日目に死んで、竜王の宮殿の吉祥の座(王座)のうえに再生した。菩薩の体はジャスミンの花環のように美しく、大きかった。
 かれはそれを見て後悔して、「わたしは以前になした善業の結果として六欲天における主権を倉庫に貯蔵された穀物のように得た。だがわたしは、この畜生(竜)の胎に再生してしまった。わたしにとって生命が何になろう」と死にたい気持ちになった。
 そのとき、スマナーという名の竜の少女がかれを見て、「大威神力をそなえたサッカ(帝釈天)が生まれたのにちがいない」と考え、ほかの竜の少女たちに合図した。少女たちはみな、いろいろの楽器を手にしてやってきて、かれにかしずいた。かれの住む竜宮は帝釈天の宮殿のようになった。そして、死にたい気持ちはやんだ。かれはじゃしんを捨てて、ありとあらゆる装飾品で身を飾りたて、ベッドのうえにすわっていた。かくて、それから以後、かれの名声は高まった。
 菩薩(お釈迦様)はそこで竜の国を治めていたが、あとになって後悔し、「わたしにとって、この畜生界が何になろう。ウポーサタ(布薩)に入り、ここから脱して、人間界に行き、真理を洞察して苦を滅しよう」と考え、それから以後、その同じ宮殿でウポーサタの行為をなした。しかし、飾りたてた竜の少女たちが竜王のそばに行くと、大抵たいていの場合、戒を破った。それから以後、竜王は宮殿から出て、御苑に行った。少女たちもそこに行った。ウポーサタはたちまち破れた。かれは考えた。
「わたしはこれから竜宮を出て、人間界に行き、ウポーサタに入ったほうがよい」と。以後、ウポーサタの日になると、竜王(お釈迦様)は竜宮から出て、ある辺境の村の近くの街道のそばの蟻塚の頂上で、「わたしの皮などを望むものは皮などをとれ。わたしを見せ物のへびにしようと望むものは見せ物の蛇にせよ」と考えて、身体を施物として投げだし、とぐろを巻いて横たわり、ウポーサタに入っていた。街道を行き来する人々は、かれを見て、香などにより供養して通りすぎた。辺境の村に住む人々は、「竜王は大威神力をそなえている」と言って、かれのうえにお堂を作って、一面に砂をしきつめ、香などで供養した。それから以後、人々は竜王(偉大な人=菩薩=お釈迦様の前世)を信仰し供養して、子供を望んだ。竜王(菩薩)のほうは、ウポーサタ行をなしつつ、月の第十四日目と十五日目に、アリ塚の頂上に横たわり、白月の日に竜宮に帰った。かれがこのようにウポーサタをなしているあいだに時がすぎ去った。
 ある日、第一妃のスマナーが言った。
「王さま、あなたは人間界に行ってウポーサタに入っています。しかし、人間界は危険で恐ろしいところです。もしあなたに危険が生じたら、わたしたちはどんな前兆によって知ることができますか。われわれにそれをおっしゃってください」そこで、竜王(偉大な人)は彼女を吉祥の蓮池の岸につれて行き、「妃よ、もしだれかがわたしを打って苦しめるなら、この蓮池の水が濁るでしょう。もしガルダ鳥がわたしを捕えるなら、水がなくなってしまうでしょう。もし蛇使いがわたしを捕えるなら、水は血の色になるでしょう」と、このようにかの女に三つの前兆を告げてから、第十四日目のウポーサタを決意して、かれは竜宮から出て例の場所に行き、アリ塚を輝かせていた。というのは、かれの身体は銀の鎖のように白く、頭は赤い毛糸の球のようであったから。
 ところで、この前生物語においては、竜王(前世のお釈迦様)の身体はすきの柄ほどの大きさであった。「ブーリダッタ前生物語」においては腿ほどの大きさであった。「サンカパーラ前生物語」においては貨物船ほどの大きさであった。そのとき、バーラーナシーに住むあるバラモン青年が、タッカシラーに行き、世に知られた師匠のもとであらゆる感官の対象に関する呪文を学んだのち、その道を通って自分の家へ帰る途中、竜王(お釈迦様)を見て、「この蛇を捕えて、村や町や王都で芸をさせ、財産をつくろう」と考え魔薬をもち、魔法の呪文をとなえて、竜王のそばに行った。魔法の呪文を聞いたときから、竜王(偉大な人)の耳のなかは赤熱の木片が入ったときのようになった。かれの頭は刃で砕かれたかのようになった。竜王(偉大な人)は、
