仏の顔も三度まで

20004年(平成16年)3月、押井守監督の作品『イノセンス』 (INNOCENCE)…攻殻機動隊続編が公開され、その中に、主要人物が「孤独に歩め 悪をなさず 求めるところは少なく 林の中の象のように。」とつぶやくシーンがあります。出典については既に指摘されていますが、この前後となると、知っている方は少ないと思います。では、紹介いたします。

○ジャータカ全集 428 コーサンビーの紛争前生物語 
 これは、師(釈迦牟尼仏)がコーサンビーに近いゴーシダ園に滞在してられたとき、コーサンビーで論争する者たちについて語られたものである。
 当時、二人の修行僧が同じ住所に住んでおり、一人は戒律に通じ、一人は御経に通じていたということである。二人のうち、持経者は、ある日のこと、排便をして水屋のなかに手洗いの水の残りをうつわに残したままで出て行った。あとから持律者がそこへ入り、その水を見て出て行き、相手にたずねた。
「あなたが水を置いたのですか?」
「そうです。友よ」
「あなたは、これが罪になることを御存知ないのですか?」
「はい、知りません」
「ああ友よ。これは罪ですぞ」
「それなら、私はそれを懺悔しましょう」
「しかし友よ。もしあなたが、故意ではなく不注意でなさったことなら罪ではありません」
 持律者は、その罪を、無罪とする見解をとった。なのに持律者は、自分の弟子には、
「この持経者は、罪を犯しながらも知らないのだ」と告げた。持律者の弟子集団は、持経者の弟子たちを見て、「あなたがたの親教師は、罪を犯しても知らないんですよ」と言った。弟子たちは行って、自分の親教師(持経者)に告げた。
 親教師(持経者)は、次のように言った。
「この持律者は、前には『無罪です』と言いながら、今度は『罪である』と言う。彼は嘘つきなのだ」
 持経者の弟子たちは行って、「あなたがたの親教師は嘘つきですよ」と言った。このようにして、おたがいにいさかいを高めていったのである。
 それから持律者は、機会をとらえて、彼(持経者)を有罪であると認めない者に、罪を犯した修行僧の停権を決議する作法(捨置羯磨)を行なった。それからというものは、修行僧たちに必要な物を布施ふせする在俗信者たちも、二派となった。教戒を受ける修行尼たちも、守護神たちも、友人も、同僚も、梵天ぼんてんの世界に至るまでの虚空に住む神格も、いまだ仏道に入らぬ人々(凡夫)も、二派に分れ、しかもこの混乱は、色究竟天まで及んだ。
 そこで、一人の修行僧が、如来(お釈迦様)のもとへ行き、仲裁を願い出た。コーサンビーでは、修行僧たちの非難合戦が頂点に達しようとしていた。この有様をお聞きになった世尊(お釈迦様)は、
「修行僧の教団は分裂した。修行僧の教団は分裂した」とおっしゃり、コーサンビーの修行僧たちの元へお出かけになって、停権を決議した人々(持律者陣営)にたいしては、停権決議における誤り(過患)を、またその相手(持経者陣営)にたいしては、罪を認めぬことのあやまちを説かれて、立去られた。
 ところが、お釈迦様が去ったあとのコーサンビーで、彼等が再び口論を起こした。これに対し師(お釈迦様)は、「両派の者は交互の席に坐るべきである」と、食堂内での義務を告知なさった。
「いまだに口論する者たちが住んでいる」とお聞きになると、師(お釈迦様)はそこへ行かれて「もうたくさんだ。修行僧たちよ。口論してはならぬ」などとおっしゃった。そこで、世尊(お釈迦様)を悩ますことを望まぬ、正法を語るある者によって、「尊者よ。正法の主である世尊をお迎えしよう。尊者よ。世尊を、現在の世で身心寂滅の楽に安住(現法楽住)していただき、憂いなくお住みいただこう。私達は、この口論により、いさかいにより、喧嘩により、論争によって知られるであろう」と言われた。
 師(釈迦牟尼仏)は、
「修行僧たちよ。昔、バーラーナシーにブラフマダッタという名のカーン国王がいた」とおっしゃって、ブラフマダッタ王によってコーサラ国王ディーガティが国を奪われ、王様は変装して暮らしていたのに殺されてしまったこと、そしてディーガーヴ王子は父王を殺した仇であるブラフマダッタ王の命を助け、それ以後は、彼等が和睦わぼくしたことを物語られた。そのディーガーブ王子こそ、お釈迦様の前世であった。そして、
「修行僧たちよ。王杖を与えられ、剣を与えられたかれら王たちでさえも、このように忍耐と柔和さを持たねばならないのだ。ここではお前たちは、このようによく説かれた法と律とにおいて出家したのであるから、同じく忍耐あり、柔和であらねばならぬ。そのことを輝かせなさい」と教えさとされ、三度も、「もうたくさんだ。修行僧たちよ。口論してはならぬ」と制止なさった。
 しかし、彼等がめないのを御覧になり、「この愚かな人々は、ものにとりかれたようだ。彼等を正気づかせるのは容易でない」とおっしゃって、出かけられた。翌日、托鉢たくはつからおもどりになると、仏の居室でしばらく休息されてから、お部屋を整理なさり、自らご自分の衣鉢をたずさえられ、教団の中央の空中にお立ちになって、次の詩をとなえられた。

