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王仁三郎の和歌をまとめるにあたって

 神聖の荘厳界(そうごんかい)は人間の賢(さかし)き口にも語らむ術(すべ)なし
 天地は複雑にして完備せり 何れも造化(ぞうか)の経綸(しくみ)なりけり
 月の座の教義は沢山ありと雖(いえど)も いちいち列記(れっき)の歌をはぶくも
 五百種の歌を作りて月の座の 教の大要(たいよう)示しおくなり

 新宗教「大本」の教祖・出口王仁三郎聖師は生涯で3-5万種、本人の自称では10万種の短歌を詠いました。その中から大本教と日本神道の教義に関わる歌を、本当に一部のみ、抜粋します。基本的に『霊界物語余白歌集』『第二次大本弾圧事件回顧歌 朝嵐』からまとめました。


h24sep04a朝嵐余白歌


○出口栄二(解説)『出口王仁三郎全集3』より
 王仁三郎は「わが道をひらけ」の中で人生の一端をのべているが、日本人の人生観と水の関係は深く、どうかすると諦めと放浪の人生にとらわれがちである。やくざ仲間でいさかいがあり、仲直りするときは「水に流す」とか、また人生を水の流れにたとえて「水の流れるままにまかすよりほかない」という考え方がある。王仁三郎は歌謡はたいていどんなものでも好きだったが、ただ一つの例外があった。その歌を口ずさむと急に機嫌が悪くなってやめさせたというほどである。それは大正十二年(1923年)の関東大震災の社会不安のとき流行した、「おれは川原の枯れすすき」の「船頭小唄」である。

 死ぬも生きるもねえお前
  水の流れになに変わろ
   おれもお前も利根川の
    船の船頭で暮らそうよ

 と人生を諦め、水の流れにまかすような頽廃的人生観には耐えられなかったのであろう。


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王仁三郎歌-大本神諭

霊力体(れいりょくたい)三大原素(げんそ)をまつぶさに 説き諭(さと)したる大本の教(のり)
霊力体一致せざれば真実の 世を救ふべき教にあらず
立替への 経綸(しくみ)の奥は 沢あれど 人に言はれぬ事の多かり
どこまでも 正義の光を輝かし 常暗の世を 照らさむとおもふ
霊力体 三元によりて道を説く 宇宙真理の大本の教

御神示は一切万事実現し 世人の驚く時 来たるべし
御神示に 毛筋の横巾 違はぬと 神の実在証し給ひぬ
神諭(ふでさき)は きたりきたりと実現し 人の改心うながし給へり

三千世界一度に開く梅の花と これ筆先のはじめなりけり
御開祖は縦の道とき 吾はまた横の道とき 大本を開く
聞く人の 心によりて善くも見え 悪しくも見ゆる これの神教

霊界の守護神または精霊を 教へ玉ひし 神諭筆先
また一つは 現界人に警告を 与ふるための 厳(いず)の神筆
御教の 光は百(もも)の罪科を 払ひ清むる厳の言霊
筆先は 神々教祖に懸られて しるし玉ひし神言(みこと)なりけり

問題にされたる霊界物語は 皆御神諭の義解にぞある
人みなを 昔の神の大道(おおみち)に 改めたまふ 神諭の主意なり
善心で 読めば善なり悪神で 読めば怪しく見ゆる筆先
霊界の 邪神に対する警告の 神諭を不逞不敬とする曲(まが)
鎮魂(ちんこん)や帰神の霊法御教祖の 神諭学べば判明為すらむ

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王仁三郎歌-霊界物語

いくたびも 繰返し見よ物語 神秘の鍵は かくされてあり
皇神(すめかみ)の みのりを写すこの神書(ふみ)は とこよのやみを照らすともし火
寝ながらに 古き神代の物語は よこの経綸(しくみ)にふさはしきかな
聞く人の 心によりて善くも見え 悪しくも見ゆる これの神教

