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服部静夫『出口直子伝』(明誠館、大正九年)

 出口なお(直)開祖の末娘で出口王仁三郎聖師の妻、出口澄子教主は、こう述べています。

直開祖01

「そうや、わしが時あるごとに、むかしがたりをするのも、この大本ができあがった初発の御苦労をみなによく腹に入れてもらいたいからや。ここが天地の根本やからな。大本にあったことが、新しい神代の始まりやでな。それで綾部の龍宮館を世の大本と言うのやで、これはよう心の目を開いてみてもらわんならん。」(出口澄「花明山夜話 六」

 しかし、多弁で多作で雄筆家の王仁三郎聖師に対し、無口無筆の出口直開祖の伝記は少なく、彼女の姿を追うには王仁三郎、澄子、直日といった家族の追憶に頼るしかありません。このたび自分は近代デジタルライブラリーより第一次大本事件直前の大正時代に発刊された服部静夫著『出口直開祖伝』を公開することにしました。「霊界物語」や戦後発表された大本著作や伝記と異なるエピソードも含まれており、非常に興味深い内容となっております。なお、ネット公開にあたり一部旧漢字と仮名遣いを現代漢字・口語に変更、句読点を追加しました。オリジナルを参照されたい方は、上記リンクを参照してくださるよう、お願い申し上げます。


○自序
 クリストの母、サンタ・マリヤは云はずもがな、かの奥村五百子は、男装して戦塵の巷に『國のため心築紫の浦々を、出で行く先のあとは不知火』と、盡忠報国に身を捧げて将卒を慰めたり。東西古今を通じて、史上に女性の力の芳烈なる、いとど著しきものあり。
 されど、そはすべて、謙虚温柔なる美徳もて、盤根錯節を凌ぎし、純一無雑の心のみ。
 ここに、丹波の国に一女性あり、刻苦励精、ありとある苦難を一身に受けて、しかも、なほ狂はず、悲しまず憤らずして、ついに数千年埋没せる古神道の復活を謀り範を永世に垂れんとす、この女性、又も得難き無学の一婦人に過ぎざりき。
 しばらく、『大本教』と云ふを歇(やす)めよ。
 『大本教』を彼女より除き去りて、虚心坦懐、その数奇なる数十年の生涯を静観せよ。しからば、世人忽ち眼底火の如く熱し、光華燦然として心を照らし、朗なる秋晨、瑠璃紺の空高く、日輪の無邊際に輝くが如き、大歓喜大安心を得べし。
 まことに、これ近世の最も著しき奇蹟なり、人類の喜びなり、誇らずして何ぞ。
 『故に日本の最も驚嘆すべき産物は婦人である、勿論彼女等を作るには、幾千年も掛って居るが、此の長い時代が其の仕事を完成させたのであった。實に日本の婦人は、日本人と同じ種族に属して居ない位に立派である、恐らく斯る形の婦人は、今後十萬年位は、此の世に出現しない事であらう』と叫びし、ラフカディオ・ハーンをして、彼女にまみえしめしならば、何と云ふべき。
 この一巻は唯に黄泉の客、ラフカディオ・ハーンのみをして、狂喜せしむべきにはあらざるべしとなん。



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大本教祖『出口直子傳』 目録

☆大本教祖『出口直子傳』 目録

△自序

第一章 神格者の現はれ
△出口家の系統/名工政五郎の人と為り
△病夫に八人の子供/口では怒り心では泣き
△心盡しの一椀の酒
△災厄は災厄を生み

第二章 教祖神懸りの発端
△本田親徳翁の眼識
△突然無遊境に入る
△不可思議の瑞徴

第三章 獄舎生活の七十五日
△第一声に放った神示/一度に開く梅の花
△綾部焼けの嫌疑/三日間の絶食
△嫌疑晴れて坐敷牢
△母戀ひし有明けの月

第四章 教祖と金光教
△一萬冊のお筆先
△綾部の金光教會/七たび居を移す

第五章 神格者の結合
△奇蹟か挿話か/神を審判する人
△出口現教主の生ひ立
△神童か八ツ耳か

第六章 偉人か奇人か
△教主を迎えて
△透視か奇蹟か/先見の明
△二度目の會見
△日に出るお筆先
△神界の芝居

第七章 二代世嗣の逆境
△因縁ある身魂
△純子刀自の孝養/化物屋敷の噂

第八章 神霊島に出修
△冠島参拝/沓島開き

第九章 内部の暗闘
△留守中の出来事
△野心家の陰謀/出修前の紛擾

第十章 教祖の鞍馬詣で
△猿田彦の役目
△旅路の出来事/犬の攫合ひ/二人の陰謀者
△人は明日が大切/先で分かる

第十一章 元伊勢の神水
△産盥産釜の水取り/三つの怪火

第十二章 神と人のいきさつ
△開闢以来の珍事件/罰金取戻し談判
△嘘で堅めた術策

第十三章 教祖の恭儉
△全くの無學者
△困難のどん底/世が上り過ぎた/陰徳とは此の事

第十四章 岩戸隠れの一條
△其筋の干渉/山籠りの決心
△強て一夜の参籠/狒々と間違はる

第十五章 出修中の出来事
△皇道會の組織/稲荷下げ退治
△参籠事件落着

第十六章 二度目の沓島詣で
△日露戦勝の祈願
△沓島の荒行/神徳の淡水
△乙姫の出現
△露探の嫌疑/預言の實現
△最後の出修
△教祖の帰幽

第十七章 日常訓のお筆先
△洗簡な大冊敷/おふでさき(壱)
△おふでさき(弐)


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第一章「神格者の現はれ」 出口家の系統/名工政五郎の人と為り

○第一章 神格者の現はれ

△出口家の系統

 昔からの傳説でんせつで、今も人の口端くちはに上る大江山の酒呑しゅてん童子どうじと、つぶの大きい中身の充実したくりはと云えば、丹波栗たんばぐりを連想するが様に、是等これらのものは、山嶽さんがく四周地ひくき所すなわち丹波の国にける二つの名物として数えられて来た。しかるに明治年代に至って、ここもっとも意義ある名物の一つが加えられた、それは、同じ丹波の国は綾部あやべ町なる皇道こうどう大本おほもとの教祖たる出口でぐち直子なほこ刀自とじの出現である。
 人か、神か、また化物か、いでやれより筆を大本教祖の行蹟こうせきに染め、あわせの不可思議物の正體しょうたいうかがひ見よう。