 僧団サンガが分裂 するときは 凡俗の徒は それぞれに 大声をあげ、何者も 自己の愚かさ 考えず。
 さらに他の理由わけ 思わざり。
 心はまどい 賢人の ふりをよそおい 果てしなく ののしり合って 思うまま 大口ひらき、誰により 導かれるかを 知りもせず。
 「俺をののしり 俺を打ち 俺から奪い あいつめが 俺に勝った」と うらむ者 かれらの怨みは やすまらず。
 「俺を罵り 俺を打ち 俺から奪い あいつめが 俺に勝った」と うらまねば かれらの怨みは やすまらん。
 げに諸々もろもろの 怨念おんねんは 怨みによりて やすまらず。いかなるときも 今もまた 怨み捨てれば やすまらん。これ永遠とこしえの 真理ダルマなり。
 賢者を除く 他の者は 「ここで我等われらは 自制す」と 知ることがなし。さりながら 賢者は認む そのことを。それゆえ争論 止滅しめつする。
 骨が穿うがたれ 生き物の 命奪われ 牛・馬も 財も奪われ 王国も 掠奪りゃくだつされる 彼等にも 和睦わぼくがあるのに お前等まえらに 何ゆえ和睦 あらざるぞ。
 もしもお前が 賢明で おこない正しく 明敏な 同伴の友を 得るならば あらゆる危難に 打ち勝って こころ喜び 思慮ぶかく 彼と共々 あゆむべし。
 もしもお前が 賢明で 行ない正しく 明敏な 同伴の友を 得なければ、王が征した 王国を 捨てさるごとく、またぞうが 林のなかをくごとく、ただ一人にて あゆけ。
 ひとりあゆむは すぐれたり。愚者との友情 ありえない。
 しき行為を おこなわず 小慾にして ひとりけ。
 ぞうが林を 行くごとく。

 師(お釈迦様)は、このようにお話になったが、その修行僧たちは和解することが出来なかった。お釈迦様は周囲の村をまわったあと、そこを立ち去って戻らなかった。
 コーサンビーに住む在俗信者たちは、「この修行僧たちは、我々に多くの不利益をなす者たちである。彼等に悩まされた世尊(お釈迦様)は去ってしまわれた。我々は、彼等に挨拶などしないようにしよう。やってきても、食物を与えないようにしよう。このようにすれば、彼等は去ってしまうか、還俗するか、あるいは、世尊を信頼するであろう」と相談して、その通りにした。彼ら修行僧たちは、その罰業によって困惑し、サーヴァッティーへ行って、世尊に許しをこうた。
 師は過去の前生を現在にあてはめられた。「父はスッドーダナ大王であった。母はマハーマーヤーであった。ディーガーヴ王子は実にわたくしであった」と。
 

テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

お釈迦様と王様(1)

釈迦しゃか様(釈迦如来、釈迦牟尼仏)は真理をおこなう完成された偉大なおかたですが、その前世の段階では、まだ完璧ではありませんでした。お釈迦様の前世物語(ジャータカ物語)を読むと、ふと不思議に思うことがあります。一つの説話が終わると、かたであるお釈迦様は「このようにして、登場人物の○○はかるまによって○○に生まれ変わった」と結ぶのですが、「善業と功徳により天界に生まれる者となった」「梵天に生まれ変わった」「帝釈天サッカになった」と明言する場合と、「○○はその行いとかるまによって、しかるべき場所に生まれ変わった」と言葉をにごす場合があります。
 さらに読み進めると、ジャータカでは、お釈迦様が動物として頻繁に登場します。有名な『帝釈天に自分の身をささげたうさぎ物語』でも、お釈迦様は『ウサギ』でした。動物は、六道輪廻(天人、人間、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道)における下から三番目、畜生道に相当します。善行をなし、心・言・行を常に清くたもてば梵天や帝釈天といった神々に…あるいは人間になれるはずなのに、動物の胎に宿ったということは、お釈迦様が何らかの罪を犯したことを意味します。では、前世におけるお釈迦様が犯した罪とは何なのでしょうか?
 あるジャータカ物語は、お釈迦様が地獄に落ちた事例を語ります。お釈迦様といえども地獄に落ちるという、衝撃的な内容です。果たして、どうして地獄に落ちたのでしょうか? それはジャータカ第538話『ムーガパッカ前生物語』で言及されています。