天地(あめつち)の 神の御旨の明らかに 悟るはこれの 神書(みふみ)なりけり
天国や中有界(ちゅうゆうかい)や地獄道 詳細に覚(さと)る神の書かな
日と月を 重ねて見れば この書の まことの心 明らかとなる
根の国の 高天原(たかあまはら)にある我は この物語 生命なりけり

問題に されたる霊界物語は 皆御神諭の義解にぞある
物語 読むたびごとに 根の国も 高天原の心地するなり

この神書(しんしょ) もしなかりせば 地の上に 弥勒の神世は開けざらまし
ともすれば曇りがちなる吾が心 神の神書に洗ひ清むる
弥広(いやひろ)く この神の世を照らせよと 神の授けしこれの神書
如意宝珠(にょいほっしゅ)黄金の玉も この神書に ひそみてありぬ 探りて受けよ
わが霊界物語(ふみ)を 砂にまじれる砂金なりと 評したる人の浅慮なるかな
砂の中ゆ 砂金選り出し小部分を 教と言ひし人の浅慮よ



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王仁三郎歌-直(なお)と王仁三郎

○出口なお 
神の代の いはれを分くる稚日女(わかひめ)の 四恩(しおん)の峰に分け入らせり
死に替り 生き替りして世のために 悩みたまひし教祖(みおや)かしこし
御開祖は 国常立の御命(みこと)もて この天地(あめつち)に生れましにけり
大方の人の夢にも知らぬ間に 説き諭すなり 先の世の事
霊(たま)幸(ち)はふ 神の出口の道開く 直霊(なほひ)の魂の 光り渡るかな
教御祖(をしへみおや)宣らせ給ひしまさ言の 世に現はるる時ぞ嬉しき
大開祖 宣(の)らせ給ひし国難の いやつぎつぎにいたる世ぞ憂し
かかる世の 来たらむ事を 前知して 神は開祖をあらはし給ひぬ

奥津城(おくつき)に 眠り給へど 大開祖は 天(あま)かけりつつ世を守らすらむ
世の峠 来らう時にそなふべく 身をあしらへと宣らしし祖神(おやがみ)
千万(ちよろず)のなやみ苦しみ 朝夕に なめて開祖は道ひらきましぬ
不退転の信仰もちて朝夕を み国の為に祈りし開祖
慈眼(じがん)もて世をなげきましし御開祖の 御面(みおもて)今もわが目に輝ふ
教御祖(をしへみおや)神去(かむさ)り給へど残されし 一万巻の神書(しんしょ)われ生く
人として 世に勝(すぐ)れたる方なりき ましてや神にいます開祖よ
大本の 中の出来事はことごとく 世界の移写と教祖は宣らせり

○出口王仁三郎
火と水の二つのはしら世に出でて これが誠(まこと)の火水與(かみよ)とぞなる
王仁(わに)といふ 韓(から)の物識(ものしり)皇国に そぐはぬ教を伝へけるかな
同じ名の 出口の王仁(わに)は日ノ本(ひのもと)の 本(もと)つ教を 開き初めけり
けがれたる此の世の泥をすすがむと 瑞(みず)の大神 天降(あまも)りましけり

機(はた)の緯(よこ)織る身魂こそ苦しけれ 一つ通せば三つも打たれつ
六十路(むそぢ)をば越えたる男子(おのこ)が現れて この世のかぎりひかりてらさむ
三千歳(みちとせ)の 神の仕組の開け口 いよいよ来ると 雄叫ぶ我なり
天正の 英雄明智も我がなせる みわざを地下に驚くならむ
 ※王仁三郎が買収して拠点とした亀岡の亀山城は明智光秀の居城

わが魂は 神素戔嗚(かむすさのお)の生魂 瑞の神格に充されてあり
ある時は 言霊別(ことたまわけ)の神となり 神国別(かみくにわけ)となる事もあり
大八州彦(おおやしまひこ)の命や大足彦(おおだるひこ)の 神の御魂も吾と共にあり
須世理姫(すせりひめ)の神の生魂(いくみたま)神格を充して臨む二代の教主よ