「いったい、彼は何ものか」と、とぐろ巻きのなかから頭をあげて見たところ、蛇使いを見て考えた。「わたしの毒は強力である。もしわたしが怒って鼻から風を出せば、かれの体は一握りの籾殻のように飛び散ることであろう。しかしそうすればわたしの戒も破れることになる。わたしはかれを見るのはよそう」
 竜王(偉大な人)は目を閉じて頭をとぐろ巻きのなかに収めた。蛇使いのバラモンは薬をかみ、呪文を誦して、竜王(偉大な人)の身体に唾を吐いた。薬と呪文の力によって、唾液の触れた部分は、どこも腫物が生じたときのようになった。それから、かれは蛇の尾をもってひっぱり、長く横たわらせて、ヤギの足の杖で押しつけ、力を失わせて、頭をきつくつかんで握りつぶした。竜王(偉大な人)は口を開いた。すると、蛇使いは、その口に唾液を吐き、薬と呪文を用いて歯を折り、口を血でいっぱいにさせた。竜王(偉大な人)は戒を破ることを恐れて、このような苦痛をも忍んで、眼を開いて見ることすらしなかった。
 一方、蛇使いのほうは、「竜王を無力にしてやろう」として、尾からはじめて、かれの骨を粉々に砕くかのように、全身をうちくだいて、ターバンを巻くように巻き、糸を磨くようにこすりつけ、尾をつかんで、布地を打つように打った。竜王(偉大な人)の全身は血にまみれ、かれは非常な苦痛を耐え忍んだ。さて、蛇使いは、かれの弱ったのを知って、蔓草でかごを作り、そこにかれを投げこんで、辺境の村につれて行き、群衆のなかで芸をさせた。群衆は喜んで、いくらでも金を払った。バラモンは、最初、「千〔カハーパナ〕を得たら放してやろう」と考えていたが、その財貨を得たら、
「辺境の村においてさえこれだけの財貨を得たのだから、王や大臣のもとにおいては、もっと多くを得ることができよう」と考えた。そして、荷車と快適な車を手に入れ、荷車に財貨を積み、快適な車にすわって、大勢の従者をつれ、村や町で竜王(偉大な人)に芸をさせながら、「バーラーナシーのウッガセーナ王のもとで芸をさせてから放してやろう」と考えて、そこへ行った。
 蛇使いはかえるを殺して竜王に与えた。竜王は何度も、「かれがわたしのために殺すことのないように」と考え、食べなかった。そこで蛇使いは竜王に甘い穀物を与えた。竜王(偉大な人)は、「もしわたしが餌を食べれば、この籠のなかで死ぬことになろう」と、それすらも食べなかった。
 バラモン(蛇使い)は一ヵ月ほどして、バーラーナシーに到着し、都の入口付近の村々で蛇に芸をさせて、おおくの財貨を得た。王もかれを呼びにやって、「われわれのために芸をさせなさい」と言った。
「かしこまりました、王さま。明日、十五日に、あなたがたのために芸をさせましょう」
 王は、「明日、竜王が王宮の庭で踊るであろう。群衆はあつまってきて見よ」と、太鼓を打たせて触れ歩かせ、翌日、王宮の庭を飾らせて、バラモン(蛇使い)を呼びにやった。バラモンは宝石をちりばめた籠に入れて竜王(偉大な人)をつれてきて、極彩色の敷き物のうえに籠をおいてすわった。王も高楼からおり、大勢の人々に囲まれて王座にすわっていた。バラモンは竜王(偉大な人)をとり出して踊らせた。群衆は平静でいることができなかった。数千の衣服の波立ちがおこった。竜王(菩薩・偉大な人)のうえに七宝の雨が降った。
 かれが捕われているあいだに、一ヵ月が経過した。そのあいだ、かれはまったく食事をしなかった。
 一方、スマナーは、「わたしの愛する夫はあまりにも遅い。かれがここにもどってこなくなってから、もう一ヵ月もたった。いったいどうしたのだろう」と心配して、行って蓮池を見たところ、水が血の色になっているのを見て、「かれは蛇使いに捕われたのにちがいない」と知り、竜宮から出て、アリ塚の付近に行ってみた。そして、竜王(偉大な人)が捕まった場所や苦しめられた場所を見て嘆き悲しんだ。それから、辺境の村へ行き、たずねてみて、その顛末てんまつを聞き、バーラーナシーに行って、王宮の庭で、会衆のなかで、空中に泣きながら立っていた。竜王(偉大な人)は、踊りながら、空中をながめ、彼女を見て、恥じて籠のなかに入り横たわった。王は、かれが籠のなかに入ったとき、