 菩薩(お釈迦様の前世)は二十年間バーラーナシーで国を治めてのち、没してウッサダ地獄に生まれ、そこで八万年ものあいだ苦しみの生活をしてから、三十三天に再生した。そしてそこでも寿命の尽きるまで暮らして、そこから没してのちは、「もっと上の神々の世界に行きたい」と思っていたところであった。
 サッカ(帝釈天)は菩薩のもとへおもむくと、
「友よ、きみは人間界に生まれたならば、きみのもろもろの〈悟りのための実践〉も完成されるであろう。そしてまた、たくさんの人々に繁栄をもたらすであろう。実はいま、カーシ王の第一夫人であるチャンダー妃が王子を欲しがっている。妃の胎に生まれてやってくれ」と言った。帝釈天サッカの下令を受けた菩薩は、五百人の神の子らとともに天の世界から人間の世界に下り、みずからはチャンダー妃のはらに再生し、他のものたちは大臣たちの夫人の胎に再生した。妃の胎内は、まるでダイヤモンドで満たされたかのようになった。臨月を迎えると、めでたい特徴をそなえた男の子を産んだ。まさにその同じ日に、大臣たちの家々でも五百人の男の子が生まれた。
 たいそう喜んだ王様は、王子の命名の日がくると、占いの先生であるバラモンたちを丁重にもてなし、王子の相に悪い点はないかどうかをたずねた。バラモンたちは、王子が申し分のない相をそなえているのを見て、
「大王さま、王子はまことにめでたく幸せな相をそなえておられます。一つの大陸はおろか、四つの大陸ぜんぶを統治できましょうぞ。この方には、悪い相などこれっぽちも見うけられません」と報告した。王はこれにすっかり満足した。そして、王子にどのような名前をつけようかと考えて、王子の生まれた日にカーシ国中に雨が降り、その雨にぬれながらテーミヤマーナ王子が生まれたことから、『テーミヤ王子』と名づけた。
 さて、生まれて一ヶ月がったとき、テーミヤ王子は着飾って父王の前につれていかれた。王はかわいいわが子を見ると、抱いて膝の上にのせて、あやしていた。すると、そのとき、そこへ四人の盗賊が引ったてられてきた。王は、そのなかの一人を刺のついた鞭で千回たたけと命じ、また一人は鎖の牢獄に閉じこめよと、また一人は身体を槍でつけと、そして最後の一人は串刺しの刑に処せと命じた。
 テーミヤ王子(菩薩)は、この父王のことばを聞いて恐怖におののき、
「あー、わが父君は王権にたよって、みずから地獄に落ちるような重大なカルマを作っておられる」と心配した。
 あくる日、王子は(王権の象徴である)白い天蓋の下で、美しく飾られたベッドに寝かされていた。少しばかり眠ってから目を覚ました王子は、両眼を開けて、まじまじと白い天蓋を眺め、王権の強大さを知った。すると、もともと恐れおののいていた王子に、なおいっそうの恐怖心が生まれた。
「わたしはいったい、どこからこの王宮にやってきたのかしら」と思いをめぐらすうちに、前生を思い起こすことのできる智慧によって、自分が天の世界からやってきたことを知った。さらにそれ以前のことを観察してみると、地獄におちて苦しんでいるすがたを見た。さらにそれ以前はとみると、まさにこの同じ城内で、国王であったことを知った。
「わたしは二十年間、王としてこの国を治め、そののち八万年ものあいだウッサダ地獄で苦しんだが、いままたこのような盗賊の家に生まれてしまった。父はきのう、四人の盗人がつれてこられたときに、地獄に落ちるようなあんな粗野なことを言っていた。もしも自分が国を治めることになったら、また地獄に再生して、大きな苦しみを味わうことになるのは必定だ」と思うと、これ以上ないという恐怖心がおこった。血色のよかった王子の体は、まるで手で揉まれた赤い蓮の花が枯れしぼむように、色あせてしまった。
「いったい、どうすればこの盗賊の家から脱け出せるだろう」と、王子は寝ながら、もの思いにふけっていた。ときに、前生で王子の母親だったことのある女神が、天蓋に宿っていた。王子をなぐさめて、王家を抜け出し、出家に至る道を丁寧に教えた。王子は苦行を実践し、やがて出家者となって多くの人々を天人界へ導く者となった。



 犯罪者ではなく、王者(権力者)であるがための地獄道だったのです。日本の戦国時代劇を見ていると、権力者は人を簡単に処刑します。人気NHK大河ドラマ「真田丸」も、豊臣秀吉の狂気を描いています。聚楽第じゅらくだいに秀吉を揶揄する落書きがあったことに激怒した彼は、警備担当の17名を落書きを許した罪に問い、耳と鼻を削ぎ落した上ではりつけに処し、犯人とおぼしき人物2名の死後、その縁者や近隣住民60名以上をも磔で処刑したのです。これは当時の貴族の日記にも記録されており、歴史上の事実です。このような横暴な権力者に対して仏教は、軽率に人の命を奪うと、たとえお釈迦様といえども地獄に落ちると伝えているのです。

 さて王様(権力者)は必ず地獄に落ちねばならないのでしょうか? そんなことはありません。ジャータカ物語(釈迦前生物語)には功徳をつんだ王様が、天人や神々の世界に栄誉をもって生まれ変わった事例がいくつも収録されています。では、どうしたら王様(権力者)が天国へ行けるのか、ジャータカを紐解いていましょう。


テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

お釈迦様と王様(2)