 刀自は天保てんぽう七年十二月十六日、丹波国福知山ふくちやま町士族 桐村きりむら五郎三郎ごろうさぶろうの長女として生れ、家兄かけい清兵衛せいべゑと呼び桐村家を相続した。後刀自がはな恥かしい妙齢みょうれいの時に、の祖母にあたる綾部町あざ本宮出口家に幼女としておもむかれた。元来、出口家はれきとした系統の家柄で(※1)、今の伊勢大神宮が、丹波の元伊勢もといせから山田へうつされた時、常にの神宮奉侍ほうじの任に當ったのはすなわち出口家の分家であった。現に本家出口家の子孫のわかれは、元伊勢及び綾部附近に分布されて、いずれもさかえに栄えて同姓を名乗るものが少なくないのを見ても解る。一節には伊勢山田のイツキ出口イツクチの省略であるとさえとなえられて居る位で、ぼ出口家の由緒ある所をることができる。


△名工政五郎の人と為り

 安政二年三月十五日刀自とじが二十歳の春に、同家に養子として大工政五郎まさごろうを迎えて華燭かしょくてんげた。忌憚きたんなく云えば、良人おっと政五郎は性きわめて恬淡てんたんで、家事に頓着とんちゃくなく常に酒をたしなんだ。しか大工だいくとしての技能に至っては、ほとんどの類例を見ざる程のえた腕を持って居たのであるが、の種の人々の常習として、気に向けば一心不乱に仕事に熱注し、気乗りがせねば何時いつまでも経っても手を着けぬと云ふ程の変物かわりもので、それに酒の気がなければ半時も過ごされぬと云うのが性質であったから、金が有れば飲み、無くなれば先祖伝来の田地家屋に至るまで酒に代えて飲んだのであった。心性しんせい脱落だつらくたる人だけあって、る時のごときは破れ屋を改築した紅殻べにがらぞめ瓦屋かわらやに建替え、其処そこみ込んだ時、

  稲荷のやうな家建てて
     鈴はなけれど内はがらがら

 と狂歌をんで超然とすまして見たり、それも束の間れも徳利とっくりの中味と換え酒代のつぐないとして人手に渡して仕舞しまい、なほも恬淡振りを発揮した。初日の出若水わかみづみ雑煮餅を祝う元日のあかつきも、まさに二三日にせまらんとする時

  隣には餅く音の聞ゆれど
      我は青息吐くばかりなり

 うした生来の無頓着は、西鶴さいかくの中に出て来る人物にも似てゐる。家計の窮迫きゅうはくは言はずも知れて日につゐるのみ、住家すみかと云えば名ばかりの破れ屋 政五郎はそんな事に気を置くほど人間苦を知らぬ。住居を三遍さんべんまで売飛ばして、時折には瓢箪酒ひょうたんざけに弁当持ちで、今日は村芝居、明日は花相撲と近郷をあるき、連れがければ家を外に数日も帰らぬことも度々たびたびあった。遂には売食うりぐひするにも布切ぬのきれ一つもない破目に陥ちて行った。


(※1)
○出口王仁三郎「歴史談片」 月鏡(昭4/2)

 百人一首の最初の歌、かの有名なる

 秋の田の刈穂かりほいほのとまをあら
  わが衣手ころもでは露にぬれつつ

…と云ふのがある。天智天皇のお歌と云ふ事は三才の童児も知って居るが当時天皇は政変のため難を逃れて那須野なすのをさまよはれた。いとかしこき事ながら、行き暮れて宿りたまふよすがも無く御痛ましき事ながら野宿のやむを得ざるに立ち到られたその時のお歌である。刈穂の稲のかけわたしたる下にて露にぬれつつ一夜を過させたまふた。稲のとまは荒くて露を防ぎまゐらすに足らなかったのである。後醍醐ごだいごみかどが、笠置かさぎの山の松の下露、花山院かざんいんの石の枕にたぐひて、いとかしこき御製ぎょくせいである。
 西行さいぎょう法師と云ふ人は、大層歌の上手のやうに人は思って居るが、大変下手な歌の詠み手であった。詠んで出しても選に入らぬので、月を眺めつつ痛く歎息たんそくした歌が、かの有名な、

 歎けとて月やは物を思はする
  かこち顔なる我涙かな

…の歌である。それが思ひもかけず百人一首の選に入ったのである。それからだんだん上手になった。百人一首の歌でも最も重きを置かれて居るものは

 此度このたびぬさも取りあへず手向たむけやま
  もみぢのにしき かみのまにまに

…と云ふ管家かんけの歌だ。
 山陰やまかげ中納言は丹波たんばの国、きりしょうに住んで居られたので後裔こうえい遂に桐村きりむらを名乗らるるやうになったのである。すなわち開祖様(出口なお)の御実家の祖である。本宮ほんぐうやまはもと『本居山』と書き、ホンゴ山とたたへられて居た。そして豊受とようけ大神おほかみ様を御祭り申上てあったのであるが、それが後世、比沼ひぬ真奈井まないにお移りになつたのである。
 開祖様の母上は足利あしかが尊氏たかうじの系統をひいて居られる。尊氏と云ふ人は舞鶴線の梅迫うめざこ駅の附近、七百石と云ふ所に生れたので、初産湯うぶゆの井と云ふのが残って居る。亀岡在に篠村しのむら八幡宮と云ふのがある、足利尊氏ががんをかけて武運の長久ちょうきゅうを祈った神様で、この神様が尊氏を勝たしたといふかどで、ほかの神様はどんどん昇格しても、この八幡様だけはいつまでたっても一向いっこう昇格せぬ。
七福神しちふくじんのお一柱、昆沙門びしゃもんてんと云ふ方は武甕槌たけぬかづちの神様の事である。

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第一章「神格者の現はれ」 病夫に八人の子供/口では怒り心では泣き