「いったいどうしたことか」と、あちこちをながめたところ、空中に立っているかの女を見て、第一の詩をとなえた。
『稲妻のように輝き、明星みょうじょうのように輝いているあなたはだれか。あなたは神か。あるいはガンダルヴァ(半神の一種)の女か。わたしはあなたが人間であるとは思わない。』
以下、両者のあいだに、つぎのような対話の詩が交わされた。
竜女『大王さま、わたしは女神でもガンダルヴァの女でも、人間でもありません。陛下、わたしは竜の少女です。用があってここにまいりました。』
王様『あなたは心乱れ、あなたの感官はかき乱されている。あなたの眼からはおびただしい涙が流れている。あなたは何を失ったか。また、あなたは何を求めてここにきたのか。婦人よ、さあ、それを言いなさい。』
竜女『王さま、人々はかれを、はげしい光輝をもつへびと呼んでいます。そのかれを、ある人が生活のために捕えました。かれを束縛から救ってください。かれはわたしの夫です。』
王様『力と精力をそなえたかれが、どうして旅人の手に帰したのか。竜女よ、竜がどうして捕えられたのか、そのわけを私に語れ。我々は知りたいと思う。』
竜女『竜は都市をも灰にすることができます。かれはそのような力と精力をそなえています。しかし、竜は正法を尊ぶから、それゆえ、努力して苦行を行なうのです。』
 王は、「ところで、竜はどこで蛇使いに捕えられたのか」とたずねた。すると、かの女は、王に説明して、つぎの詩をとなえた。
竜女『王さま、竜王は十四日目と十五日目に、四路でウポーサタに入ります。ある人が生活のためにかれを捕えました。かれを束縛から救ってください。かれはわたしの夫です。』
 そう言ってから、さらに請いながら二つの詩をとなえた。
竜女『宝石の耳飾りをつけた一万六千の、水に住む女たちもあなたに庇護を求める。法に従い、暴力によらずして、かれを解放してください。村、金貨、百頭の牛とひきかえに……。蛇は自由の身となって行くべきです。福徳を求めるものは、かれを束縛から解放してください。』
 そこで、王は蛇使いに向かって三つの詩をとなえた。
王様『わたしは、法に従い、暴力によらずして、蛇を解放しよう。村、金貨、百頭の牛とひきかえに……。蛇は自由の身となって行くべきである。福徳を求めるものは、かれを束縛から解放すべきである。猟師(蛇使い)よ、わたしは百ニッカと、大きな宝玉の耳飾りと、亜麻の花のように美しい四つの枕のついた寝台とを与えよう。また、二人の似合いの妻と、百頭の牡牛と牝牛とをあげよう。蛇は自由の身となって行くべきである。福徳を求めるものは、かれを束縛から解放すべきである。』
 すると猟師(蛇使い)は王に言った。
『王よ、贈り物がなくとも、あなたのお言葉は重いから、あの蛇を束縛から解放しましょう。蛇は自由の身となって行くべきです。福徳を求めるものは、かれを束縛から解放すべきです。』
 はこのように言ってから、竜王(偉大な人)を籠から出した。竜王は出て、花々のあいだに入り、その蛇の姿を捨てて、青年の姿をとり、身を飾り、大地を裂くかのように出現して立った。スマナーは空中から降りてかれのそばに立った。竜王は合掌して、王に敬礼しながら立っていた。
 その内容を説明するために、師(釈迦牟尼仏)は二つの詩をとなえられた。
 チャンペッヤ竜は解放されて、王につぎのように言った。「王様、あなたに敬礼します。国を栄えさす人よ、あなたに敬礼します。わたしはあなたに合掌します。わたしの住居をお見せしましょう」
 王は言った。「人が人でないものと親しくするなど、まったく信じがたいと言われる。もしあなたがそれを請い求めるなら、竜よ、あなたの住居を見たいものだ」
 そこで、王を信じさせるために、誓いをなしつつ、竜王(偉大な人)は二つの詩をとなえた。
『たとえ風が山を運び、月と太陽が地上に落ち、すべての河が逆流しようとも、王よ、わたしは決して嘘をつかない。天空が裂け、海が干からび、大地が回転し、須弥山が根こぎにひきぬかれようと、王よ、わたしは決して嘘をつかない。』