火と水の二つの柱 世に出でぬ これが誠の火水世(かみよ)の礎
火の性(さが)は横なり 水の性は縦なれども 水は横に流れつ
火は経(たて)に燃え上がるなり 水は緯(よこ)にながれて 神の経綸(しくみ)はなる
火は水の力をかりて燃え上がり 水は火によりて緯にながるる
人の身も 火の魂(みたま)のぬけ去らば たちまち冷たくなりて動かず
水なくば 地上の万物ことごとく 枯れてしぼみて 朽ち果つるなり
人の子の吾を神のごと崇め立て 仕へむとする人ぞ歎(うた)てき

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王仁三郎歌-信仰(1)

いろいろと世は紫陽花(あじさい)の七変り かはらぬ道は 天津日(あまつひ)の神
神殿(かむどの)に 神は在(ま)さねど人々の 斎(いつ)かむたびに天降(あも)りますかも
恥づかしくなきまで心洗へかし 身魂(みたま)の審判(さばき)はじめかくれば
人を愛で慈しむとも天地(あめつち)に おそるるなくば道にさからふ
天地の誠の親を知らぬ子に 説き諭せども 聞く人稀(まれ)なり

言の葉の 通はぬ国の人々にも 通ふは誠の心のみなる
地の上の汚れ果てたる世の中に いかでか神の坐(いま)すべきかは
生命あるうちに神国をさとらずば 魂(たま)八街(やちまた)に迷ふなるらむ
天界の基礎と生(あ)れにし神の子は 夢なわすれそ 神の大道(おほぢ)を
神の世の 審判(さばき)に今やあふ坂の 人は知らずに日を送りをり
他人の事 はからふ迄に 己が身の 省みせよや 道伝への人

霊幸(たまち)はう神の教の深ければ 浅き心の人には解らず
大本を宣伝するは 神のため御国のため 世の人のため
今の世は 神の職(つかさ)の多けれど 知る人まれな神の真教(みおし)へ
言行心(げんこうしん)一致のために朝夕に 神の御前に太祝詞(ふとのりと)宣る
言へば言へ そしらばそしれ今はただ 神の御心(みむね)に任すばかりぞ
人道も 政治も不安の現代は 神の教に救ふのみなる

むつかしき邪(よこ)さの道を歩むより 神の正道(まさみち)安く渡らへ
有難(ありがた)し忝し(かたじけなし)と朝夕に 思ひ暮らせば曲事(まがごと)なし
天地(あめつち)は広しといへど頼むべき 光は神をおきて他になし
身に積もる罪や穢(けがれ)も皇神(すめかみ)の 教の風に散るぞ嬉しき
五月蝿(さばへ)なす曲(まが)の猛びの世の中は 誠の神より頼るものなし

身の垢は 湯水に清く洗へども 洗ひ難(がた)きは心なりけり
この教は天照神(あまてるかみ)の道なれば 踏み行く人に光つき添ふ
人間の愛にはすべて限りあれど 御神の愛は絶対に変らず
今といふ この瞬間に善を言ひ 善を思ひて善をおこなへ
過ぎさりしことは詮なし今といふ この瞬間を清く守れよ
現実の宝を生命とあがめたる人 永遠の生命を知らず
さび朽つる宝に心しみつきて 永遠の生命を忘るる人かな

言の葉を 改め直せ許々多久(ここたく)の 罪も汚れも消え失するなり
身に魂に曇り懸るは今までの 言葉に汚れありしゆゑなり
曲神の威猛(いたけ)り狂う闇の世に 安く生くるは神の御恵み
天国に昇るは易し 根の国に落るつは難し 神にある身は
人々の心に澄める月影を 隠すは欲と罪の雲なり
行為(おこなひ)を乱せし時ゆ 皇神の 依さしたまひし霊魂は散り行く
霊幸(たまち)はふ 神の恵みも懲戒(いましめ)も 己が身魂の持ちかたによる