△病夫に八人の子供

 打たなくてもひびくは悪評判、んな時でも刀自とじは、遊湯ゆうとう三昧ざんまいの良人に対して愚痴一つもこぼさず、八人の子供をよういたわりつつ、
『夫があると思へば腹も立つであらうが、後家ごけに相談相手があると思へば結構なもので……』
 と軽いあきらめのうちにも常に心を緊張してゐた。運の悪い時には厄病神やくびょうがみ軒下のきしたに執着して動かぬと見え、良人がひさしりで、出入先の普請ふしんの建前の仕事に行った時、其の日どうあやまったものか、ひさしから真逆様まっさかさまに墜落して非度ひどい怪我を受けた。それがもとほとんど慢性に近い酒毒しゅどくも手伝って中風症におかされて仕舞った。爾来じらい三年と云う長いあいだ身動き一つ出来ず、全く自由を失ったからだとなった。いたづらに病床に呻吟しんぎんして、飲酒は変じて薬餌やくじに親しむ事となった。
 働き盛りの良人が病床の人となっては益々ますます一家を暗くし、刀自は頑是がんぜない多くの子供を擁して悲歎ひたんの涙に暮れた。一家の切廻きりまわしは刀自の双肩そうけんに降り、良人の長患ながわずらいに汚れ放題になる着物の洗濯は勿論もちろん、第一子供等の養育上の苦心は、決してなまやさしい事ではなく、ただただ手足をらしてたちはたらくより外にみちはなかった。かつて刀自が饅頭まんじゅうに手伝いに行った時の経験のあるをさいわいとして、ささやかな饅頭屋の商売を始めた。の日ぐらしの貧しい生活者に、もとよりたいした資本金があるではなし、っとの思いで遣繰やりくり算段さんだんして、一日わずか二三升の米を粉にいて饅頭の種をつくるまでにけた。其の結果りょうおいても質に於ても貧弱な売上げ金はんのしにもならぬが、づ何より先に病夫の薬餌料と養育費にてねばならぬ。其の間の苦心は一通りでない事が想像される。
 で名高い綾部の土地、蒸しえる様な真夏のよいの口から襲って来る蚊の群れのめに、刀自は蚊帳かやの代りに蚊遣かやりをいて病床の良人をいたわり、臺所だいどころの仕事も大方おおかた片づくと、一人の子を背中に負ひ、一人の乳飲み〔現代注:出口澄子すみこのこと〕をふtころに抱いて、そろそろ明日のくらしの料となる饅頭種の粉を挽きに取り掛らねばならなかった。終夜の為めに手と云はず足と云はず赤く刺されてかゆみも一倍であった。

 夏の夜は明けやすく、いぢらしい三女の久子ひさこ〔註:後日、福島久子〕は朝早く眼をまして
『お母さん、それでは行って参ります』
 と小さい箱に饅頭を入れて門口かどぐちびしく立った時、刀自も流石に涙を飲んで
ひさちゃんは、今に母さんが幸福にして上げるから、何事も辛棒しんぼうしておれ』
 と軽い慰めをあたえた。病床によこたわって居る良人はただ感涙に枕を濡らすのみ、何んたる寂びしい会話であったろう。
わしが悪かった、許してれ、皆私の罪だ、このまま死んでは浮かばれない。屹度きっと快くなって真面目に働かこう』
『何も心配する事はありません。少々しょうしょうお金がかかっても早く癒さなけりゃ』
 と凛々りりしい刀自の口調は、ただただ良人に安心をあたえるためである。


△口では怒り心では泣き

 遊び盛りの物慾しい時代である三女の久子は、今日も今日とて饅頭売りに出掛けて行った。路傍みちばたで見知らぬ人からは
『お前、何處どこの娘や、政五郎さんとこの娘か、面白い人の娘やな、お前さんのお父さんとお母さんはまるでヒョットコみたやうな夫婦やな、二人の気質が天地の違ひやな――』
 うした言葉をかけられた時に久子は、あざけられたのか、それともめられたのか、頑是がんぜない子供心には判断するだけの力がなかった。成程なるほどヒョットコみたやうな見当の取れぬ夫婦生活であったかも知れない。それを善意に解するすべを知らない少女は、唯々ただただしくしくと泣くのみであった。
 たかの知れた饅頭売り位では、到底とうてい一家十人の糊口ここうを過ごされたものでない。夜も遅く、それもほんの形ばかりの夕餉ゆうげぜんに寂しくついた時、無邪気な子供達が
『お父さんさえ死んでれたら、こんなにお母さんに苦労をかけんでも済むものにな』
 ああ、何たる言葉ぞや、これが頑是ない子供の眞個ほんとうの望みか。よくよくの事である。のどん底に沈んでゐる暗い貧しい人々のむれにあって刀自は何を思案したのか。凡人ぼんじん浄土じょうどだ遠い。身を切られる様な苦痛を耐え、心に泣いても刀自は
『お前さん達は、何んと云う邪慳じゃけん心根こころねを持って居るのや、世話するものがいたら、世話されるものは死ぬと昔から云うてあらうがな。たとえの後十年二十年と病気が長引いても、どないな苦労があらうとも、大事に看病せにゃならんさかい』
 と心を鬼にして、いやでも小さい子供達を叱らねばならぬ刀自の心苦さ、すべてを忍従して行かねばならなかった。
 命懸いのちがけでも饅頭売り位の利得では、到底生活費の一部を得る事が出来ない。今度は寸暇すんかいて、慣れない事ではあるが、襤褸ぼろや古物買いを兼ねて出て歩かねばならなかった。朝は東の空のしらまぬ内、夜は星をいただいて帰る、特に丹波たんばおろしの寒い風が吹き荒む粛殺しゅくさつに、綿気のない薄着物素肌足すはだし冷飯ひやめし草履ぞうり穿いて近郷の村から村へとめぐり、又夜更よふけの寂しい暗い町まで、疲れた足を運ばねばならなかった。
 しおれ行く木の葉下みちを疲れ切った刀自の足取りが、我が破れ屋の門口に近づけばと力づき、一日の労働の後の快い疲れをさえ覚えさすのであった。



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第一章「神格者の現はれ」 心盡しの一杯の酒

△心盡しの一杯の酒

 これとてもだ未だ生計くらししには追いつく沙汰さたではなかった。此の上なお糸引きにも出掛けたのであった。くして手足の動く限り有丈あるたけの労力をそそいで、わづかの賃金を手にして家に帰って見れば、じめじめした暗い病室の中に、蒼白い半身不随の良人を取り囲んで居並ぶ我が児は、餓におののき寒さにおびかされてゐるのである。
『母さん、帰った、母さん、帰った』
 と刀自とじが汚れた足を洗う間もあらばこそ、左と右から母のそでに追いすがり、食に飢えたる余りふらふらとまろぶ児を抱き起して、づ病床の良人に挨拶の言葉をかける。室内の見るもの聴くもの、凡てが、刀自の胸を暗くふさいで仕舞しまふ。
 綿わたのように筋肉をいためて、其の日一日に得た僅かな賃金の一部をいて、切めては子供等の笑顔の一つを観るを楽みに買取った一袋の駄菓子だがし、それが、破れた風呂敷包から取出されたとき、そこは子供心の頑是がんぜなさに其のよろこばしそうな顔を見て、又も涙に言葉も曇るのであった。