○ジャータカ第314話 『鉄釜前生物語

 これは師(釈迦牟尼仏)が祇園精舎に滞在しておられたとき、コーサラ王について語られたものである。そのおりコーサラ王は夜分に四人の地獄の亡者たちの声を聞いたということである。一人は<ジャ>音、一人は<サ>音、一人は<ナ>音、一人は<ソ>音ばかりを発していた。彼等はむかしサーヴァッティーで他人の妻と通じた王子たちであったそうである。彼等は大事に護られている他人の婦人たちに罪を犯し、心の欲するままに楽しんで多くの悪業をなし、死の車輪に砕かれてサーヴァッティー付近にある四つの鉄釜の中に生まれ、六万年ものあいだそこで煮られ、うえによじ登り鉄釜の口の縁を見て、「われわれはいつになったらこの苦しみからのがれるのであろうか」と、四人ともつぎつぎと大声で叫んだ。王は彼らの声を聞いて、死の恐怖におののいてすわったまま夜明けまで起きていた。
 夜明けが来るとバラモン達がやってきて、王にご機嫌よくお休みになれましたかと尋ねた。王は、
「先生がた、わたしはどうして機嫌よく眠れましょうか。そのときわたしは、こういう四つの恐ろしい声を聞いたのです。その災いをとり除くことができるでしょうか、だめでしょうか」
「そのままにしておいては駄目でしょう。しかしわたしどもバラモンはこの種のことによく通じております、大王さま。わたしどもは偉大なる厄除け行事を行なうことができます。わたしどもは一切の四部分からなるものの犠牲を執行して厄除けをいたします」
 コーサラ王は「それではただちに象四頭、馬四頭、牛四頭、人間四人、ウズラをはじめとして生き物を四匹ずつ取って、一切の四部分からなるものの犠牲祭を執行し、わたしの平安を確保してくだされ」と言った。王の許可を得たバラモン達は、必要なものを取り、犠牲祭の場を設けさせた。多くの生き物を祭柱まで運んで来ておいた。「多くの魚や肉を食べてやれ、財産も手にいれよう」と一生懸命になって、「これも手にいれたほうがよろしゅうございます」と次々とやって来ては要求した。マッリカー王妃がコーサラ王のところへやってきて
「大王様、いったい何のためにバラモンたちはとても忙しく行き来しているのですか」と尋ねた。
「妃よ、これはそなたには関係のないことじゃ。そなたはおのれの名誉に酔いしれて、わしの苦しみなど知らぬのだから」
「それはどんなことでしょうか、大王様」
「わしはこういった聞くに堪えないものを聞いたのじゃ。それでこんな声を聞いたことから何が起こるであろうかとバラモンたちに尋ねたのだ。バラモンたちは『大王様、貴方様の王位が財産か寿命に障難が見えております。一切の四部分からなるものの犠牲祭を執行して王様の平安を確保いたしましょう』と言って、彼らはわしの命令に従って犠牲祭の場を設け、それぞれ必要なもののために来ているのじゃ」
「しかし王さま、その声のもたらすところを、天界をも含めてこの世での最上のバラモンさまにお尋ねになられましたか?」
「妃よ、天界をも含めてこの世で最上のバラモンとはいったい誰じゃ」
「正しく悟りをひらいた人、マハー偉大なるゴータマさまです」
「妃よ、わしはまだ正しく悟りを開いた人に尋ねてはいない」
 王は妃の言葉を聞いて、車に乗って祇園精舎におもむき、師(釈迦牟尼仏)に御挨拶申しあげてからたずねた。
「尊師(お釈迦様)よ、わたしは夜分に四つの声を聞いたので、バラモンたちにたずねますと、彼らは『一切の四部分からなるものの犠牲祭を執行して平安を確保いたしましょう』と言って、犠牲祭の場で仕事をしております。この声を聞いたことから私に何が起こるのでしょうか」
「大王よ、何事も起こりません。地獄の亡者達が苦しみに会ってそのように叫んだのです。この声はいま大王によって聞かれただけではなく、昔の王達によっても聞かれたのです。その王たちもバラモンたちにたずね、動物を殺す犠牲祭を執行しようと欲したのですが、賢者の話を聞いてしませんでした。賢者たちはその声の秘密を説き明かして、おおくの生き物を放たせて無事にしてやったのです」と言って、請われるままに過去のことを話された。

