社会の改善と国民性/自主的精神に基け

○社会の改善と国民性

 吾等われらは敬神尊皇そんのう愛国の至善とする、皇室を中心とさない政治は、日本の政治ではない。日本は古来徳を以て治むる国である。かしこくも明治天皇は『我カ皇祖皇宗国ヲはじムルコト宏遠こうえんニ徳ヲツルコト深厚しんこうナリ』とらせたまうた。即ち日本国の本能は徳治とくぢである。世界萬邦の民仰ぎて以て宗国そうこくと為し悦服えっぷく帰順しきたるべき神国である。しかして日本はあくまで日本人の日本でなければならない。護国の精神世界の平和を望む心とは一致する。吾等の求むる文明は正義を基礎とした文明である。缺陥けっかんだらけの悪質の文明は皇国及皇国民の仇敵である。文明の発祥地が欧米のみに限られたやうに思ふ者があるならば、その人はすくなくとも精神上の文明につき研究を怠った人に相違ない。近来所謂いわゆる欧米の先進国といふべき国の態度は如何どうだ。人道を無視し、人種を差別し、公約を非議して国際の信義を破り、思想の潰裂かいれつ、道徳の頽廃たいはい、そこに幾許いくばくの学ぶべき点があらうか。翻譯ほんやく的新思想の宣伝、改良運動の煽動せんどうは必ずしも悪いこととは云はれない。是が為に刺戟しげきされ、舊來きゅうらい陋弊ろうへいを革正することとなれば、はなはだ結構だと云はなければらぬ。
 要は、く之を咀嚼そしゃくし、これを洗練して日本化するにある。如何なる危険思想も恐るるに足らない。護国の精神を以てこれを消化すればよい。しからずして例へば、社会主義で御座ござれ、共産主義でござれと云った様に、不規律に、無節制に、非国家的に、外来の思想におぼれてゐては、国家の隆興りうこうも民族の福祉も、これを永遠に失はなければならない。皇国の社会組織、経済組織には、改善すべき沢山のものがあり、時代に適合した施設を行ふのは當然である。しかして其の根本は伝統的に統一された国民性を土臺どだいとして、どこまでも敬神尊皇愛国を主としなければならぬ。


○自主的精神に基け

 我国は開闢かいびゃくの初めより、神様が世界の宗主国として造られた自主的神国であります。故に地上一切の中心となって世界萬国ばんこくを指導すべき神国であります。一切のものにはすべて中心があります。地球上の国をつるもの其数幾十にあまる有様であるが、我国の様に神代から皇統連綿れんめんとして天壌てんじょう無窮むきゅうなる国家はありませぬ。故に我国民は政治、宗教、教育、一切自主的精神を持って飽迄あくまでも我国風を発揮しなくてはならない使命を持ってゐるのであります。
 しかるに現代の日本人は外尊内卑的精神に習慣づけられ、依頼心のみ旺盛おうせいになって来たやうであります。子弟していを教育するにも莫大な学資を投じ、やっと高等学府を卒業さした目的は、大商店大企業支配人マネージャーになるとか、或は米搗こめつきバッタの変化たる代議士になるか、蓄音機のばけものたる教育家になるか、人のふんどし相撲すもうをとる伴食ばんしょく大臣や地方長官になる位が、最大高級の目的であります。一つの事業をなすにも自主的精神がけて居るから、現代に時めきわたる政治家や、代議士の古手、博士、大実業家などの名を並べさへすれば、如何いかなる事業でも成功するやうに思って居る。初めから如何なる事業といへども人の援助を受けたり、賛成を得てやらうといったやうな薄弱な意思では決して成功するものではありませぬ。一つの事業を完成しようと思へば、少なくとも十年間の自主的刻苦こくく経営をなくてはなりませぬ。その上 信仰、忍耐、正直の三つのものを活用しなくては結局駄目であります。
 現代人のやることを見てゐると、政治家や華族や博士〔平成なら芸能人〕などの名を並べたてて主義や綱領こうりょうの立派な事は、大政治家も聖人君子も裸足はだしで逃げる程である。しかしそれはただ単に売薬屋の効能書きに過ぎない。我々は真の日本人である以上、名望家めいぼうかの応援を受けたり、補助などを仰いで事業をやりたくはないのであります。さう云ふやうな薄弱な意思では、有終の美果をおさめることは出来ないのであります。


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ジャンル : 心と身体

神人の心/永遠の生命

○神人の心

 真心まごころとは天地の先祖の大神の大精神に合致がっちしたる清浄心しょうじょうしんである。至仁しじん至愛しあいにして萬事ばんじに心をくばり意をそそぎ、善事にふも凶事に遭ふも、大山たいざん泰然たいぜんとして動かざるがごとく、微驅びくつかず、焦慮あせらず、物質慾に淡泊あはく、心神しんしんを安静にたもち、何事も天意を以てもととなし、人と争はず、く耐え忍び、宇宙萬有一切をわが身魂しんこんの所有となし、春夏しゅんか秋冬しゅんとう昼夜、風雨雷電霜雪そうせついづれも言霊ことたま御稜威みいづに服従するまでにいたらば、始めて神心を発揚はつやうし得たのである。
 また小三災しょうさんさいの餓病戦、大三災の風水火に攻められ、如何いかなる艱苦かんくの淵に沈む時ありとも介意かいいせず、幸運に向ふも油断せず、生死せいし一如いちにょと心得、生死に対しては昼夜の往来を見るが如く、世事一切を神明しんめいの御心に任せ、このみもなく憎みなく、義を見ては進み、利を見ては心を悩まさず、心魂しんこん常に安静にして人事を見る事流水りゅうすいの如く、天地の自然を楽しみ、小我しょうがを棄て大我たいががっし、才智に頼らず、天の時におうじ、神意にしたがひ、天下公共のために捨身しゃしんの活動をし、万難にたゆまず屈せず、善を思ひ、善を云ひ、善をおこなひ、奇魂くしみたま眞智しんちを照らして大人たいじんの行ひを備へ、物を以て物を見極みきはめ、他人の自己おのれに等しからむことを欲せず、心中常に蒼空そうくうの如く、海洋の如く、二六時中意志内にのみ向ひ、自己のひとり知る所をつつしみ、その力量才覚を人に知られむことを望まず、天地の大道だいどうに従って世にしょし、善言美辭ぜんげんびじもちひ、光風こうふう霽月せいげつ少しの遅滞なく、神明の代表者たる品位をたもち、自然にして世界を輝かし、心神しんしんむなしくして一点の私心ししんなき時は、その胸中に永遠無窮むきゅうの神国あり。
 至善至美至真の行動をはげみ、善者または老者を友とし、之をたふとうやまひ、惡人愚者劣者れつしゃを憐れみ、精神上に将又はたまた物質上に恵み救ひ、富貴ふうきうらやまず貧賤ひんせんいとはずあなどらず、天分に安んじ、社会のために焦慮しょうろして最善をつくし、富貴にしょしては神国のために心魂を傾け、貧に處しては簡易なる生活に感謝し、我慾がよく貪慾どんよく心をいましめ、他を害せず傷つけず、失敗きたるも自暴自棄せず、天命を楽しみ、人たるの天職を盡し生業せいぎょうはげみ、天下修齋しゅうさいの大神業に参加する時といえども、頭脳を冷静に治めて周章あわてず騒がず、心魂洋々として大海の如く、天のむなしうして百鳥の飛翔ひぶちするに任せ、海の広大にして魚族の遊踊いうようするに任するが如く、不動にして寛仁かんじん大度たいどの精神を養ひ、神政成就の神業を補佐し、假令たとへ善事と見るも神界の律法に照合てらして、しければ断じてこれをさず、天意に従って一々最善の行動をり、昆虫といへどみだりに傷害せず、至仁至愛の真情まごころを以て萬有を守る。また乱世に乗じて野望を起さず、至公しこう至平しへいの精神をするの人格そなはりたる時は、すなは神人しんじんにして、その心魂は即ち真心であり神心である。


○永遠の生命

 生命は永遠に存続するもので、過去、現在、未来の三世さんぜわたって生きてゐる。吾々われわれ生物の生命は、絶対普遍、無始無終にして、神の分霊ぶんれい分身ぶんしんである。ゆえに永遠にわたって不老不死である。
 吾人ごじんは地上の誰人たれとも約束なく、唯々惟神かむながらの摂理によって、うまるべき所に生るき時を得て生れたまでだ。それ故に、愛着だとか悲惨だとか苦痛だとか云ふものは、その本来には無いのだ。ただ喜怒哀楽きどあいらく愛惡あいあく慾の情の如きは、肉感的一つの衝動に過ぎぬ。現在はこれこれだと握って居ることは出来るが、さうしてつかんでゐる間にそれ自体は既に過去に属してしまふ。未来と聞けば遠い様に考へられるが、その間もそれは現在として展開して来るではないか。さう考へて見ると吾々の生命は絶対無限であらねばならぬ。春夏秋冬と宇宙の大自然は、規則正しく展開して永遠に変りが無い。吾々の生命も愛着、悲惨、苦痛、快感と転回てんかいして、永遠に変りはないのだ。
 世の中に現実観ほど悲哀の多いものはない。あの仕事をやって見たい、この望みを達したい、明日が来たら、明後日あさってが来たら恋人にへる、来春は久し振りに帰郷して懐かしい慈母じぼに逢へると指折り数へてゐる、子にもへると云って自分が指を折って待って居る。引きつけるやうに色々な要求を追ってく。その心の底に一脈の喜びが潜んでゐる。しかしそれを待つ一刻一刻にの人の生命は幻滅に近づいて行く。可愛かわいらしかった子は筋肉たくましき壮漢そうかんとなり、愛らしかった恋人は皺苦茶しわくちゃの姿となり、曲線美は梅干のごとからびて行く。小さい現実の欲求をげむとする為に、死に行く大なる犠牲を払ひつつ迷路に進んで行くのだ。刻々に其の人の生命は死の關門かんもんして一歩一歩近づきつつあるのである。しそれ吾人ごじんの生命が有限のものであったら、さうした欲求の行程は死の行程であって、これほどだいなる不幸と不安は無いのである。
 無限の生命、そこに吾人ごじんが絶対不断の生命を見出みいだして、永久に生きる事をさとった時、吾々の眼前に展開されるものは、すべてが試煉しれんであり、すべてが教訓であることがさとり得られる。吾々が人間として世にしょするその間の出来事を見ても、幾多いくた曲折きょくせつがあるので面白い。その當事とうじの欲求に満たない、云はば一種の苦痛として痛ましいことであったその試練されたことを、時すぎてからおもひ出した時に、皆それは追憶ついおくとなってうつくしき過去を見ることが出来る楽しさがある。過去の悲惨なりし歴史も、甘かりし恋も、得意も失敗も、まぼろしの如く現実に浮んで来るごとに一種の愉快さをゆる。そして過去から現在、未来へと、永遠無窮むきゅうに生命が継続けいぞくされつつ天国のてなき國へと進んで行く。これが人生永遠の生命だ。
 自分は今までの体験から考へると、吾々の過去はまことに美しかった。貧乏で食ふや食はずの危機に立ったことも、冤罪えんざいこうむって獄舎に自由を束縛されてゐたことも、世間のあらゆる嘲笑ちょうしょう懺侮ざんぶまとになったことも、過去の歴史の一頁いちぺーじとして語るとき、それは皆美しい、そして楽しい。仮令たとえ貧乏生活でも、悲惨の境遇でも、それを永続した時は勝利となって来る。勝利は常に正義である。社会から何程嘲罵ちょうばされ、侮辱ぶじょくされ、非難されても、それ自体が永続したら、必ずすゑには正道せいどうとして認めらるる事になる。
 現代人の大本おほもとに対するすべての観念も、今や勝利者としてぐうするに至ったのは、吾人が永遠の生命を確信して不断ふだんの活動を続けて来た活歴史の賜物たまものであるとも云へる。



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神国に報ずるの覚悟

○神國に報ずるの覚悟

 日本国にっぽんこくは古来神国しんこくと称し、細矛くわしほこ千足国ちたるのくに豊葦原とよあしはらの瑞穂みづほ中国なかつくに磯輪垣しわがき秀妻国ほつまのくに、また豊秋津根別国とよあきつねわけのくに大八洲根別国おほやしまねわけのくに浦安国うらやすくに言霊ことたま天照国あまてるくに大倭国やまとのくに日本国ひのもとのくに、国の本國もとくになどしょうし、世界無比の神国であるから異邦いほうすぐれてたふときは言ふまでもない。
 寒暑かんしょ共にそのなかばを得て、地は南北にわたり、東西にまたがって、四方よも清海せいかいめぐらし、風土きよけく、土地肯沃かうよく五穀ごこく其他の作物は豊穣ほうじょうであり、山野さんや草木そうもく繁茂はんもし、果実よく熟して其味ことうるはし。金 銀 銅 てつ なまり すず 石炭のたぐいに至るまでも生産し、一切くる事なき天産自給の寶国ほうこくである。また人民の衆多しゅうたなるは面積比較上外国に数倍し、天賦てんぶの霊能日本魂やまとだましいあるをもって勇気、智量、慈愛、親睦の良質を惟神かむながら包蔵ほうぞうし平素清潔せいけつを好み、神祇しんぎ崇敬すうけいし、皇室をうやまたっとび、大義をおもんずる事はこの神域にせいけた神国神民の自然よりづる美徳である。 
 く日本国民は淳朴じゅんぼく質実で神勇しんゆう神膽しんたんあるが故に、日本の太古には天道てんどう地道ちどう人道じんどうなどの名称もなく、忠義孝貞こうていなどの名目もなく、ただただ神随かむながら言挙ことあげせぬ国として、不言ふげんおしえ無為むゐくわが、おのづかからおこなはれその行為の道に違反するものはすくなかったのである。大伴氏おほともうじ遠祖えんそ 天忍日命あめのおしひのみこと誓言せいげんにも『海かば水潜みづくかばね、山かば草生くさむす屍となりて、取りおさむる者なくともがういとはずして、大君おほぎみにこそ死なめのどには死なじかへりみはせじ』と言ひ、筑紫つくし防人さきもりとてあづまより賦役ふえきおもむ士兵いやしきものが、ぬかつるとも背に箭ははず、進むことありても退しりぞく事はさじと言ったごとく、君臣の大義、父子の親愛もおのづかそなはってゐたのである。
 しかるに世くだり、生民せいみん漸次ぜんじ数を増すに従って惟神かんながらの美風良俗次第にやぶれむとし、いつの教法なくては治まりがたくなったが為に、崇神すじん天皇の御宇ぎょうに至って和光わこう同塵どうじん的政策の必要にせまられ、これより次第に儒〔儒教〕佛〔仏教〕耶〔耶蘇/キリスト教〕等の外国におこったをしへを採り入れ、なほ近代に至っては西欧文明をも吸収して現在に及んでゐる。
 しかし、元来皇道こうどうは日本神国にそなはった宇宙の大道だいどうであって、天津あまつ日嗣ひつぎ天皇があめの下、四方よもの国を安国やすくにたいはけく治食しろしめき規範たるべきものであり、世界の人類をおさめ助け、善美なる言行げんこうはんを示し、国民はこの道に準拠して、かみ御一人の御尾前みをさきに仕へたてまつって、世界を経綸けいりんするの天職を遂行すべきものであって、決して外来の宗教説のごとく、未来の楽土を欲求し、救助を求め、万事哀願的にづるのとは全然其せんことにする。
 この皇道の宗家そうけたる皇国はおそれ多くも、皇祖の大御親神おほみおやがみ天之御中主あめのみなかぬしの大神おほかみ御實體ごじったい顕現けんげんであって、世界一切を具有したまふ神国なるが故に、皇祖の神勅しんちょくに依って世界一切の生民せいみんを同胞となし、天下統治の天職をばせ給ふ神聖不可犯ふかほんの、天津日嗣天皇が天壌無窮に鎮座あらせられ、下神民しもしんみんは、皇祖大神のさずけ給うた鋭心とごころ日本心やまとごころもって万世一系の皇運こううん扶翼ふよくたてまつるべき、天賦てんぶの使命を具有ぐゆうするのである。
 今やようやく天運循環して皇国は和光同塵の策をしりぞけ、その本来の聖なる天職使命を以て世界にしょすべきのときにたち到った。現今世道せどう暗澹あんたんとして人心じんしん日にすさむといへども、今にもあれ皇道の大本たいほん講明こうめいして以て神国神民しんみんの霊性に訴ふるときは、必然日本魂やまとだましいの發現しきたって天授てんじゅ神魂しんこんに復帰すべきは論をたない。かくなるときは我一われいちを以て実に異邦の百千万人にあたるにるのである。皇国の神民たるもの、よろしく皇道の大本たいほんに徹し、深き自覚と限りなき矜持きょうじを以て、神国を愛し神国にほうずるの覚悟がなければならぬ。世界の宗主国そうしゅこくたるわが日本神国を愛しまもることはすなわち世界人群物類を愛し護る所以ゆえんとなるのである。


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プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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