 既に良人が病床に就いて二年有半、病勢は刀自とじの心づくしの手厚い看護も効を奏せず、益々昂進こうしんしてくばかり、最早もはや本復の望みの綱もたれんとして来た。刀自は自分でも訊ねて見た。
『どうせ、全快の出来ないものとすれば、せめては、せめて、此の世の飲みおさめに、良人が平素ふだん好物な酒の一杯もしんぜよう』
 と唯一の商売道具であったはかり抵當ていとうに五銭の金を融通ゆうづうせんものと試みたが、如何いかにせん、人情紙の如しとは云ひながら、人々は相手にしてれず、飢餓の境に漂って僅かに生を持続してゐる一家に対して一銭の金も融通をして呉れなかった。貧しくみにくく生きて居る彼等の疲れ切った面差おもざしに、高ぶった瞥見べっけんくだすのみであった。刀自と彼等の間にはいたはしいみぞは早くも深くきづかれて、美しい人情の花園を冷たく固く閉ざしたのであった。世が不平等であるからこそ、富者と貧者とは合する事の出来ない平行線か、宇宙の力でこれをどうすることも出来ないか、どれほど富みさかえし者も、貧しい者に対して尊大であるべき何の権利も持たないのに……。
 刀自は今やれまでなりと、勝手の隅からますを取り出してわずか三銭で売拂い、良人の唯一の慰めにと一椀の酒を奨めたのであった。

 爾後じご良人は愛妻のの手厚いこころづくしに感激して、常にの後姿を拝んで落涙らくるいむせんだと云う事であった。刀自の至誠、いまだ天につうぜざりしものか、其の甲斐もなく良人おっと政五郎は遂に明治十八年春も未だ浅い二月八日丹波たんば嵐の夕暮れに六十一歳を一期いちごとしし幽瞑界に旅立った。時に刀自は丁度ちょうど五十歳であった。



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第一章「神格者の現はれ」 災厄は災厄を生み

△災厄は災厄を生み

 悲しい運命の魔の手は何處どこまでも延びて行った。災厄さいやくは次から次へと湧いて行った。杖柱とも頼む長女 米子よねこは綾部西町の無頼漢ぶらいかん横紙破りの綽名あだなを取った大槻おほつき 鹿造しかぞうに誘拐され、その結果は精神に異常をたして狂態日増ひましつのるばかりであった。長男 竹造たけぞうは放浪に身をまかせ、行衛ゆくゑはさて置き生死の程も不明となり、次女琴子ことこ 三女久子ひさこむなき事情の下に近在亀岡かめおか或は八木やぎへ勤め奉公、折も折とてちからと頼む次男の清吉せいきちは、適齢に達して近衛兵に編入され、入営して以来臺灣たいわん遠征の軍にくわってのち行衛不明となった。三男 傳吉でんきちは誘拐同様に姉の良人鹿造しかぞう強請きょうせいされて、つともなく連れて行かれて仕舞った。残るは頑是がんぜない四女の龍子りうこに五女の純子すみこであった。奉公に出すにしても年端としはも行かぬ少女、頼みにする長女の婿むこ鹿造は世間の手前もあり相談相手にならず、当時やっと八つか九つになったばかりの龍子、純子の二人を連れて近所近郷に紙屑かみくず買いの行商に、細々ながらやうやう其の日のかまどの煙を立ててった。総ての物が、むさ苦しくて、貧しいうちに、人間の住み家とも思われぬ軒下に、二人の少女は寂しい影を投げてる。飢餓の境に漂って生きて行く三人の中に、朧氣おぼろげながら真の生活に触れんとしてゐる刀自の心は、決して単純ではなかった。憤怒ふんどを沈めて鞭撻べんたつしたものは何か。前後を忘却せざる程の、強い衝動的な誘惑に打ち勝って求めたものは何であったのか。

 かかる困苦と煩悶はんもんの間にあっても、鳥屋とやに等しいくらやみの棚には、形ばかりの神床かみどこを設けて、ひたすらに法悦ほうえつひたりつつ祈願をめた。後日皇道こうどう大本教祖たるべき神格は、既にの時分にいてはんば築かれて居たのである。


<<参照>>
出口すみ『おさながたり』 屑紙集めとかみきのこと
 教祖様のくず買いは悪神としてすてられ、押し込められ、追いまくられたもとの正しい金神様たち即ち神様、ちり紙のように世にすてられたカミをひろい集め、すなわちお救い申し上げて世におだし申す御用の型であります。世には教祖様が貧苦におちて紙屑買いをはじめなされたと思い、また神様が教祖様のみたまを磨くためにどん底のぎょうをさせられたと思っている方がありますが、教祖様はそんなチョロコイ紙屑買いではありませんから、そんな考えではこの世の本当の姿は分からないものであります。


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第二章「教祖神懸りの発端」 本田親徳翁の眼識

○第二章「教祖神懸りの発端」

△本田親徳翁の眼識

 今の綾部あやべ町皇道大本の境内の一部に、石の御宮おみやと称する一區劃いちくかくがある。これぞ綾部町あざ本宮ほんぐうつぼの内の元屋敷もとやしきで、刀自とじは其の昔其処そこにささやかなる茅屋くづやを建てて、貧苦と戦って生活してゐた。明治二十一年三月すなわ刀自とじ神懸かみがかり以前の事であったが、或る日所用のため隣郡船井ふない鳥羽とば村はづれの八木島やぎじまの手前まで差掛った時、途上に異様な風をした一人の老翁ろうおうと遭遇した事があった。の翁は不意に刀自に向かっていと荘厳そうごんな口調にて、づ敬神の必要から説話し始め、刀自が変性男子の霊性を具備ぐびしてゐることや、なお八人の子女の母であることまで看破して、後年必ず重大なる天職の任命が下る時期の来る事など淳々じゅんじゅん述立のべたてられたので、最初刀自とじは奇意の思に駆られて、其の意の何たるかを半信半疑で其の返答にさえわづらった。挨拶もそこそこ其のまま立ち別れて仕舞った、此の異様の人物こそ後年に至ってじつに本田親徳翁であった事が判った。