 むかし、バーラーナシーでブラフマダッタ王が国を治めていたとき、菩薩(お釈迦様の前世)はカーシ国のある村のバラモンの家に生まれ、成年に達して諸々の欲望を捨てて、仙人の出家道を修めて瞑想と神通力を得て、瞑想の楽しみを享受しつつ、ヒマラヤの心地よい森林に住んだ。そのときバーラーナシー王は、四人の地獄の亡者たちの四つの声を聞いて恐れおののいた。同じようにしてバラモンたちに「三つの障礙のうち一つが起ります。一切の四部分からなるものの犠牲祭によってそれを鎮めましょう」と言われて同意した。宮廷付きの司祭官はバラモンたちとともに犠牲祭の場を設け、多くの生き物が祭柱へと運ばれていた。
 このころ菩薩は慈悲の修練を第一の目標としていたが、天眼でもって世間を見わたし、この行ないを見て、「いまわたしは行った方がよい。多くの生き物が無事助かるであろう」と、神通力をもって空中を飛んで、バーラーナシー王の庭園におりて、めでたい石板のうえに黄金の像のようにすわった。
 そのとき司祭官の一番弟子は師匠のところへ行って、「先生、わたしどものヴェーダ聖典には、他の者を殺して無事にすむことはない、と書いてありますが」と言った。司祭官は、「お前は王の財産を運んで来い。我らは多くの魚を喰らおうではないか。黙っておれ」と弟子をしりぞけた。弟子は「自分はここにくみしてはいられない」と立去って王の庭園に行き、行者(菩薩)を見ておじきをし挨拶をしてから一方に坐った。行者(菩薩)は「青年よ、王は正しく国を治めていますか」と尋ねた。
「尊師さま、王様は正しく国を治めておられます。しかし夜分に四つの声をお聴きになり、バラモンたちに御下問になりました。バラモンたちは『一切の四部分からなるものの犠牲祭によって平安を確保しましょう』と申しました。王様は動物を殺す祭儀を行なって御自分の平安を得ようとなされ、多くの生き物が祭柱へと運ばれました。尊師さま、あなたさまのように生活規律を護っておられるかたがその声をもたらすところをお説きになって、多くの生き物を死の入り口からお救いなさるのがよろしいかと存じます」
「青年よ、王は私を知らないし、私もまた王を知りません。しかしその声のもたらすところは知っているので、もし王が私のところへ来て尋ねるのであれば、話で疑問を解いてあげよう」
 青年バラモンはただちに王にそのことを告げて、庭園に王を連れてきた。王は仙人(菩薩)にお辞儀をして一方に坐り、四つの恐ろしい声について尋ねた。行者(菩薩)は丁寧に一切を説明する。
「大王よ、その者たちはむかし大事に護られていた他人の婦人たちに不義をはたらいて、バーラーナシー付近にある四つの鉄釜に生まれ、煮えたぎる刺激の強い鉄水のなかであぶくを立てながらでられ、三万年間下に行って釜の平底に打ちあてられ、上へ登ってきては三万年ものあいだ釜の口を見ました。四人は外を見まわして、四つの詩を完全にとなえたいと思ったのですが、そのようにはできません。〔冒頭の〕一文字ずつを言っただけで再び鉄釜に沈んでしまうのです。四人のうちで<ジャ>音を発して沈んだ亡者は次のように唱えたかったのです。

邪悪じゃあくなる生活を我等は送れり。財ありながら善き布施を行なわずして己の庇護所を造らざりき』

 しかし、全部を唱えることはできませんでした」と言って、行者(菩薩)は自分の智慧でもってその詩を完成して説いた。残りの者たちにおいても同じことである。そのうちで<サ>音を発してとなえようとした者の詩はつぎのとおりである。

『さても六万歳の時がすべて満つるあいだも、地獄にて煮らるる者にはいつにその果て来たらんや。』

<ナ>音を発して唱えようとした者の詩は次の通りである。

『なしやそのて、果ては如何でかあらん。果ては見えず。ともがらよ、そのとき我と汝の罪はなされたればなり』

<ソ>音を発して唱えようとした者の詩は次の通りである。

『そこよりゆきてこの我は、人間の胎に宿り、温和にして規律を保ち、おおくの善業を積みあげん』

 以上のように行者(菩薩)は一つ一つ詩を説いて「大王よ、この地獄の亡者は、この詩を完全にして唱えたいと思いながらも、自分の罪が大きいためにそのように出来なかったのです。そのように彼は自分の行ないのむくいに会って叫んでいたのです。あなたがこの声を聞いたからといって、障碍があるわけではありません。あなたは恐れるには及びません」と王を教え諭した。
 王は多くの生き物を放たせ、金の太鼓でお触れをまわさせ、犠牲祭の祭場を壊させた。行者(菩薩)は多くの生き物を無事に救って、数日そこにとどまってから帰り、休むことなく瞑想をつづけて、梵天界に生まれかわった。師(釈迦牟尼仏)はコーサラ王にこの教えを解かれて、過去の前生を現在にあてはめられた。「そのときの司祭官の青年はサーリップタであり、行者は実にわたくしであった」と。


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

お釈迦様と王様(3)