信仰の 異なる者と同居する人ほど 不幸の者はなからむ
神による智慧(ちえ)にあらずば悉く 何事なすも邪迷(じゃめい)に終はらむ
種々の妨げ悩みあればこそ 真(まこと)の天佑 降りくるなり
艱難(かんなん)の重なるたびに自己愛(じこあい)の私欲(しよく)の念慮(ねんりょ)薄らぎ去るなり
神ならぬ人の身ならば十全(じゅうぜん)は 難しと知りて 直ぐあらためよ

大神の御教を直接世に伝ふ 誠の神子(みこ)を宣伝使(せんでんし)といふ
一度(ひとたび)は非理(ひり)にも盲従(もうじゅう)為さざれば 夜光宝玉(やこうのほうぎょく)手に入らぬなり
一切の事は正面より見ずに反面(はんめん)より見よ 必ず蔭(かげ)あり
楽しみて神にひたすら仕へかし 天岩戸(あめのいわと)の開けわたるまで
人間に区別なけれど心魂(たましい)の清濁により浮き沈みあり
村肝の心の動きやすければ 神の御綱(みつな)によりて繋げよ

仏教はあたかも百合根(ゆりね)の如くなり むけばむくほど何もなくなる
古の祖先の罪が報(むく)ふとは 訳のわからぬ教なるかな
釈迦如来八万四千の経巻も 煎じつむれば断念の二字

天地に愧(は)づる疚(やま)しき心あらば その精霊に始終攻めらる
奥山の紅葉の色の褪せぬ中に しかと研けよ己が心を
選(えら)まれて神の柱となる身には 百千万(ももちよろず)の悩みを味はふ
狼狽へて道踏み外しぬるかみへ 落つるは霊(みたま)の暗き人なり
一人のみ ただ一人のみ聖場に 坐りていたし心飽くまで
形ある 宝を捨てて皇神の 道に進みし乙女ぞ雄雄しき
小欲を捨てずば真の大神の 道に仕ふることはかなはじ
夜あれば昼あるものと信じつつ 神の力の光待つかな
天地の道を求むる心こそ 神国(みくに)に進む栞(しおり)なりけり

我が身をばキリストなりと崇めつつ 生命捨てむと言う人ぞ憂し
教主を崇むるために皇神の 光忘るる歎(うた)てきまめ人よ
まめ人の神を忘れてただ吾を あがむることのいかに苦しき
熱烈な信仰はげむ人の中に 吾を誤る曲の多(さは)なる
厳御魂(いずみたま)より尊しと狂ひたる 人の言葉を聞くはうれたき
心せまき教の御子に囲まれて 身動きならぬ吾が身なるかな
朝夕に吾を敬ひ愛しつつ 吾をそこなふ人の多かり

より以上 吾が力量を過信して 吾が霊体(みたま)まで破る人あり
求むべきものを求めずただ吾に 権威を強ゆる人恐ろしも
現し世(うつしよ)の身の救ひのみに憧憬(あこが)れて 霊魂の幸(さち)を知らぬ人あり
古(いにしへ)のエスキリストも嘗(な)めましき その苦しみを吾に見るかな
熱心な 御弟子のために苦しみし 神の独り子吾に似たるも

何事の勃発(ぼっぱつ)すとも惟神(かんながら) 任(まか)す真人の自信神也(じしんかみなり)
地下深く潜みて弥勒の経綸(けいりん)を 為せる真人の早く出よかし
千早振る神代ながらの神業を 学ぶ神の子神になれなれ
幽界(かくりょ)の事は尚更 現し世の事さへ知らぬ神の子いぢらし

天の下 神人愛のためならば たとへ死するも厭(いと)はざるべし
弥勒の世 早来よかしと祈りつつ 岩戸の開く時を待つかな
身はたとへ 根底にながく沈むとも 夢な忘れじ神の大道は
やまとだま 振ひおこして進み行け 神に刃向かふ仇亡ぶまで

神様の御用御用と言ひながら 皆神様の脛かじりするも
神様の御用の出来る身魂ならばどこに居りても光るなるべし
易見(えきみ)して人の禍福(かふく)を説きながら己が住処(すみか)もなき暮すなり
霊学をまなぶは良けれどたましひを 洗ひ清めしその上にせよ


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プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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