 そもそも本田親徳翁は鹿児島の人で、幼い時から常に敬神のこころざしあつく国学に通じ、神道に関しては其の造詣ぞうけい極めて深く、明治二十一年から地上に於ける高天原たかあまはら発見の目的を立てて諸国遊歴の旅に立ち、丹波元伊勢もといせ参拝のみぎり、はからずも其の途上に刀自と邂逅かいこうしたのであった。此の遍路人へんろじんの眼にえいじた総てのものはんであったのか。凡眼ならざる翁の瞳にはひかりと喜びとを以て充ちてゐた。刀自の人とりを其の第一印象として全人格を認めたのは翁の非凡なる眼識であった。其の当時の多くの人は一様に、刀自をば一文いちもん不知ふちの貧苦に疲れた紙屑買いとして、毎日粗野そやな瞳を輝かして、軒毎のきごとに屑物をあさる哀れな人としか感じなかったであろう。刀自の心理に既に萌芽しかけてゐたものがんであったのか。英雄は英雄を知るたとへのように、一目刀自とじ風彩ふうさいを見るから、電光のごとく翁の心にひらいた予感は、はたせるかな今の皇道大本の大教祖として実現さるる事をぼくされたのであった。


出口すみ『おさながたり』/不思議な道づれ
 八木やぎも間近くなり、八木の島の手前にこられると、男の声がして、
「あんた、えろう急いで、どこへ行きなさる」と声をかける人があるので、後をふりむかれると、四十七、八と思われる、どことなく品のある男の方が追いついてこられるので、
「私は八木にいる娘が病気じゃという手紙がきましたので急いどりますじゃ」と教祖さまが答えられますと、
「それはお気の毒な! ワシも急ぎますので、道伴れになりましょうかい」と言いながら、その品のよい男の方がズット教祖様のそばにより、教祖さまの顔をジイッと見ていましたが、驚いたように、
「何とソナタは不思議な女人かたでござるのう……目は男性おとこのしょうの目なり、今は婦人おんなであるがソナタは本来男でござるがのう。めずらしき女人ざ。そなたは七人の女でござるのう」と言うので教祖さまは、これはまた、妙なお方と道伴れになったものだと思いながら、
「あなたはえきでもみられる方ですか」と聞かれると、
「ワシは易は見ぬ」とぽっつりと言うので、それにしても不思議な方と、
「あなたにちょっとうかがいますが、私には八人の子供がありますが、そのうち長男が家出をして、いまだに行方が判らず、心配しております。その子もいつかは戻ってきましょうか。私はそのことが心配で、その子は大変酒の好きな子供ですので、戻ってきたらタントタント酒をましてやりたいと思っています。それで私のおりょうという女の子に今から酒屋をさして長男が戻ってきたら、好きな酒を飲ましてやりたいと思っています」
と言われると、その男の方は無雑作むぞうさに、
「その男の子は、そんなことは嫌いじゃわい。それから言うておくが、ソナタは嫁の世話にはならぬ女じゃわい、茶一ぱい嫁からは汲んでもらえん女子おなごじゃ」
とこんなふうに言われ、教祖さまは、その頃まだ自分の因縁性来については何もご存知ぞんじないころで、「自分はなぜにそのようなごうの深い女なのだろう」とつくづく自分が恥ずかしく、肩身のせまい思いをしたということを、私に話されたことがあります。

 それから、しばらく行かれると、その男は
「今日はこれで失礼するが、ソナタにはまだゆっくりと話したいことが、山ほどある」
と別の広い道に一人でスタスタと進んで別れたかと思うと見えなくなったと言うことです。
 後年、教祖さまが、その男の方の進んでゆかれた道はどこであったかと探されましたが、そのような道はその辺りにはどこにもなく、全く不思議な道伴れであったと申されていました。
(中略)
 この不思議な道伴れは教祖さまのこころによほど深いものをのこしましたようです。
 その後、西町のおよね姉さんが神憑りになったというので、教祖さまが見舞いにゆかれた時、教祖さまご自身の腹の中から、
「オーこの女、この女、八木の島であったのはソナタであったわい」
 …という声がでてきて、教祖さまは何じゃ判らず心配されて、
「アナタは一体どなたですか」
と尋ねられると、
「この方は三千年世に落ちていたうしとらの金神じゃワイ」と、また腹の中から声が出て来たので、教祖さまは、これはいよいよ自分も大変なことになった、困ったことになったものじゃ、艮の金神さんと言えば悪神わるがみたたり神と言われているどえらい神さんじゃが、どうしてこう言うことになったのだろうか、どうしたらよいのであろうか、と途方にくれたと言うことであります。そうしてこの時も、八木の島で会われた上品な男の言葉がハッキリと頭に浮かんできたと言われました。


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第二章「教祖神懸りの発端」 突然夢境に入る

△突然夢遊境に入る

 越えて明治二十五年、時は正月元旦夜のことであった。人は屠蘇とその香に酔ってまどろかなる夢を結ぶ真夜中頃、茅屋くづやの壁際に端座たんざしてとろとろと燃えうつる爐邊ろへんの火をまわしてゐる刀自とじの瞳が、月こそ無かった深夜の空に星ほのあかるきひかりを窓越に我を忘れ時を忘れて眺めるともなく眺めて居る内に、夢かそは夢ではない、うついなうつつにあらざる境地に入ったのである。身體からだあたかも天女のように高空を自由自在に駆けめぐることが出来得るようにるやかに、色、形、臭いの意識もたちまち整然として、心はたくましい想いの力に、すべてが一種の静寂森閑しんかんとした神境に引きづられる様におびき出されたのである。そこには今まで悪臭を放った燃え掛けのまきもなく、壁際を漏る夜嵐よあらしもはたと止んで静かにけて行くのである。

 ふと刀自の前面に展開されたものがあった。見れば其処そこには美麗びれい はんかたもない大小の宮殿楼閣ろうかくが、右と左にむねを並べてつらなってゐる。そしての中央とおぼしい所に一つの大きい正門せいもんが設けられ、其処そこには門番らしき人も監視人らしい人も居ない。だんだんそれに近寄って行くと、出入は其の人の意のままに任せてある様に、おそる怖る門内に這入はいって見ると其の正面の所にあたって、一人の白髪童顔の神らしい人が、座をめて居たのである。顔容かんばせいやが上に気高けだかく、白髪を長く垂れ、落ち着きはらった態度相怡そうごう何にたとえ様もない神々こうごうしさに、刀自はただあたりの光景に心も気も奪はれて、はっとして覚えず知らず暫時しばらくためらってゐると、神はしづしづ座から立ち上がられた。そして刀自の手を取って、更に奥深い神殿の方へと導かれて行った。