○ジャータカ第396話 『クック前生物語

 これは、師(釈迦牟尼仏)が祇園精舎に滞在しておられたとき、王への訓戒について語られたものである。むかし、バーラーナシーでブラフマダッタ王が国を治めていたとき、菩薩(前世におけるお釈迦様)は、王の世俗的な問題や精神的な問題について補佐する大臣であった。王は、不正の道にふみこんでいて、邪法によって国を治め、国民を圧迫して、財宝ばかり集めていた。
 大臣(菩薩)は、王をいさめたいを思い、なにかよいたとえはないものか、考えながら歩いていた。ところで、王の寝室が、まだ完成されないで、屋根がふかれておらず、屋根の装飾板を支える垂木たるきをはめこんだばかりであった。王は、遊びのために庭園へ行き、そこで散歩したあとで、その家に入った。王は上を見て、円形の装飾品を見つけた。王は、自分の上に落ちてくるのを恐れて外へ出て、また見上げ、
「いったい、何のために装飾板があるのだろう。何のために垂木があるのだろう?」と思って、菩薩に質問して、最初の詩をとなえた。『装飾版は その高さ 1クック半なり。その周囲8 ヴィダッティヤで、堅牢な シンサパ、サーラの 樹から成る。どこに支えが あるのやら。上の方から 落ちないが…』
 それを聞いて、大臣(菩薩)は「いまこそ、王様をいさめる時が得られた」と思って
『サーラ樹よりなる三十の 曲がった垂木が とり囲み 等しく支えを なしている。それらによって 保たれて しっかり押され 上からは 落ちないようになっている。このようにして 堅実な 友人および 清らかで 性格かたき 助言者に 保たれている 賢人は こよなき幸から 落ちゆかず。垂木によって 重い荷を 装飾版が 支うごと。』
 王様は、菩薩が語っている間に、自らの行動をかえりみて、
「装飾版がなければ垂木が安定しない。垂木が組み合さらないと、装飾版が支えられない。垂木がこわれてしまうと、装飾版が落ちてしまう。まさにそのように、自分の友人や軍隊やバラモンや家長と協力せず、かれらと断絶して、かれらと不和になれば、主権をうしなってしまうものだ。王というものは、正しくあるものである」と思った。
 ちょうどその時、手紙に沿えた贈り物として、マートゥルンガを持ってきた者があった。王は「友よ、この果実を食べなさい」と菩薩に言った。菩薩は受け取って「大王よ。この食べ方を知らない人は、にがくするか酸っぱくするかしてしまいます。しかし心得ている賢者は、苦味を除き、しかも酸味を除かず、マートゥルンガの味覚をそこなわずに食べます」と言って、王に、このたとえによって、財宝を集める方法を示して、二つの詩をとなえた。
『かたい皮もつ メーッラを ナイフを持って処理せねば、王よ、苦味を 生じます。薄い皮をば とり除き 苦さとらねば まずくなる。同様にして 村・町の 賢者は王の 財宝を 無理じいせずに 集めます。法に順じて 行動し 他人を害なう ことなしに かれは繁栄 もたらさん』
 王は、菩薩と語りあいながら、蓮池の縁に行き、美しく咲きみだれ、朝日のような色をして、水に汚されていない紅蓮花を見て言った。
「友よ、この蓮花は、水のなかにはえていながら、水に汚されずに立っておる」
 そこで菩薩は王に、
「大王よ。王様もまた、まったくこのようであらねばなりませぬ」と諭した。
『白き根をもち 清らなる 真水に生じ 蓮池の なかに生れる 蓮の花、 火のごと燃える 紅蓮花を 泥土も塵も また水も 汚すことなし。そのように、言葉正しく 無理をせず 清らに行ない 悪しきこと 離れた人を 業のは 汚すことなし。そのような 人はあたかも 蓮池に 生まれた蓮花の ごとくなり』
 と、これらの詩を唱えた。王は、菩薩のいさめを聞いて、それからのちは正義によって国を治め、布施などの善行をして、天界へ生まれかわるものとなった。師は、この話を説かれて真理を明らかにされ、過去の前生を現在にあてはめられた。「その時の王はアーナンダであり、賢い大臣は実に私であった」と。


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

お釈迦様と王様(4)

○ジャータカ第422話 『チューティヤ国王物語

大本神諭、明治37年旧2月11日には、大和魂(日本魂)について言及した不思議な一文があります。
『今の日本の人民には、肝腎[心]の日本やまとだましいが抜けてしまうてるぞよ。日本魂と申すのは、請合た事の違はんやう、一つも嘘は申されず、行儀正しう天地の規則を守る霊魂みたまを申すぞよ。今の人民の申して居る日本魂とはチット違ふぞよ。日本の国は、日本魂でなくては世が続かぬ国であるのに、露国の悪神の霊魂が日本へ渡りて来て、ひとの苦労でこの世を盗みて、好き寸法すっぽうの世の持方いたして、日本魂のたねを無茶に致して、「自己われさへよけらよい」と申して、栄耀栄花の仕放題の世の持方に、日本の神の分霊わけみたまを上へ伸上のしあげて、巧い事に抱き込みて、「このままで続かさう」と思うて居る露国の極悪神の企謀たくみを、神はよく見抜いて居るから、此方こちらには水も漏らさん経綸を致して置いての二度目の世の立替であるぞよ』

なぜうしとらの金神 国常立尊様は、「日本魂はうそをついてはいけない」と教えてくださったのでしょうか? その答えの一つが、ジャータカ物語から読み取れます。 



 これは師(釈迦牟尼仏)が祇園精舎に滞在しておられたとき、デーヴァダッタが大地に没入したことについて語られたものである。その日、説法場で、修行僧たちは話をはじめた。「友よ、デーヴァダッタは、嘘をついて大地に没入し、アヴィーチ地獄へ生れかわるものとなったのだ」
 そこにあらわれたお釈迦様は「修行僧たちよ。いまばかりではない。過去にも彼は大地に没入したのだ」と言って過去のことを話された。