 王は竜王(偉大な人)にこのように言われても信じないで、『人が人でないものと親しくするなど、まったく信じがたいと言われる。もしあなたがそれを請い求めるなら、竜よ、あなたの住居を見たいものだ。』と再度同じ詩をとなえてから、「あなたは私によってなされた功徳を知るに価する。しかし、あなたを信ずることが適切か適切でないか、わたし自身が知っています」と、説明するためにつぎの詩をとなえた。
『あなたたちは、まことに恐ろしい猛毒をもち、大いなる威力をもち、短気である。わたしのおかげで束縛から解かれたのだから、あなたはわれわれになされたこと(恩)を知るべきです。』
 そこで、竜王(偉大な人)は、かれを信じさせるために、さらに〔呪詛による〕誓いをなしつつ、つぎの詩をとなえた。
『あなたになされたこのような行為を知らぬものは、見るも恐ろしい地獄で煮られるべきです。いかなる身的な快楽も受けるべきではない。籠に捕われて死んでしまうべきです。』
 そこで、王は彼(竜王)を信じて、讃歌をとなえた。
『あなたの誓いが真実であらんことを。怒らず、恨みをもつことなかれ。ガルダ鳥はすべての竜の一族の殺戮を捨てよ。あたかも、夏、人々が火を捨てるように。』
 竜王(偉大な人)のほうも王を讃えつつ、つぎの詩をとなえた。
『王よ、あたかも母が最愛の一子を慈しむように、竜の一族を慈しんでください。そうすれば、わたしは、竜の一族とともに、大いなる奉仕をなすでしょう。』
 それを聞いて、王は竜宮に行こうと望み、軍隊に出発の準備をせよと命じて、つぎの詩をとなえた。
『美々しい王の車に、よく調教されたカンボージャ産の駿馬をつなげ。そして、象に黄金の鞍をつけよ。いざ、竜の住居を見よう。』
 つぎは〔さとりをひらいた人〕(釈尊)の詩である。
『人々はウッガセーナ王のために、太鼓・小鼓・銅鼓・法螺貝を奏でた。王は燦然と輝きつつ、女たちの群れのなかで、尊敬をされつつ、出発した。王が都から出発するやいなや、竜王(偉大な人)は自分の威神力により、竜宮にあらゆる種類の宝石でできた城壁と、華麗な門と望楼とを作り、竜宮に行く道を美々しく飾りつけた。王は従者とともにその道を通って竜宮に入り、美しい場所や宮殿を見た。その内容を説明するために、師(釈尊)はつぎのようにおっしゃった。
『カーシ国を栄えさす王は、黄金をちりばめた地と、琉璃板をはめこんだ黄金の宮殿を見た。かの王はチャンペッヤ(竜王)の住居なる宮殿に入った。それは太陽の色彩にも似て、青銅色の稲妻のように輝いていた。かのカーシ王は、さまざまな樹々におおわれ、さまざまな香りに満ちたチャンペッヤの住居に入った。カーシ王がチャンペッヤの住居に入ったとき、天の楽器が奏でられ、竜の少女たちが踊った。カーシ王は喜んで、竜女の群れが行きかうその宮殿に登った。そして、栴檀の液を塗られた黄金づくりのよりかかり椅子にすわった。
 王がそこにすわるやいなや、彼らは様々な素晴らしい味の天上の食べ物を運んできた。また、一万六千の女たちにも、そのほかの会衆にも食べ物を与えた。王は、七日間、従者とともに、天上の食事や飲み物などを享受して、天上の妙欲により大いに楽しんで、安楽なベッドにすわり、竜王(偉大な人)の名声を讃えてからたずねた。
「竜王よ、あなたはどうしてこのような幸福を捨て、人間界においてアリ塚のうえにすわり、ウポーサタに入っているのか」
 竜王(前世における釈尊)はカーシ王にそのわけを話した。この内容を説明するために、師(現在の釈尊)は次のように仰った。
『かのカーシ王は、そこで食事をし、楽しんでから、チャンペッヤ(竜王)に言った。