 奥殿おくでん階下かいかと思はれる所まであゆみはこんだ時、さて案内に立った神は其処そこに刀自ひとりを暫時たせ置き、ただ一人昇殿するのであった。其の神の後姿を凝視してゐると、何んとも云えぬ木のにほひのする階段の上で、他の神に何事か奏上そうじょうせらるるものの様であった。しばらくしての神が戻られて元の座に着かれた時には、んとなく刀自の心がざわざわと打ち乱れて、気もそぞろに其処に居堪いたまらず、急いで一目散いちもくさんに元の門前にして仕舞った。それからうしとらと思う方角へまわって見ると、これはしたり其処そこには最初見た殿堂よりは幾層倍はあらうと思はれる大きい神殿があって、黄金瑠璃るり真珠をちりばめた楼閣ろうかくは實に眼もくらまんばかりで、此処ここにはまた前の神よりも一層気高けだか大神おほかみが居られたのであった。身には金銀寶玉ほうぎょくもって飾られたかんむりいただき劍をけ、束帯そくたい悠揚ゆうようとしても云はれぬ有様に、刀自の胸は益々ますます騒ぎ総身の毛は一時によだつばかりで、嘆美たんびこえげる事さえ出来なかった。ただ夢幻のうちに茫然としてゐると、ややあって其の大神は刀自の眼前ほとんど咫尺しせきの所まで静かにあゆみうつされた。大神は暫時しばし刀自の面持おももちをながめられてゐたが、温顔おんがんに微笑をたたえて何のお言葉もなく元の神座かみくらかへられた。

 の時ばかりは刀自の心の底からは畏敬いけいの念が躍如やくじょとしてで、ただ其の有難ありがたとうとさとに一杯になって居た。此の稀有けうきょうにあって今は何事も何物をもかえりみるいとまもあらばこそ、ただ身はそはそはとして急いであゆみを返して固くとざされてある門扉もんぴを開いてひた走りに走り出で、やや数丁も来たかと思うところで、胸の動気を静める為に足を止めた。不図ふとあたりを見渡すとここにも又うるはしい屋舎をくしゃが建って居る。見るともなしに瞳を上げると、舎内しゃないには先年の世を去った良人おっと政五郎がさもよろこばしそう面影おもかげで、平和な微笑をさえ浮かべての中に安座してゐるので、今は幽明ゆうめいところことにしてゐる我が良人と思いも寄らぬ場所で邂逅かいこうしようとは、例え飛び立つ思いの喜びがあっても、暫時しばし茫然としてづる言葉もなかった。心は喜びを静めて互に話を交はし、かつて此の世に在りし時のくさぐさ、宿縁浅からずして今此処ここにて出合いしこと共など、心行くばかりの会話に時の移って行くのも知らなかった。それにしても一刻も早くの喜びを我がいとにも物語って喜び顔を見んものと、名残なごりは更にきぬ別れを良人に告げて、其の場を立ち去ろうとした時に、忽然こつぜんとして元の我が身に帰った。其処には巍々ぎぎたる殿堂もなく、良人の姿も見えず、今までの夢幻の環境も何處どこへやら、いたづらに破れ屋の隙間漏る寒風に、夜は深々とわたってゐる。愛児いとしごたちはすやすやと何れも深いねむりに落ちてゐる。明日の羽子はご打つ遊びに、こまやかな夢を結んでゐるらしかった。


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第二章「教祖神懸りの発端」 不可思議の瑞徴

△不可思議の瑞徴

 以来、刀自とじの心理は幾度いくたびかか夢幻境むげんきょうさまよふてゐる内に、一日俄然がぜんとして刀自の総身に激しい震動をおこし、神霊せまって心の耳は甘露かんろに洗はるるがごとく、闇寂げうせきうちに心願透達とうたつするが如く、の神気に満ちた兆侯が現はれた。其時刀自とじ自身にもの不可思議な瑞徴ずいちょうについては、いろいろと疑って見たり、またんだが得体えたいの知れぬ怖ろしいものの如く感じて見たり、の不意に前後を忘却させた程強い衝動的な誘惑に駆られたときはうしても胸を静めてっとしてられなかった。翌日もまた同じ様な現象に遭遇したので、刀自はこころひそかにたづねて見た。元旦の夜の出来事と云い、それ以来自分の心に動顛どうてんさせた奇體きたいな影がたいしてゐた色々の物が、はたして、れが心霊しんれい融合の境にかれたと云うのか、それとも狐狸こりの類の悪戯いたづらかと、今まであったすべての事がみな嘘だった様な気もしたり、けれども心が少し静まると、っとして居られない程に不可解な崇嚴そうごんな感情に、今までイライラしてた不調和な騒乱も、何もかもゆるやかに消え去って行くかの様にも思はれた。人霊の憑依ひょういとしては余りに信じられない。かかる一種の幻惑にあらざるたたりのものであるとすれば、一層いっそのことものうてんものと、心をきつとさだめて體裏たいりの或物に打ち向ひ、凛々りりしく身構えを正して
『おんは何物でありますよな、ことこまかに名告なのって下されよ』
 ととひかけた時に、んとも形容しがたい一種の霊気がひしひしとせまって来た。溜息を吐く間もなく、家中の空気を動揺ゆるかさせ、静まって居たちりも一杯に飛びひろがるかと思はる内に、下腹の底から胸のへんにかけてブルブルと震え、呼吸の根も止まるかと思はる程に強くき立てられ、くちびるへんがピリピリと自然に動き出した(※1)。我ともらず、っとつとめて心の中を静かにしてゐると、何處どこからともなく非常に調和の良い微妙な音聲おんせいが響いて来た。

『我こそはうしとらこんじん、元のくにとこたちみことである。今よりなんじ身體からだを守るぞよ』

 いともあざやかに耳に響いた。刀自はづ自分の耳を疑って見た。なお不安と不審さとにえかね、更にたたみかけて、そろそろと詰問きつもんしたり、ののったりあるいは揶揄からかったり、或は哀願もして見たり、根限こんかぎりの口数をついやして憑依した物の正体を見極めんとしたのであったが、それはいづれも徒労とろうに過ぎなかった。身は正しく神境しんきょうに置かれ、心裡しんりには既に神の眞體しんたいが寄りかかって居たらしかった。くさぐさの神示しんじは口を突いて自然に出て、かかれる神は正しく、心も身も躍らす偉大な正神せいしんであることはぼ推定するにかたくなかった。これぞじつに刀自がかみがかりの状態に這入はいった発端ほったんである。