 むかし、最初の劫に、マハーサマンタという名の、数えきれない寿命をもつ王がいた。彼の息子はロージャといい、ロージャの子をヴァラロージャといい、その子をカリヤーナといい、カリヤーナの子をヴァラカリヤーナといい、ブァラカリヤーナの子をウポーサタといい、ウポーサタの子をマンダータルといい、マンダータルの子をヴァラマンダータルといい、彼の息子はチャラといい、チャラの息子はウパチャラという名であった。アパチャラというのも彼の名前である。
 彼(ウパチャラ王)は、チェーティヤ国のソーッティヴァティーで国を治め、四種の神通力をそなえていた。ウパチャラは空を飛行し、四人の天子が四方において剣をもって彼を護り、体からは栴檀せんだんかおりが匂い、口からは青蓮花の香りが匂った。
 彼には、カピラという名のバラモンの司祭がいた。
 カピラバラモンの弟で、コーラカランバという名の者は、ウパチャラ王と一緒に同じ先生の家で学問をおさめた幼友達であった。ウパチャラ王は少年時代に、「わたしが王位についたら、君(コーラカランバ)に司祭の地位を与えよう」と約束した。ウパチャラは王位についたが、父の司祭であるカピラバラモンを、司祭の地位から引退させることはできなかった。そして、司祭が自分に仕えにやってくると、カピラバラモンに対して敬意をはらい、うやうやしい振舞いを示した。カピラバラモンはそれを知って、
「王位というものは、同じ世代のものと一緒であってこそ、よき尊敬がはらわれるものだ。私は王様に許可を願って出家しよう」と思い、「王様、私は年をとりました。家には子供がおりますので、彼を司祭にしてください。私は出家いたします」と言って、王に許可を求め、息子を司祭の地位につけた。それから王の遊園に入り、仙人の道に出家し、禅定による神通力を起こして、息子をたよりとして、そこに生活を営んでいた。
 コーラカランバは、
「兄(カピラ)は出家したが、私に地位を譲ってはくれぬ」と兄に恨みをいだき、ある日、気楽な話の折に、ウパチャラ王から「コーラカランバよ。お前は司祭の地位につかぬな」といわれ、「はい。王様。つきません。私の兄がついていますから」と言った。
「お前の兄は出家したではないか」「はい。出家しました。しかし、地位を息子に譲ってしまいました」
「それでは、おまえがつけ」
「王様。系譜がつづいてきた地位を兄からとりのぞいて、私がつくことはできません」
「そのようであるならば、わしがお前を年上となし、相手をお前より年下にしてやろう」
「どのようにしてございますか。王様」
「嘘のつくのじゃ」
「王様。御存知ないのですか。わたしの兄(カピラ)は、偉大にしていまだかつて見たこともない法を備えたまじない師でございます。かれは偽って、あなた様を欺くでしょう。四人の天子を消えたかのようにするでしょう。お身体や、お口からの芳香を、悪臭のようにしてしまうでしょう。あなたさまを空中から落として、地上に立たせるかのようにもいたしましょう。貴方様は地中に投入したかのようにもなるでしょう。そうなれば、あなた様のお話どおりにすることは不可能でしょう」
「お前はそのような考えをしてはならんぞ。わしはすることが出来るであろう」
「いつおやりになりますか。王様」
「今日から七日目にじゃ」
 その話は、町中に知れわたった。
「王様は嘘をついて、年寄りを若くして、地位を若い者に与えるそうだ。嘘というものは、いったいどのようなものなのだろう。青か、あるいは黄色などにおける別の色なのだろうか」というように、大衆はいぶかしく思う心が生じた。その当時は、世間が真実を語る時代であり、そもそも嘘をつくということがこのようなことである、という事さえも、人々は知らなかったということである。司祭の息子もその話を聞いて、父親(カピラバラモン)に話した。
「お父さん、王様が嘘をおつきになって、お父さんを若くし、私達の地位を、私の叔父さんに与えられるそうです」
「お前。王様は嘘をおつきになっても私達の地位を奪うことはできないよ。だが何日におやりになるのだ?」
「今から七日目だそうです」
 七日目に大衆は、『嘘をつくのを見よう』と思って、王宮の庭に集まり、重なりあっていた。息子は行って父親(カピラ)に告げた。ウパチャラ王は着飾り、準備して出てきた。そうして大衆の真ん中の王庭の空中に立った。苦行者(カピラバラモン)は、空中を通ってやってきて、王の目の前に敷皮をひろげ、空中に足を組んで坐り、「大王よ。まさしくあなたは嘘をついて若い者を年寄りにし、彼に地位を与えたいと思し召されているそうですね」と言った。
「その通りです。先生。私はそのようにしたいのです」
 その時、彼(カピラ)は王様をいさめ、
「大王よ。嘘をつくということは、徳の破滅を招く重罪であり、四苦界へ生ぜしめるものです。王というものは、嘘をつけば、法を殺します。王が法を殺せば、まさに自らを殺すのですぞ」と言って、最初の詩をとなえた。