「あなたのこの最上の宮殿は、太陽のごとき色彩で輝いている。このようなことは人間界には存在しない。竜よ、あなたは何の目的で苦行するのか。あの女たちはさまざまな腕輪をつけ、美しい衣服を着、丸い(形のよい)指をし、手のひらと足のうらを赤く塗り、すぐれた顔(色)をしていて、天上の飲み物をとって、飲ませる。このようなことは、人間界には存在しない。竜よ、あなたは何の目的で苦行するのか。また、川は平定であり、ひげのおおい魚がいる。アダーサ鳥、クンタ鳥の鳴き声が聞こえ、美しい浅瀬がある。このようなことは人間界には存在しない。竜よ、あなたは何の目的で苦行するのか。コンチャ・孔雀・天上のガチョウ・美しい声のコーキラが飛びかっている。このようなことは人間界には存在しない。竜よ、あなたは何の目的で苦行するのか。マンゴー・沙羅(サーラ)樹・ティラカ・ジャンプ・ウッダーラカ樹・パータリー樹が開花している。このようなことは人間界には存在しない。竜よ、あなたは何の目的で苦行するのか。蓮池はいたるところにあり、天上の香りがつねにただよっている。このようなことは人間界には存在しない。竜よ、あなたは何の目的で苦行するのか」
 竜王(前世における釈尊)は言った。
『子供のためではない。財産のためではない。寿命のためではない。王よ、人間の胎〔に再生すること〕を望むがゆえに、わたしは努力して苦行するのである』
 このように言われて、王はつぎの詩をとなえた。
『あなたは赤い眼をもち、広い胸をしている。整えられた髪と髭は飾りたてられている。そして体は赤い栴檀水で美しく塗られている。あなたはガンダルヴァの王のように諸方を輝かせている。あなたは神通力をそなえ、大威神力をもっている。そして、あらゆる欲望にとりまかれている。竜王よ、わたしはあなたにそのわけを問う。人間界はどうしてこれよりすぐれているか』
 そこで竜王(偉大な人)はかれに説明して言った。

『王よ、人間界以外のどこにも、清浄と節制は見出されない。
 わたしは人間の胎に生まれて、生死(輪廻)をおわらせよう。』

 それを聞いて、王は、つぎのように言った。
『まことに、智慧あり、博識で、おおくのことに思いをめぐらす人々は奉仕されるべきです。竜よ、わたしは竜女たちとあなたとを見て、少なからぬ福徳(善行)をなしましょう。』
 すると、竜王はかれに言った。
『まことに、智慧あり、博識で、おおくのことに思いをめぐらす人々は奉仕されるべきです。王よ、あなたは竜女たちと私とを見て、少なからぬ善行をなすべきです。』
 このように言われたとき、王様は帰ろうと望んで、「竜王よ、われわれは長いことおじゃました。帰ろうと思います」と暇乞いをした。すると竜王(偉大な人)は、かれに、「それでは、大王さま、好きなだけの財宝をおとりなさい」と言って、財宝を示しながら次のような詩をとなえた。
『このおびただしい黄金はわたしのものです。黄金の集積はシュロの高さほどです。ここからもって行って、黄金の家を作り、そして銀の壁を作りなさい。真珠と琉璃をいっぱい積んだ五千の車があります。ここからもち出し、宮中の地面にまき散らしなさい。そして泥土を見えなくし埃のたたないようにしなさい。最勝の王よ、このようにこよなく輝く最上の宮殿に住みなさい。すぐれた智慧をもつものよ、富み栄えるバーラーナシーの都に住み、国を治めなさい。』
 王はかれの話を聞いて贈り物を受けとった。そこで、竜王(偉大な人)は、竜宮中に、太鼓を打たせて触れさせた。「王の会衆はみな、欲しいだけ黄金などの財宝をとれ!」 そして、何百もの車に積んだ財宝を王に贈った。そのとき、王は大いなる名声とともに竜宮を出発して、自分の都に帰った。それ以来、ジャンプディーパ(インド)の大陸は黄金を埋蔵するようになったということである。師(釈尊)はこの法話をされてから、「このように、むかしの賢者たちは、竜の繁栄を捨てて、ウポーサタに入ったのである」とおっしゃって、過去の前生を現在にあてはめられた。
「そのときの蛇使いはデーヴァダッタであり、スマナーはラーフラの母(ヤソーダラー)であり、ウッガセーナ(王様)はサーリプッタであり、チャンペッヤ竜王は実にわたくしであった」と。

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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