(※1)
○「人神」 月鏡(昭5/2)
 顔面がビクビクと動く事がある。あれは人神と称する霊の作用であって、普通の場合「人神そこ退け灸据ゑる」と三度唱へるとそれで退散するが、善い神様が其人の体内に納まって御用をしようと思って来られる場合は中々治まらず、二三週間位もビクビクやって居るが、それがすっかり静まって来ると、其霊の活動が開始せられて来る。開祖様も「額に来られた、唇に来られた」とよく申されたが、私にもそんな事がよくある。



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第三章「獄舎生活の七十五日」 第一聲に放った神示/一度に開く梅の花

○第三章 獄舎生活の七十五日

△第一聲に放った神示

 教祖がかみがかりになられてから、はじめのほどは、かかられた神に対しては絶えず激しい心の闘争で、明けてもれても悩んでゐたのである。一室に閉じこもって、ひしめきあった現身げんしんの動かし得ない或る力の懸隔けんかくおこるとともに、自分とふ位置から種々さまざまな感情もおこった。自分程度の人間ではんだか、虚心きょしんのままに置かれてない様なつかまどころのない藻搔もがきを始めてみた。暫時しばし静平せいへいに帰ってゐた自分の心がにわか昂奮こうふんして、何處どこまでもそうしたこころちで居られない様になったりしたのも、これは畢竟ひっきょう正しく神の本然ほんぜん眞體しんたい何處どこまでも審判しんぱんせんとした上求じょうぐ神體しんた下化かくわ融心ゆうしんではあるまいか。
 教祖が神人しんじん融合ゆうごうの境地に這入はいってからと云うものは、の言う事も動作も、神懸り当初の時のような軽いうすい闘争ではなかった。平素まことに優しかった刀自の態度がまるっきり変化して仕舞しまった。れが見ても同一人間とは思はれないほど狂気じみて来たのであった。不意に大きいこえを出して何物かに向って怒鳴どなるやらめくやら、ほとんど手のけやうもなかった。また云うことが、聞き様によってすこぶる見当違いのことばかりであった。

『本当の神か、せ神か』
『本当の神だ、こわいぞよ』
『少しもこわいことはない』
の苦労した神が、新宮しんぐう本宮ほんぐうつぼうちしづまりましたから、三千世界の立替たてかえ立直たてなほしが出来るぞよ。新宮しんぐう坪の内は神の屋敷、それは神に因縁いんねんのある屋敷であるぞよ』
『その神様はどんな神様か、おもてあらはれて見せて下され』
『いやいやの本體を現はしたら、それこそ大変、目眩めまいがして死んで仕舞うぞよ(※1)
うも毎日毎日神懸りせられては、の体が疲れて仕舞うから、早く神の本體を見せて安心さしてくだされ』
『神のふことは少しの嘘はないぞよ』

 だ見知らぬ神を相手にして、自問じもん自答じとうに自分の心に色々とたずねて、ほとんど十日間ぼかりと云うものは、ひるとなく夜となくあるいは突発的に或は侮蔑ぶべつの色を浮かべてののしって見たり、或は数時間にわたって怯えながらも怒鳴り散らして見た。喧騒さわがしさに近所の人々は、
またお隣りの気狂きちがばあさんが始めた。毎日毎日、あんなこえを出して怒鳴り散らしてゐる様だが、一体如何どうしたんだろう』
 などいづれも非常に迷惑を感じてゐたが、別に他人に対して危害を加える様な事もしないし、それに日頃の優しいお婆さんが、一室に閉じ籠るとそうした躁狂きょうそうに立ちかわるので、皆軽いあきらめさえしてゐるのであった。如何に教祖が神をきわめんとして心を悶搔もがえたか。


△一度に開く梅の花

 しんの神こそ教祖の身にちかづききたった。求めて結んだ真の神霊しんれいはいよいよ教祖の心に瞭然りょうぜんとして体得たいとくすべき時期は熟してゐた。の限りない悪気あくきに満ちた現身げんしんに、教祖が神人合一の妙境みょうきょうに達せられて以来は、ること言うことすべてが更に一進転して仕舞った。当時凡人には、如何いかに教祖の神霊生活が躍動やくどうしてゐるかが判らないのは無理もない話である。

三千さんぜん世界せかい一度に開くうめの花、うしとらこんじんの世になったぞよ』
須彌山しゅみせんに腰をけ、鬼門きもんの金神が守るぞよ』
『昔からの世のるは知れてる、絶対絶命の世に成ったぞよ』

 神人融合境の教祖が、はなたれた第一聲は、實に教祖がの底力のある唇からすべり出た、胸のわだかまりがけてあらたに生返った教祖の威厳いげんは何物にも例え様もない。それより神懸り状態はいよいよ進み、神言しんげんは更に深刻になった。

『新宮つぼうち、大地の高天原たかあまはらの神屋敷、の屋敷から、うしとらへ落ちてた神が、元の位置へ立ち帰り、世界中の人の身魂みたまあらためをして、人民を助けたいのが望みじゃ。世界のみやを建てるから、大島の家って下されよ、角蔵かくぞう殿退いて下されよ、金助殿家持っていて下されよ、村中の人も家持って退いて下されよ、退いてれぬば焼いてしまうぞよ』(※2)

 と近所の人々の名前まで呼び立てて、天地にもひびけとばかりの大きい聲で、夜となくひるとなく、うした薄気味悪い、途方とほうもない事を述べ立てるので、近所の人達がソロソロおそれと不安とにられて行った。うわさに花が咲いて或はついにはあざけりの種にもしなかった人もあったが、一部の人達は、直子なほこ婆さんが、あんなに神様の祝福を受けいてゐるのに、お託宣たくせんにも似合はぬ今のあの怖ろしい言葉、どうした事だろうなどと気苦労をしてゐる連中もあった。ほとんど開闢かいびゃく以来のかわりものが出たこととて、種々いろいろな苦情やら嘲笑やら、侮蔑やらで大変な騒ぎを惹起した。


(※1)
○「元の生神」 玉鏡(昭7/5)
 大本神諭に「いよいよとなると肉体そのままの元の生神が現はれてお手伝をなさる」といふ意味のことが示されてある。龍体その他種々の姿をもって、元の昔から生き通しの神様が厳存され活動されるのである。即ち神諭に示されてあるごとく、この度の大神業は霊の神だけでは成就できない大望なのである。開祖様が嘗て神様に「元の昔から生き通しの神様のお姿を見せて頂き度い」と願はれたら、神様は「一目見ても吃驚する」と申されたことがある。〔現代注:大国常立尊様の御姿については「大正4年旧6月11日」を参照されたい。〕

(※2)
大本神諭「明治27年旧正月3日」
 艮の金神の筆先であるぞよ。出口直に書した筆先であるぞよ。
 何鹿いかるが綾部あやべ本宮坪の内の出口直の屋敷は、神に因縁のある屋敷であるから、この屋敷に大地の金神様の御宮おみやを建てるぞよ。大島の家売って下されよ。角蔵殿退いて下されよ。金助殿家持って退いて下されよ。治良右衛門殿家持って退いて下されよ。気の毒ながら村中家持って退いて下されよ。この村は因縁のある村であるから、人民の住居すまひの出来ん村であるぞよ。燈台とうだいもと真暗黒まっくらがり遠国えんごくから判りて来てアフンと致す事が出来るぞよ。綾部は世の本の太古おほむかしから、神の経綸しくみの致してある結構な処であるから、綾部は流行病はやりやまひは封じてあるぞよ。この事知りた人民は今に一人も無いぞよ。
 綾部の本宮村は人にあわれみの無い村であるぞよ。人が死なうがけやうが、自己さへけりゃ構はん人民ばかりであるから、改心を致さんと、世が治まりたら、この村は悪道あくどう鬼村おにむらと名を附けて、万古末代悪のかがみと致すぞよ。


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第三章「獄舎生活の七十五日」 綾部焼けの嫌疑/三日間の絶食

△綾部焼けの嫌疑

 ころ綾部町には、うしたものか毎夜の様に、頻繁ひんぱんと火事が起こった。『綾部焼け』と当時となえられたくらいに、それは毎晩の様に物恐ろしい警鐘が打たれた。丁度ちょうど教祖が前に云った言葉に何處どことなく符合ふごうする様なてんがあったので、気の早い連中はうも続いて火事が起るのは、あるいはあのお直婆さんの仕業しわざではないかしらなど邪推じゃすいさえくわだてられたのであった。隣家にんで居る安藤某と云う男は、てっきりそれに相違あるまいと早合点して、警察署へ密告に及ぶ始末となった(※1)。当時警察でも放火犯人を厳探げんたん中の折であったから、これは手懸てがかりが見付った位に思って、早速警官二人駆けさして、有無も言はせず教祖をば、警察の冷たい尋問所へきづり去ろうとした。
『お直さん、お前は近頃みょうな事を吹聴ふいちょうしてゐる所を耳にしてゐるが、お前は狐か狸にでも取憑とりつかれて、斯んな悪作いたづらをするのじゃないのか』
 警察官の眼はいかりに燃えて来た。教祖は其の時おもむろに唇を開いて
『神様はそんな悪い事は人間へ加えない筈だ。神様は災いがだ起らぬ先に人間に教えこそすれ、決して家を焼いたりなんかする筈がない』
 なり重みのあるこえで静かに述べられた。きっと一文字に唇が閉ざされたかと思うと、端然たんぜんとして居仕舞いじまいを正して少しもどうぜぬ有様に警官は、
『そんな物の判った事を聞くめに出張したんじゃない、警察へ連れて行って厳重に取調べるから後から従いて来い』
 と今にも教祖のえりの辺りを捕えて引き立てようとした時、教祖は再び口を切って
『嫌疑とあれば出頭の上辯解べんかいもせうが、神はその代り歩いては行かんぞよ』
 と到頭とうとう教祖に駄々をこねねられて仕舞しまった。警官達はの言語道断な云い草に一時は呆気あっけに取られて仕舞ったが、むを得ず一個のもっこを用意して来て、それに教祖をば乗せて行こうとした。二人の巡査がやをら梶棒かじぼうを上げようとしたが、どうしたものか重くて重くて両人の力でかつぎ上げられそうもない。
『オヤオヤ馬鹿に重いぞ、こりゃ一体どうした事じゃい』
 と一人の警官が力限りを出しても駄目であった。
んだ、このしわ苦茶くちゃ婆さん一人位かつがれない事があるものか』
 と又一人の警官が梶棒を上げようとしても、どうしても持ち上がらぬ。到頭両人とも顔を見合はして笑い出して仕舞ったが仕方がない。もっこの中の教祖は、両人が迂路うろ々々してゐるのを眺めて
『神が守護して居られるから重いぞよ、もっと連れを沢山寄越よこして担がぬと運ばれないぞよ』
 と虚心きょしん坦々たんたんつらにくき程に落ち着きはらってゐる。


△三日間の絶食

 其の頃綾部にははじめて警察が設立された当初の事とて、巡査は二人しか居ないのであった。両人は到頭とうとうつくせなくなって、更に他から二人の人足を雇い入れ、四人でっと警察まで運んで行った。
 尋問所のテーブルの向うに鹿爪しかつめらしい、かめしい口髭を生やした署長が控えてゐる。二人の巡査が何事か署長に報告している様であったが、稍々ややあって教祖に向い
『近頃毎晩のように起こる火事は、ただ手のあやまちわざわいとのみは信じられない。確かに何かのうらみのッはてか、あるいは何物かに慫慂そそのかされてお前がしたのじゃないか』
『いやいや、罪なき者にいましめの綱をかけるとは、だ未だ眼が見えぬ話じゃ、神はそんな悪い事は慫慂そそのかぬ事に決まって居るのじゃ』
 署長も頭から教祖にたかく出られたので、いささか見当が取れなくなったがどうも狐憑きつねつきの婆さんに不審の点があるとのみ視て、そのまま教祖をばあらたに建てられた冷たい留置場へ押し込んで仕舞った(※2)
 留置場の板間に端座したままの教祖は、一粒の飯も一滴の水をもらず、ただ日夜えず大声を張り上げて、何事かを喋り続けていた。警察では狂気きちがひの婆さんが萬一まんいち絶食でもして、このまま牢内で死なれても面倒であると云うので、手をかえ品を替えて、飲みもの食いものを進めて見たが、教祖は其のすべての必要を感じなかった。教祖は牢獄の壁際に端然と坐って身動き一つせず、思念境に入ってゐるかと思うと、眩惑げんわくして心を奪はれている様子もなく、耐え得ざる喜びの色を顔面に浮かべて窓口の方へ瞳を輝かした。其間そのあいだ三日は絶食絶飲の日を送った。別に疲労しった面持おももちもなく、虚心平気な教祖の体を、巡視の者が眺めて、むしろ不審に思い、よくもかくまで命が支えられるものと打ち驚いていた。


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プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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