『害せられたらる 法はに 害するばかり。
 害されぬ 法はだれをも そこなわず。それゆえ法を 害するな。
 害せられたる 正法が 君を害する ことなかれ』

 それからさらに、王をいさめて、
「大王よ。もしも嘘をおつきになるなら、四種の神通力は消滅するでしょう」と言って、第二の詩をとなえた。

『虚言を語る 者からは 知っていながら 去ってゆく。
 知っていながら われたる  といを異なりて 答う者、 口より悪臭 はなしつつ 天の地位より 下落する』

 それを聞いて王は、恐れてコーラカランバを見た。そのとき彼は「大王様。恐れめさるな。最初にわたしがこのことは貴方様に申しあげたではございませんか」などと言った。王は、カピラの言葉を聞きながらも、自分の話ばかりおしすすめて、「尊者よ。あなたは若い。コーラカランバが年長である」と言った。そのとき、王様が嘘をつくと共に、四人の天子は「こんな嘘つきを保護することはできない」と言って、剣を足元に捨てて、消えてしまった。王の口は、ニワトリの壊れた卵のような、また身体は、開いた便所のような悪臭をはなった。また空中から落ちて地上に立つというふうに、四種の神通力は衰えてしまった。
 そこで偉大な司祭(カピラ)は、王に、「大王よ。恐れなくともよい。もし真実を語るなら、あなたに総てを元通りにしてあげましょう」と言って、第三の詩をとなえた。
『真実語れば、チェーティヤよ、以前のように ありたまえ。王よ、虚言を 語るなら 王よ、地上に 立ちたまえ。』
「ごらんなさい。大王よ。初めて嘘をついただけで、あなたの四種の神通力は消えうえせました。お考えなさい。いまからでも、もとのようにすることは出来ますよ」と言われても、「そのようにして、あなたは私を騙そうとするのです」とウパチャラ王は再び嘘を語って、くるぶしまで地に落ち入ってしまった。そこで再びカピラバラモンは、王に、「お考えなさい。大王よ」と言って、第四の詩を唱えた。

『問われし問を 知りつつも 異なりて答う その者に
 時ならぬとき 雨ぞり しかるべきとき 雨降らず』

 それからまた、彼は王に、「嘘をつくことの結果として、踝まで地に入ってしまった。お聞きなさい。大王よ」と言って、第五の詩をとなえた。
『真実語れば、チェーティヤよ、以前のように、ありたまえ。王よ、虚言を 語るなら 王よ 地中に 入りたまえ』
 王は、三度目にも、「尊者よ。あなたは若く、コーラカランバが年長である」と嘘をついて、膝まで地中に入ってしまった。そこで彼は、王に、「もう一度お考えなさい。大王よ」と言って、

『知っていながら 問われたる 問を異なりて 答う者、
 諸方のあるじよ、 その者の 舌は二枚ぞ へびのごと。
 真実語れば チェーティヤよ 以前のように ありたまえ。
 王よ、虚言を 語るなら 王よ、いっそう 入りたまえ』

 と、これら二つの詩をとなえて、「いまからでも、元のようにすることができますぞ」と言った。王は、彼の言葉をとりあげず、「尊者よ。あなたは若く、コーラカランバが年長である」と、四度目も嘘をついて、腰まで地中に入ってしまった。そこでバラモンは、王に、「お考えください。大王よ」と言って、再び二つの詩を唱えた。

『知っていながら 問われたる 問を異なりて 答う者、
 諸方の主よ、その者の 舌は存せず 魚のごと。
 真実語れば、チェーティヤよ、以前のように ありたまえ。
 王よ、虚言を 語るなら 王よ、いっそう 入りたまえ』

 王は、五度目にも、「尊者よ。あなたは若く、コーラカランバが年長である」と嘘をつて、へそまで地中に入ってしまった。そこでバラモンは王に、「もう一度お考えください。大王よ」と言って、二つの詩をとなえた。

『問われし問を 知りつつも 異なりて答う その者に
 女ばかりは 生まれても 家に男が 生まれえず。
 真実語ればチェーティヤよ、以前のように、ありたまえ。
 王よ、虚言を 語るなら 王よ、いっそう 入りたまえ』

 王はとりあげずに六度目にも、まったく同じように嘘を語って、乳のところまで地中に入った。またもバラモンは、「お考えください。大王よ」と言って、二つの詩をとなえた。

『問われし問を 知りつつも 異なりて答う その者の
 息子は諸方に 出で去りて かれのもとには あらざらん。
 真実語れば、チェーティヤよ、以前のように ありたまえ。
 王よ、虚言を 語るなら 王よ、いっそう 入りたまえ』

 王様は、悪い友人に交わった罪によって、カピラバラモンの言葉をとりあげずに、七度目にも、まったく同じようにした。そうすると大地は、王に向かって開き、アヴィーチ地獄から火焔が立ち昇って彼を捕えた。

『仙人により かの王は 呪われ 過去に 空中を 歩みおりしも いまははや 劣れる者と なりはてて 時が過ぎれば 過ぐほどに 没入したり 地のなかに……。それゆえにこと 賢者らは 欲の来たるを 讃うなし。邪悪の心 無き者は 真実そなえた 語を述べよ』
 この二つは、悟りをひらいた人の詩である。
 大衆は「チューティヤ国王は、仙人をそしり、嘘をついて、アヴィーチ地獄に落ちてしまった」と言って、恐れおののいた。王の五人の息子たちがやって来て、「私達のよりどころとおなりください」と言った。カピラバラモンは、「諸君。君たちの父上は法を破滅させ、嘘をついて仙人をそしり、無間地獄に落ちたのだ。この法というものは、たれるとつものである。君たちはここに住む事は出来ない」と宣言し、長男には都から東の方角に「象の町」を、二男には南に「馬の町」を、三男には西に「ライオンの町」を、四男には北に「ウッタラパンチャーラ」の町を、五男には都に大塔をつくったのち北西の方向に「ダッダラ・ブラ」という名の町を建設し、各々そこに住むよう命じた。

 師(釈迦牟尼仏)はこの話をされて、「修行僧たちよ。今ばかりでなく過去にもディーヴァダッタは嘘をついて地中に投入したのだ」と言って、過去の前生を現在にあてはめられた。「そのときのチェーティヤ国王はデーヴァダッタであり、カピラバラモンは実にわたくしであった」と。


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる