瑞能神歌/いろは歌 目次

☆瑞能神歌/いろは歌 

○「神霊界」大正六年十一月号 まえがき
 変性女子の御魂に、坤の金神を初め、数多の神霊憑り玉ひて、予言なり、警告なり、教理など書き誌されたしもの数千冊ありけるが、明治三十六年と同三十八年の二回に渡りて、大本の役員等、変性女子の書きし物は、残らず乱世の根本なりと誤解し、一所に山の如く集め火を放ちて焼棄したるを以て、今は只今々一、二人の確実なる人の手に在りし、小部分の遺れるのみ。其中より所々抜萃〔 率 〕して茲に記載する事とせり。

○「瑞能神歌解題」
△本篇に収録したる神歌三篇は、何れも裏の神諭として取扱ふべき性質のものであります。それぞれ瑞の御霊がお懸りになり、咄嗟の間に完結されたもので、普通の文藝的性質の作とは全然選を異にするはいふまでもありませぬ。
△『大本神歌』は大正六年十二月一日の御作で、大正七年二月発行の雑誌『神霊界』誌上に掲載されて居ります。世の大峠の前後に亘る顕幽両界の重要事を述べられた神歌で、大本信者に取りては無二の宝典であります。
△いろは歌(其の一)は大正六年十一月三日の御作で、これは六年十二月及七年一月の『神霊界』誌上で発表されて居ります。
△いろは歌(其の二)はずっと旧作で、明治三十六年九月十日の御執筆であります。当時、変性女子の書かれたものは、大本役員の誤解により大部分焼棄されてしまいましたが、十数冊丈保存されて居ます。本歌は其中から選びました。これは大正六年十一月発行の『神霊界』に掲載されて居ます。

国立国会図書館デジタルコレクション『瑞能神歌』(原典)
大本神歌
瑞能神歌/いろは歌(1)上
瑞能神歌/いろは歌(1)下
瑞能神歌/いろは歌(2)

ぐち さぶろうというかたは、おそらく人類史上に入る未来予言者です(未来を予知よちする者)。予言の的中率、文章のそっちょくさ、かのノストラダムスの予言と比較ひかくすれば、王仁三郎さんの凄味すごみ際立きわだちます。大正たいしょう時代に、日本とアメリカとのあいだ生起せいきする太平洋戦争を、その戦況までてきかくに予知していた者はいません。それはみずしん本編を御覧ごらんになれば、納得していただけると思います。「太平洋戦争に突入してからあときしたんじゃないか?」という疑惑ぎわくを持たれたかたもおりますが、時系列を調べると、その疑惑もかいしょうします。王仁三郎さんは1935年(昭和10年)12月8日以降の第二次大本事件で大日本帝国政府により治安ちあん維持法いじほう違反いはん容疑で逮捕され、刑務所に放り込まれました。そして、大本教関連の著作は大本神諭・霊界物語含めて全部発禁はっきん処分です。1944年(昭和19年)冬以降の日本本土空襲を、後から著作に盛り込むことは出来ないのです。ここで、おにならぬ三郎の予言歌を、ほんの数首、紹介します(一部以外は大正時代の霊界物語第七巻余白歌より)。



の雨はなり。(大笑辞典 ― 掃き寄せ集「神霊界」大正十年三月号)
げんのみきな信者はもすれば ようげんげんだっせんするなり(霊界物語第十三巻余白歌)
御空みそらく 飛行機のかげながめつつせまる日本のなやみを思ふ(霊界物語第四十二巻余白歌)
とこやみの 世をらさむとひむがしの そらよりつる火弾かだんのかずかず
おどろきてまどひつつもろびとは 神らざりしをかこつらむ
たまやみらしてまもる おおもとがみもとにます〔 註:大本神=おおもと神=根元の神=創造神 〕
れいりょくたい 一致いっちせざれば真実の すくふべきをしへにあらず
たまやみひかりとかがやける世にをしへたふと
もとの 神の心はいそぐらむ たてへの〔 火 〕もせまきたれば
○神はみちつけてでませり たれもこの道やすあゆめよ〔 註:出る道とは、神のぐちのこと。出口なお、出口王仁三郎 〕
たてかへ経綸しぐみおくさはあれど 人に言はれぬ事のおほかり〔 註:出口直開祖の名前『 なお 』は『 ぐ 』と読み替える。『 しょうじき 』のように『 じき 』とも読む。 〕
たまはふ神のまもりのつよければ まず死なずのたまなるべし〔 註:黙示録の第一の死、第二の死関連 〕
あめつちの神のあらはれて かみしもむつかみとなるらむ
○かむながら 神のをしへによらざれば 平安無事にをさまらぬ92
○今までの智慧ちゑまなびをたよらずに 神にざめよほろぶことなし
わだふかきにひそまがかみも うかびてかみさんなすらむ
○どこまでも正義せいぎひかりかがやかし とこやみの世をらさむとおもふ
おおもとせんでんするはかみのためおんくにのためひとのため
うちそとの人の心をあいぜんの まことのひかりらしたきもの
しきしま大和やまとことうえの あらゆるくにつかさなりけり
あめつちおやの神のれますも くにおやぐになればなりけり
ひさかたあまそらよりわたる とりさけびにますべし〔 註:鳥で『 とり 』。十里四方も『 』。十里で『 とり 』と読む 〕
てんとき 今やいたりてもろもろつみちたるものはほろびむ
おおもとをしへきらひし世の人も 一度は必ず合掌がっしょうするなり
みろく弥勒の世 よかしと祈りつつ いわひらときつかな
しんちょくの しん かみなり あめは みだれたる世のさまをいふなり(第37巻余白歌)
○何事の勃発ぼっぱつすともかむながら まかびとしんかみなり(第37巻余白歌)
とせの いわ七五三しめけにけり みろく三会さんゑひびきに(第48巻余白歌)



出口王仁三郎聖師の未来予知は、個人的な超能力ではありません。「未来はこうなる。だから、そなたは眠っている人々にけいこくしなさい」と命令した神がおられるのです。まことの神(根元の神、創造の神、はじめで終《 尾張おわり 》、アルファ《 あ 》でありオメガ《 ん 》すなわちうんいりぐににしてぐちの神、ヤハウェ)から言葉をあずかり、人々に警告する特別な役目を背負せおったものを、げんしゃといいます。神の言葉をあずかる者。出口直開祖・王仁三郎聖師は、まさに預言よげんしゃといえます。



○出口王仁三郎著「学と神力の力競べ」 月鏡(昭4/10)
一時間に絵たんざくの千枚も私(王仁三郎聖師)がくのを人は信じまいが、お前達めいこう社の人々、毎日のやうに実地じっちけんぶんしてゐるものにはうたがひは無いだらう。四百頁(四六判)近い『れいものがたり』を二日乃至ないし三日にこうじゅつするのも、ならった事のない絵が書けるのもらくやきが出来るのも、みな神様が私を使うてがくりきしんりきとのちからくらべをしてられるのである。おほもとしんに「かみおもてあらはれて、神力とがくとの力競べを致すぞよ、がくの世はもうみたぞよ、神にはてんぞよ」とあるをあかしせんがためである。


の神は ひとかんとなしたまひ のことごとをしめしますも(王仁三郎、霊界物語第77巻余白歌)



では、出口でぐちなお開祖をして「ふでさき」(聖師編集後は大本神諭)を下し、出口王仁三郎さんに未来を教えて発表せしめた『 しゅかみ 』とは、如何いかなる神様なのでしょうか? その真実は、出口直開祖の大本神諭にめられています。



明治31年旧暦12月26日 大本神諭
『出口なおに明治二十五年にもうしてあること、このたいもう経綸しくみいたしてあることを、世界せかい一人ひとり知りておる。まことひとはこしらえてあるから、この誠の人が出てんとわからんぞよ。誠の人を西にしひがしたてけて御用ごようがさしてるぞよ。この事わかりて来たなれば、三千世界が一度にひらくぞよ。綾部あやべここのはないたならば万古まんごまつだいれぬはなであるぞよ』



出口でぐちなお開祖がうしとらこんじん・国常立尊様の言葉をとりぎ、出口でぐち王仁おにさぶろう聖師が編集した「大本神諭(大本教神諭)」。そこに、『あやに咲くここのはな』というキーワードがめられています。つまりかぎ言葉ことばかぎをかけるのは、金庫なり、宝箱なり、大事なものを隠したり守るためです。あるいは、猛獣のおりのように、危険なものをそとに出さないようにするためです。では、『綾部から咲くここの』という鍵でひらくと、何がてくるのでしょうか?

『綾部に咲く九つ花』を上野かみのこうえんさんが紐解ひもとけば、そこに天帝/根元もとの神/おおもとの神/万軍の主/創造神とたましい論(おにう=王仁おにいた魂〔 云鬼たましい 〕の良心神)が隠されていました。八百万やほよろずの神々に艮〔 うしとら 〕へ退かされ「鬼門きもんうしとら 〕のこんじん」として『鬼は外~』と節分せつぶんいりまめをぶつけられていた国常立尊(くにとこたちのみこと)様は、日本列島の鬼門きもんうしとら方角)たる東北(北東)にふうじこまれたと、大本神諭はかします。とうほく地方のことを、みちのくいまして(松尾芭蕉 『おくほそみち』 を参照)、「未知みち」=「みち(未知)」。
大本神諭の原型たる、出口なお開祖のふでさきは全文「ひら仮名がな」で書かれていまして、この御筆先を取捨選択・編集・漢字をったかたが、出口王仁三郎聖師となります。御筆先のげんぶんは、以下のようなものです。

『うしとらのこんじ
 んわかひめぎめのみ
 ことで九゛ちのかみとあ
 らわれるわへんじよな
 んしのみたまがおもて
 になるにちこなりたぞよ』

ここにハッキリと『ぐち』に、『で九゛ち』と表記しており、『く=』であることがめいはくになります。すなわち『国常立尊』という御神名をひら仮名がなへんかんすると「 くにとこたちのみこと 」となり、再び漢字をれば「 とこたち御言みこと」と読めます。九(9)が二つならぶから九二くに。通常「ならぶ」という言葉には「並」という漢字をあてますが、「並」の旧字は「ならぶ」。ならべて立てれば、×

「九の数理盤(お米+うめぼし=日の丸〔弁当〕) とこ立尊たちのみこと

31 76 13 36 81 18 29 74 11
22 40 58 27 45 63 20 38 56
67 04 49 72 09 54 65 02 47
30 75 12 32 77 14 34 79 16
21 39 57 23 41 59 25 43 61
66 03 48 68 05 50 70 07 52
35 80 17 28 73 10 33 78 15
26 44 62 19 37 55 24 42 60
71 08 53 64 01 46 69 06 51

綾部から咲く九つ花九×九の数理盤」は、中心の「41」を経由すれば「」の形をめる三六九弥勒の経綸。
米の教えは『〔 田 〕を救〔 鋤 〕すくいて世根よねとなれ』。

51+42+33+50+41+32+49+40+31=369
21+39+57+23+41+59+25+43+61=369
11+38+35+14+41+68+17+44+71=369
01+37+73+05+41+77+09+45+81=369

31 76 13 36 81 18 29 74 11
22 40 58 27 45 63 20 38 66
67 04 49 72 09 54 65 02 47
30 75 12 32 77 14 34 79 16
21 39 57 23 41 59 25 43 61
66 03 48 68 05 50 70 07 52
35 80 17 28 73 10 33 78 15
26 44 62 19 37 55 24 42 60
71 08 53 64 01 46 69 06 51

九×九の数理盤(将棋盤)は、縦列、横列、どこの総和もになりますが、中央数「 41 」を経由する69の列を赤く塗ると、「コメ」の形状になります。99とこ立尊たちのみことは『九の数理盤』であり、『綾部から咲くここのばな』そのものであり、つまり「米」の漢字をめています。主神(根元の創造神)より「日本語(平仮名+漢字)」を通じてつたえられた八十八の教えは『他〔 田 〕救〔 鋤 〕すくいて世根よね〔 米 〕となれ』。日本人の主食は米食で、パンは副食。西洋人の主食はパン(麦)で、ナザレのイエスはパンをくばりました。でも日本人(日本魂やまとだましい)なら米(米教)の方が体質的(魂的)に向いているはずです。

仏教の開祖お釈迦しゃか様没後、釈迦牟尼仏の本当のさとりは忘れられ、末法まっぽうの世が訪れると預言されています。僧侶や修行者はおれど、誰もさとるものなどなく、仏教は形骸化してしまう。しかし釈迦入滅から56億7千万年の超未来、弥勒みろく如来(預言当時は、そつてんで修業中の弥勒菩薩)があらわれて、ミロク369の教えを開いて「お釈迦様の悟り」を人々に教えさとすと預言されています。
弥勒神が現れるのは、釈迦没後五十六56千万年後。81(九二)×7=567。

すくふ 弥勒みろくかみの 標章みしるしは まるじゅうかむさだめなる(王仁三郎、霊界物語第1巻余白歌)
の世 よかしといのりつつ いわひらく時をつかな(王仁三郎、霊界物語第7巻余白歌)
いろいろと世は紫陽花あじさいななかはり かはらぬみちあまの神(王仁三郎、霊界物語第2巻余白歌)

達磨だるまは七ころび八き。旧約聖書、創造神は世界を六日で創造し、今(七日目)はあんそくで、その働きをやすまれている。
主の神の働きがおもてに出ないならば、サタンも、惡魔も、魔界の魔物も、霊界の曲津神も、荒ぶる神も、邪神も、じゃしんも、邪霊も、幽霊もやりほうだい。人類の祖先(アダムとイブ)を誘惑し、エデンのその(天国)から追放される原因となった「へびだいじゃ 〕」も、すっかり魂の心棒(柱としてあらわれた良心神)に巻き付いて何喰わぬ顔。いまや全世界に蛇霊の天下が宣言される状態。じゃの道はへび、霊力をもっただいじゃ〔 大蛇と書いてオロチ。八岐やまた大蛇おろち 〕はじゃしんからじゃしんに進化・惡化し、人々に邪心じゃしんを吹きこんでいます。ヨハネの黙示録いわく、サタンの正体は霊界の年老いたへびでした。

蛇霊WHO01

でも根元もとの神は、閻魔大王として、未知の九みちのくたる丑寅にちゃんと存在しておられました。そして出口王仁三郎聖師は、「国常立尊がうしとらに封印されたとは、天皇の御支配が世界のうしとら(東北)=日本列島に限定されていることだ」と述べられています。 「その日(最後の審判の日)、主は堅く大いなる強いつるぎで逃げる蛇 レヴィアサン、曲がりくねる蛇 レヴィアサンを罰し、また海にいる竜を殺される。」(旧約聖書『イザヤ書』第27章第一節)

「日本は言霊ことたまさちはう国」

国常立尊とは、大本神諭で「日本の御先祖様」と表現されています。つまり日本という国土くにと共にあられる言葉九十八=日本語(言霊神)でもある。上野公園さんの『神言会・大本教神諭解説』を御覧になれば、九の数理盤(国常立尊)に八十一文字の日本語があてはめられていると、実感じっかんいただけると思います。創造神の御言葉は(後天的に勉強しなければ)日本列島に住む人にしかしゃべったりいたり理解することが出来ませんが、その仕組しくみによって弥勒369の漢字をかんずれば、「弥々始まる改革の力弓尓革力」。革命です。七度目の世現地球世界は終焉をむかえ、四八音ヨハネの黙示録の内容を経て、「私は新しい天と地を見た」。仏教、キリスト教、日本神道、大本教(おおもと教)は全て連動しています。それは、根元もとかみが同じだからで、その神様をユダヤ教ではヤハウェ、イスラム教ではアラー、仏教では祇園精舎ぎおんしょうじゃの守護神たる牛頭ごず天王てんのう、日本では92とこ立尊たちのみことと申し上げます。ちなみに日本神道では、牛頭天王は素戔嗚尊すさのをのみことと同一視され、京都のさか神社が有名です。八坂神社の参道で「癲癇てんかん」によって引き起こされた大事故は、「転換てんかん」の烽火のろし。(人に内在する良心神ブログ、2012年5月13日『どこにターニング・ポイントを見るか!。テンカンのはじまるか?』)

上野公園さんのHP『神言会・大本教神諭解説』および『人に内在する良心神ブログ』を御覧いただければ、出口王仁三郎聖師の名演技を通じて、日本語に創造神の教えがめられていることをじっかん(實観)いただけると思います。

31 76 13 36 81 18 29 74 11
22 40 58 27 45 63 20 38 56
67 04 49 72 09 54 65 02 47
30 75 12 32 77 14 34 79 16
21 39 57 23 41 59 25 43 61
66 03 48 68 05 50 70 07 52
35 80 17 28 73 10 33 78 15
26 44 62 19 37 55 24 42 60
71 08 53 64 01 46 69 06 51


人が悔い改めて良心を取り戻せば、魂の中心(41のラ/良、上図の赤い数字41)は八方向(上図の隅へ、米字の八十八)にひかかがく徳川光圀(四方八方)、蛇霊なんぞ閻魔大王様にかなうはずもなし。このもんどころ(綾部から咲く九つ花)が眼に入らぬか!
『魂』という漢字かんじおとを、かんじるままにかんじてみれば〔 大本神諭、りゅうぐうおとひめ様にはおと様の漢字かんじも振られている 〕、観音かんのんの智慧により変かんして、「云鬼たましい」=「おにが云う」=「が云う」。鬼は閻魔大王の部下で、王仁三郎は国常立尊(閻魔大王)様と豊雲野尊様の部下(御台、杖)。東大寺の大仏殿を、結果的に焼いてしまった平清盛(正確には息子、平しげひら)。その平家物語で、熱病に苦しむたいらのきよもりむかえにきたものは?? 



○平家物語、淨海死去より
にゅうどうしょうこく(註、平清盛)のきたかた(註、正妻)、二位殿(註、平とき)の夢に見給ひける事こそおそろしけれ。たとえば、猛火のおびただしもえたるくるま(註、牛車)をもんうちやりいれたり。前後に立たる者のあるうまつらの様なる者もあり、或はうしの面の様なる者もりけり。車の前には、と云う文字ばかり見えたるくろがねふだをぞ立たりける。二位殿夢の心に、「あれはいずくよりぞ。」と御尋おたずねあれば、「えんちょうより平家の太政だじょうの入道殿(註、平清盛)の御迎おむかえまいりそうろう。」と申す。「さて、ふだは何という礼ぞ。」と問せ給へば、「南閻浮提金銅十六丈のしゃぶつ(註、東大寺の大仏様)やきほろぼし給へる罪によって、無間むげんそこおちたまふべきよし、閻魔の廰に御定候が、無をば書き被て、げんのばだ書れぬなり。」とぞまをしける。二位殿打驚き、汗水になりこれを人にかたりたまへば、聞く人みな身の毛よだちけり。霊佛 霊社へ、こんごん七寶を投げ、馬 鞍 鎧 冑 弓箭 太刀たち かたなに至る迄、取出し運出して祈り被けれ共、その験も無りけり。男女の君達きんだち、跡枕にさしつどひて、如何にせんとなげき悲み給へども叶べしども見えざりけり。



時子ときこ(清盛の正妻)の夢にあわれたのは、牛頭と馬頭のおにさんでした。そして鬼は地獄で罪人にけいを科して苦しめる存在。すなわち鬼が「う(責める)」のは「りょうしん呵責かしゃく」で、その良心の働きはたましいさずおや(閻魔庁の長官にして、地獄の鬼の総大将・閻魔大王)たるくにとこたちの尊〔 御言葉みこと 〕様からきています。
2000年前のナザレのイエスは「人々よ、おのれつみおこないあらためよ。主の神の御国(主神の支配)は近づいた」と宣伝しました。まっぽうとなった平成27年も、同じことがいえます。「人々よ、おのれの罪と行いを悔い改めよ。じゃへび 〕を制圧してエデンのそのに帰れ。天地てんちの御先祖様、みなもとかみすなわちうしとらの金神〔 こんじん 〕国常立尊の御帰還は近づいた。うしとらこんじん国常立尊が此世このよ閻魔えんまあらはれて、ぜんあくとをたてける最後さいごしんぱんさんぜん世界せかいたてかへたてなほし、二度目にどめあま岩戸いわとひらきがはじまるゆえに」。

かみ(示申)は、ことしめもう
 しんこうは、人は言葉をあおよ』
(神言会大本教神諭解説・序章)より



テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

大本神歌

☆『大本神歌』

(一)
しののめそらかがや天津日あまつひの、とよさかのぼかみくにめぐらすはらとつくにいくさせめがたき、かみつくりしくわしほこ千足ちたるくにたたへしは、むかしゆめりにけり。いま世界せかいくにぐには、御國みくにまさりてつはものを、うみそこにもおほぞらも、地上ちじゃう地中ちちゅうえらく、そならはしくばりつ、やがてはらすあめの、かずよりおほづちに、たれくだかれかはの、憂瀬うきせわたくにたみの、すゑふかあはれみて、明治めいじの二十五年より、つゆたまやいばにも、むかひてちをらせつつ、なおとつくにしうらいを、いましめさとさまざまと、かみ出口いつきくちびらき、らせたまへどとこやみの、こころそらあだぐもり、いそかぜききながし、いまいままでうまみみかぜごとひとごころ、アア如何いかにせんつちのゑの、うまはるなつあきけ、こころあらなみの、なかただよくるしみは、かみならぬよしも、なくすがる神のまへみなそこくぐあだぶねと、御空みそらとどろくとりふねの、しこすさびになやまされ、みなりにまどふ、すゑあはれなる。

(二)
れんごうくに味方みかたいままでは、なりつくせしくにの、惡魔邪神まがつのかみりん、モウいちりんぎはに、はたかへすとしらつゆの、そのふるまひ非義ひぎ非道ひどうは、すべての計画しぐみくるはせて、戦争いくさはじめ、ながびきわた西にしそらくろくもるゝひまく、ひと気儘きままほうだい印度いんどうみかすり、ここにもふか經綸しぐみし、つづいてうらじほ日本にほんかいわがものがほてうりょうし、卜ントン拍子びゃうしして、かみ御国みくにおびやかし、モウいき鳴戸なるとなだうずたけあらなみに、おほぶねぶねのこく、そこ藻屑もくずほろぶるも、あや高天たかまたかく、そらそびえしことたまてんすゐむすびたる、いづ殿とののぼり、ちからかぎこえかぎり、ことたまいさをしに、しことりふね いくさぶねみなぞこくぐあだふねも、みなれぞれにほろせ、かげをもめぬみじめさに、曲津まがついくさをののきて、したがつかきたを、まつうめとのおほもとに、世界せかいすくうしとらの、かみ稜威みいづたふとけれ。

(三)
あや高天たかまあらはれし、くにとこたちおほかみの、神諭みことかしこみつつしみて、いづ御魂みたまあらはれし、をしへ御親みおやかみことに、にっしんかんたたかひは、演劇しばいたとえていちばんそう日露にちろせんそうばんそうさんばんそうこのたびの、五年にわたりし世界せかいせんりうあひつちのゑの、うまとしよりほん舞臺ぶたい、いよいよしょだんあひれば、西せんはなみちと、さだめて曲津まがつかみちからかぎつくし、工夫くふうらしかみくにを、ひとのみせんときたり、あまとりふねそらひ、あづまそらくるひ、ここだんまくく。さんだんいよいよひらときさんぜんねんむかしより、くに御祖みおやえらまれし、身魂みたまあつまおほもとの、かみつかえしかみびとが、御祖みおやかみたまひたる、日本やまとごころおこし、いづ雄猛おたけたけび、いづ身魂みたまげんすゐに、みづ身魂みたまかんに、なほ御魂みたまたてし、なん猶豫いうよあらみたまばくれつだんいさく、かみいくさくしみたましき勲功いさほことたまの、あまくにさちみたまことむけやはにぎみたまたまたすけのいちじるく、とどろ御代みよまつの、四十有よそまりやついく御魂みたまことたまのやしづまりて、くにぐにあめしたをさめてここはやふる神代かみよながらの祭政一致まつりごとひらはじめてもとの、現津あきつ御神みかみたてまつる、常磐ときは御代みよたのしけれ。

(四)
カラ国のあめみなぎむらくもも、ほうえん弾雨だんうはれわたり、しゅごうるなれば、御国みくにさちなれど、かさなりし、いとのもつれのいやしげく、とくよしなき小田巻おだまきの、かへしつゝほどに、あづまそらにもつれて、退くに退ひかれぬ破目はめり、いよいよ出帥いくさときは、五十おく軍資ぐんしをば、ひととせたたつかに、えんさんせうだい惨事さんじきょまんせいれいつちくわし、のうこうしょうこくほんも、次第しだい次第におとろヘて、青菜あおなしほそのごとく、彼方あなた此方こなたためいきを、思案しあんくれかねしん退たいここきはまりて、あめはいつちし、うろたへさわぐよわむしの、カラの身魂みたまおのづから、あらはれくるあはれさよ。れど日本にほん千早ちはやふるかみまもりしときぐにくにくにうづくにかみ表面おもてれまして、御国みくにまもたまひつつ、世界せかいすくたまヘども、だまだこころゆるされぬ、ひとつのくに御空みそらより、あめひと時雨しぐれこがらしさへもくははりて、やま紅葉もみぢはも、なくりて小男鹿さをしかの、こえたつやまかみのまにまにツのの、やまふもとたつやかたあつまますがみがみの、あつめぐみにかへす、からくれなゐ楓葉もみじはの、もと姿すがたけれ。

(大正六年十二月一日・「神霊界」大正七年二月号)




○シベリヤ線(『新月の光、下』65ページ)
 『瑞能神歌』(大本神歌)〔三〕に「いよいよしょだんあひれば西せんはなみち」のシベリアせんとあるのは、アラスカ、シベリヤ、モスコー線のことで、シベリアてつどうのことではない。もうえい内閣情報局総裁もいっていた。それならば鉄路てつろとか線路せんろとかくのである。昭和十六年十二月八日からしょだんひらかれたのである。あまとりふねそらおほひ、あずまそらくるひ、ここにだんまくく」とあって、つぎに「さんだんいよいよひらとき 三千余年のむかしより、くに御祖みおやえらまれし、身魂みたまあつまおほもとの……」とあって途中とちゅう(二段目)がいてないのは、あまり悲惨ひさんだからである。(昭和十八年三月十三日午後一時乃至三時)


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テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

瑞能神歌/いろは歌(1)上

☆いろは神歌(其の一) 大正六年十一月三日

かるが(何鹿)のこほり 綾部あやべほんぐうの、四方しほうみやうち下津したつ岩根いはねうづくにたかあまはらたたえつつ、あめかみ 八百万やほよろづす神 八百万やほよろづあつまりましてかくりよと、うつつのをばろしめす、そのかみわざかむはかり、はかたまひて常夜とこよく、鳥羽玉うばたまてらさむと、伊都いづ御魂みたまれまして、天津あまつ日嗣ひつぎのうごきなく、目出度めでたき御代みよまつの、常磐ときは堅磐かきはいしずゑを、つきかためますたまを、らずにくらひとの、こころそらあだくもり、るるよしなきあはれさよ。

んどんのカラのみやこあずけたる、かなやまひめ御寶みたからは、何時いつかえすべみ、御姿みすがたさへも瑞穂みづほくにとよあしはらなかくにの、ちからけず曲津靈まがつひは、西だいこく西にしうみそこ藻屑もくずかみに、ほぞられし姿すがたなり。

やすひこ神言みことあらはれて、雲井くもゐかかむらくもを、伊吹いぶはなちて春日かすがなる、天津あまつ日影ひかげくまく、かがやわたもとの、くに稜威みいづいやたかく、鳴戸なるとうみいやふかき、かみめぐみりて、りもはざるあだなみを、おほうなばら加々呑かかのみて、おほもとひとすぢの、まことかみたまふ、くにとこたちかみを、きたさんためとせの、道有みちあ御代みよまつおほもとかみ出口でぐちかしこけれ。

ひがしみなみきたあらうみに、ふねつづきたる、しこすさびのたけとも御空みそらふるとりふねの、羽音はおと如何いかたかくとも、そらよりらすづちの、ツのみやこやきはや如何いかなるかみたけびにも、すこしもぢぬもとの、くにさちはことたまの、にカラとりの、きもかれて此方こちに、かみ稜威みいづいちじるく、かしらつちさかしまに、かみ御国みくに何時いつまでも、あだなみたぬまつと、駿河するがくに不二ふじやま気高けだ姿すがたそのままに、世界せかいうへそびゆなり。

みことあらはれて、うみ内外うちときらいなく、らす血雨ちあめかはり、かばねみてやます、クレナイのしきしまの、あかこころまとだまにさへけぬくにたまの、ひかかがやときとなり、體主靈従身魂みたまつくし、みづくになかくに下津したつ岩根いはねあらはれし、いづ御魂みたまいさをしの、天照あまて御代みよたのもしさ。

だてき、神のめぐみはいやたかき、たかあまはられまして、みだてたるうつの、ひとくさすくはむと、まことみちをたてよこの、ふたつのかみいさをしは、あま岩戸いはとひらくなる、くしいはぢから日本やまとひとびとも、かみをしへづちや、あしみちまよひたる、身魂みたまきにみちびきて、ミロクのかみまもります、常磐ときはまつかみに、かへしてぶるもとの、くにとこたちかみたふとき。

くにしこあだなみいやたけく、秋津あきつ島根しまね打寄うちよせて、くに半分なかばあらり、浪花なにはつちけがしつつ、五十鈴いそすずがはおそて、きよみやかはどろし、御国みくにたまぬすまむと、ふか奸計たくみあがたはりはんおしせて、手配てくばせるその刹那ひまに、かみかぜおこり、いかれるなみものすごく、こころくろくろふねの、浮瀬うきせしずいましめの、たちまるとしらひとの、くにすえこそあはれなりけり。

はやふる 神代かみよながらのしんこくの、千代ちよ八千代やちよゆるぎなき、天津あまつ日嗣ひつぎおほきみは、とよあしはら中津なかつくに瑞穂みづほくにおほと、あらはれましてあめした四方よもくにぐにくまもなく、ことむけやは御恵みめぐみの、つゆ御玉みたまうるほひし、日本やまと御国みくにたみくさは、あがおほきみしろしめす、おほ神業みわざにあななひて、内外うちとくにたすき、かみよさしのかんわざを、たならにいやひろに、つく日本やまとかみ

りゅうきゅう)につづくたいわん澎湖ぼうことう御国みくにとほきこのしまに、こころくば日本人やまとびととつくにたまのここかしこ、くにまがおほくして、主人あるじ留守るす間鍋まなべたき、はしらくづすカミばかり、ヤンキーモンキーさわぐとも、あめリカをふせよしなし。

ぬさりて川辺かはべいのりつつ、このどろすすがむと、明治めいじの二十五年より、すぐなるはりけず、かはわうこいのツレくも、ふな諸魚もろなくずのみぞ、かみめぐみいとながく、つりろしたるひとすぢの、まことみづたましひが、かかりたまひし益良夫ますらをの、御魂みたま男子なんし女子にょしたいこうぼうたいもうも、西せいはくぶんのう見出みいだされ、くにをさめしふるごとの、いまあたきたそらひかかがやわたるなる、かみおほはしいやふとく、かけしりのたふとけれ。

るいらんあやふきくにりて、はざりしことくにの、こくしゅくらおろされて、なつなほさむ西の、荒野あれのはて退らはれし、スラブ王家おうけあはれさは、くもなみだたねなれど、わがかみくにむかひし、支那しなもスラブもてんめいの、のがれぬみち覚悟かくごせよ、つづいてつカラのくにかみ御国みくにあだす、むくいはいまくるまりて奈落ならくおちぶれの、惡魔あくまかみあはれなる。

をに大蛇をろちおほかみよりもおそろしき、ことくにたままがわざは、ぃとみつをばふくみつつ、しりけんはちごとおほづつ小砲こづつつはものを、のこらず反古ほごかみし、しりあなまで見済みすまして、ときとき火車ひぐるまを、御国みくにそらとどろかし、かすらんと曲津まがつかみたくみはにもけれども、日本やまとくにむかしより、神の御幸みさちのつよくにひとさんるとても、神の身魂みたまとこしへに、つづ常磐ときはかみくにぞ、ことくにたますえと、さだまりしかくりよの、かみ経綸しぐみしらひとの、をはりこそあはれなりけれ。

綿わた津見つみかみ宮位みやゐしづまりし、たまよりひめあらはれて、あや高天たかまのぼし、御供みともかみかずおほく、つどましてこのたびの、神世かみよ経綸しぐみたすけむと、きんりうかいしまじまに、いまひそみてときかぜまつ神代かみよまでは、水分みくりかみひこいはほかみないふるの、あらあらしくもれのかみ一度いちどひらたつかみの、雄猛おたけいやたけく、あめつち四方よもくにぐにも、うみやまかはいきものも、ふるおののききて、まなこはなみみくちも、なにせんかたなくこえも、とどろわたすめかみの、言葉ことばたまかぎく、わたときえらまれし、日本心やまとごころ身魂みたまのみ、つぎ神代かみよ御柱みはしらと、栄誉ほまれとものこるなり。

かくりうつツのをもおしべて、天津あまつ御祖みおやおほかみの、さしたまひしそのままの、きよ神代かみよ御政みまつりに、かえさむとあづさゆみいはをほす敏心とごころの、日本心やまとごころいやかたき、矢竹やたけごころかしこくも、うしとらすめかみが、下津したつ岩根いはねあらはれて、みだれたるたださむと、つきさまねくひとすぢに、まことみちあかしつつ、いそしみたまかむながらかみ出口でぐちいさましさ。

でし守護まもり神等がみらはなたかく、雲井くもゐそらはびこりて、天津あまつ日影ひかげ御光みひかりを、つつみかくしてあしはらの、中津なかつ御国みくにくもらせつ、しもくにたみくるしみを、余所よそながめてれのの、しがくばかりにらず、月日つきひおく曲津日まがつひは、ちてあきの、はてあはれにも、けおきしたみくさの、あしふまれてどろまぶれ、どろうみかためたる、くに御祖みおやおほかみの、御袖みそですがなげくとも、かみ審判さばきあきらけく、つみかくるるスキもなき、ひとはてこそあはれなれ。

よりなき、ひとびと便たよるより、かみ御教みのりにたよりなば、斯世このよなかおそるべき、ものひとつもあらみたま、神のちからいさましく、たのしくわた和田わだはらへだとほとつくにの、はてしもらにくとても、天津あまつ日影ひかげかぎり、やすまもらせたまひつつ、みたまのふゆさちはひて、くにほまれともろともに、のこいさをし千代ちよ八千代やちよ万代よろづよまでひのもとの、御魂みたまらせ日本やまとます

がふくにいくさつよくとも、こころれていつツ、いつか勝負しょうぶはてく、ちからすでにイングリス、とどめあめリカの、フランスあと地固じかための、のぞみもつきてカイゼルの、甲斐かひなきをはをはり、かねひゃうろうてて、かたみほぞみながら、りずまにきをヘ、ものうばはんと、いのちかぎりにきたる、そのときこそはおもしろき、ここ仁義じんぎかみくにとよあしはらあしけ、ららかしいきを、ちて惡魔あくまうちたやし、世界せかいひとつにまもり、祭政一致かみよながら神政みまつりを、天地てんちともたのしまむ。

しもりのやまりしの、かみみことかしこくも、あや高天たかまのぼりまし、くに仇為あだなおに大蛇をろち天津あまつ醜女しこめ曲津靈まがつひを、つかつるぎちて、たてをちこちの、やまごとなびけ、かはごとはらひ、はらひきよめて四方よもくにくさ片葉かきはいたまですくたすけてうしとらの、すめおほかみもろともに、あま岩戸いはとをば、けてたきうまはるあめふちこまさかぎの、しこたまちもく、退やらひに退やらひてくさなぎの、こころつるぎすめかみに、そなまつりて瑞穂みづほくにみづ御魂みたまうるはしき、勲功いさおたつうまとしひつじさるなるすめかみの、ただえをとりあきそらにしきりなす紅葉もみぢはの、あかこころあらはれて、おにさへいぬあめしたをさまる御代みよこのかみの、にしへよりの勲功いさをぞと、あおひとぐさあおを、まつうめとのはなおほもと

きもも、かくれてえぬむらくもの、なかにもかみめぐみあり、ひとおに大蛇をろち地震じしん雷鳴かみなりあめも、すこしもぢぬまさびとは、をのこをみなわかく、かみまもりしひとぞかし。マサカのときつえり、ちからるはうべなひの、とくよりほかなにし。かみ御子みこなるひとは、かみまことおやし、こころかぎかぎり、つかまつりてあめつちの、ももたけびもうらやすく、しのしのぎてまつの、ひとかがみなるかみの、とどろきわたたかを、千代ちよつたえてかみくにの、くに真柱みはしらかため、勲功いさほてよ萬代よろづよに。

くにおち霊魂みたますくはむと、いづ御魂みたまおほ御神みかみみづ御魂みたまもろともに、あや高天たかまあらはれて、りうぐうやかたわたに、救世ぐせいふねうかべつつ、たせたまへどたまの、やみまよヘるひとぐさは、つくしまあらしほの、しほ八百路やほぢ八鹽路やしほぢの、なみただよいまよひつつ、おき彼方あなたくを、すくひのふねさおさして、ベどさけベどぬいの、なみのまにまにかくれつつ、うみ藻屑もくずなるなだあやふきうず近寄ちかよりて、行衛ゆくゑなみそこくにながくこそかなしけれ。

なにくやはなふゆごもり、いま春邊はるべさきにほふ。あがおほかみことたまの、わたりますたつはるたか大和やまとの、畝火うねびやままゐのぼり、四方よもくにぐにはるかし、蜻蛉あきつなめせるかもと、らせたまひしかんやまといはきみいつきたる、いとかしこき橿かしはらの、うづあら殿ふしおがみ、すめら御国みくにさちはひを、赤心まごころめていのりけり。

うそくの我身わがみこがしてやみを、てらすはかみ御心みこころぞ。神につかへしともがらは、ため人の為ならば、いへをもをもかへりみず、ひとそしりもふちこまの、みみ東風こち心地ここちして、世人よびとためつくさむと、あさゆうなに命毛いのちげの、ふでして千早ちはやふるかみ御教みのりたまふ、をしへ御親みおやいさをしは、たかあまはらあらはれて、四方よもたみくさなびけつつ、かみ出口でぐちみちびらき、ひろ斯世このよたからぞと、てんかみくにかみよろこいさたまふ、にしきはたけれ。

かしよりはなだか吉野よしのやま八幡やはたやまおくふかく、までかくされし、おとひめ殿どの御宝みたからの、在所ありかたずねてうごかぬ御代みよおほもとの、千歳ちとせまつかみが、つる殿どのぎみしたがひて、えぬざくら日本心やまとごころ大丈夫ますらをが、高天原をたちいでて、をり吉野よしのかはいちに、いちかしいもやま、吉野のかはへだつれど、まことごころへだてなき、浅野あさのとよもとまき村野むらの梅田うめだあきおか出口でぐち星田ほしだかなたにの、きよ身魂みたまは吉野川、ながれにひてのぼりゆく、みちやまぶきの、ひとはなかされて、神のおしへのかしこくも、はやかしはらつきにけり。雲井くもゐそらかみびとと、ひなにそだちししづが、深山みやまおくきて、けわしきやま辿たどりつゝ、御国みくにため赤心まごころを、つくすも神のあはせ、黄金こがねやまおくふかき、神の経綸しぐみしらくもの、はなの吉野のみづきよく、をさまるいしづゑを、かためたるつるかめすゑながく、ひらたのしみに、まつまのながまなづるくび


いろは歌(其の一)下(うゐのおくやまけふこえてあさきゆめみしゑひもせす)


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

瑞能神歌/いろは歌(1)下

シトラのかみ御言みことかしこみて、したいはもとみやの、神につかふるをしへが、をしへ御祖みおやしたがひて、としつきツのに、をきながひめまつりたる、木村きむらさとみやしゃじくながあまぞらを、いとたまはずいでしの、御供みともひとひゃくにんかぜふくまちぎて、くるまおとしづしづと、神のまへたまひ、となふる祝詞のりとこゑきよく、くにためすめかみの、あづまくにいでましを、いのたまひし赤心まごころを、神もうべなたまひけむ、みつたるゆふぞらに、神のあかしはたんちょうの、つるきたたかすぎの、うへ宿やどりてただこゑわたりつつうぶすなの、いちくう神社やしろかみもり、さしてあかしは、さかへのまつを、たまひたるかむながら、神ののいやたかき、こと証明あかしみづくきの、うつしてすめかみに、つかふるかむつかさ田中たなかおくられし、ふみかみ御宝みたからと、おほもととどめけり。

すくわしかみひかりされて、くもはてたるむらきもの、こころそらわたり、つきかがや幽世かくりよも、うつつのをもあきらけく、さとひらきしかみごころみづ御魂みたまあらはれて、くにまもかみり、斯世このよははなりなりて、めぐみにたらちねの、こころあつかみみやつるぎいづいやちこに、やまたけるれましぬ、これ身魂みたまなり。

ことたまかへり、の言霊かへる。とのはこぶねの、眞中まなかみきる御霊みたまめらくにのすがたなりの言霊を調しらぶれば、つちどろみづあふれ、うづまきめぐ御霊みたまなり。の言霊を調しらぶれば、天津あまつ御空みそらのぼき、なりあひまさぬ御霊なり。の御霊は泥水の、世界せかいひたやまえ、いやしき身魂みたまくもに、あがりてあめけがすなり。さはながひとよ、むかしことおもふなよ、御霊みたまわざわひは、いまあたれにけり。の言霊を調しらぶれば、むすびの御魂みたまにて、天津あまつ御空みそらふたはしらしずまりいま姿すがたなり
の言霊を調しらぶれば、けがれしつちきよめつつ、をさむる御霊みたまなり。つちよりれしはにやすの、かみ御霊みたまこゑなり。いつつのくにまんなかに、すめらくにすめらぎの、くにぐにたまふ。このことたまかえりみて、すめらくにかんわざを、さとりてはこぶねの、さとしのふねうつり、みづ御魂みたまかむならひ、どろただよひとを、す、神のおほみちびきて、世人よびとすくひてヒマラヤの、やまよりたかげて、かみたねり、萬代よろづよまでもひとの、すくひのかみわたる、ことたまみちたふとけれ。

おなとあの
舟こはのと
ナタサカア
ニチシキイ
ヌツスクウ
ネテセケエ
ノトソコオ

ちこちのてらかなぶつかなどうつりがねまでもつぶして、くにまもうみくがの、いくさそなへにつるは、いまのあたりせまて、りますかなやまの、ひこみことり、しもくにたみもちものも、かなものかなばち西せいやうくぎれまでも、くにまもものと、つくへてもらぬまで、せまるこそうたてけれ。

くにこぞうえひとより、しも三五わかものが、をのこをみなわかく、ぼうめしうども、戦争いくさにはときの、めぐりくるまのとほからず、とほ御神みかみつくらしし、くにまもつはものと、日本心やまとごころふりおこし、たけたけび、いづのころびをおこしつつ、うみかばみづしかばねやまかば、くさかばねおほぎみの、ためなむいたづらに、のどにはなじひとあしも、かへりみせじといやすすみ、いやせまりつつやまに、おひらしかはに、おひはらひつつあだいくさ服従まつろやはしてうらやすの、くにまもあきびとあきかみおほしまくにしろしめすめらぎの、たかめぐみにむくへかし、日本やまとしまかみ

すみししあがおほきみたかひかる、あまつぎの、ひじりあきらけく、ひろただしきおほは、みやこひなおしべて、めぐみのつゆくまく、くさかきいたるまで、たかいづあおの、とせあきすえころよつやまひめも、にしきはたりなして、景色けしきうららかに、鹿しかつまときもあれ、くにひかてるたへの、あやにしきやまざとに、くにははとあをくもの、くもはるかにかきけて、たみかひなりはひを、よみたまひてす、おほめぐみうれしみて、とほくによりちかきより、おいわかきもおしベて、かげをがくにたみの、みちきまでうごなはり、むかまつごころは、うれなみだくれなゐの、あかきもみぢのかしはの、たかいづあほぐなり。はやふるかみかずたにに、かかるためしもあらたふと、きみめぐみのあなかしこ、かしこきいでし、なきさちおほもとの、かみつかふるひろちかが、そらあほつちし、しづけきもうちわすれ、かぎかぎり、ゆきまつる。

まがつひたけすさびにおくやまの、紅葉もみぢいろひかせ、鹿しかこえかなしくて、にしきひめの、かしらしろなりあひの、やまつらなるおほやまおにはなよりふきろす、つめたきかぜおちこちの、こずゑみなりて、行方ゆくゑも知らずの、ひがしそらくるひ、くるかへりての、やまくろくもそらひ、おほもとおろせど、ふるかみむかしより、かくしたるうしとらの、かみいづ退やらはれて、あとしらくもとなりにけり。

ガレたるこのなか如何いかにせむ、まことかみおしへを、いへをもをもうちわすれ、あさゆふなにひとすじに、こころつくつくし、筑紫つくしはて東路あづまじも、いたらぬくままでに、をしさとせど、ものと、るよりほか心無こころなき、こころいやしきケダモノの、つのたてさかしまに、ちからかぎりにきたり、すくひのつなれに、なんせんかたなくばかりなり。

さとひたるははり残し、くにつくますの、こころそらつきやみくら斯世このよてらさむと、おもひをくだきつつ、とせあまりてかんながら、神の御教みのりつたへつつ、おさまるまつやまやまほととぎすれて、よぶこゑさえもやみの、ひとこころくらやまやまたけおほかみの、古巣ふるすくぐへびむかで、はちむろいくたびか、れられてなほまたはりむしろすはりつつ、そでなみだみつがはわたりあぐみしまるばし生命いのちけてわたらゑの、みやましますすめかみの、いづひらけしおほもとは、斯世このよなかおほはしと、とほちかきのわかく、まですすみしは、きよ和泉いづみすみの、かみつかえしいきがみの、まつばやしいさなり。

〔 濃 〕きうすいろかはれど紅葉もみぢの、きこえもたかたかやまみねてるたへの、あやにしきして、世人よびとためうたはれし、そのよそほひもゆめに、さむがらすさび、もと姿すがたもあらしあらしあとさびしさは、このうつかはく、かみまこと黙示しらせなり。かへりさとうきびとゆくすゑのあたり、はなはるきたたるまで、神のめぐいみにふゆもりこころつくつくし、ときはる長閑のどかなる、まつごころてよひと

らまれしひとのみめるかみは、たたかひもみもく、くるしみまよひとく、こごえたるひとき、あめあきらけくつちゆたに、ひとごとかみごころ曲津まがつひそかげし。よわひながやまひ無く、まなこすずしくかほきよく、現世うつつ幽界かくりよへだく、わたりたるなかに、のこ身魂みたまたのしけれ。

〔 照 〕るたへ綾部あやべさとおにむらは、ひとけよがたほれうが、われれさえけりゃよひくにしゅてん童子どうじのさかさまに、かみをしへかばこそ、よわいとればひとのみみに、いんねんけてさけはし、まずしきいへをばつぶす、おにだいじゃごくあくの、ほんぐうむらあはれなる。

らたうとかみ御教みのりふかくして、はかられぬあぢはひは、このひらけしはじめより、いまいたりてかはく、こころくだきつつ、あおひとぐさいつくしみ、かげおもてまもらひて、つみけがれしうつせみの、から身魂みたますくげ、かみながらのの、かみくにたてふたかみあらはれて、あま岩戸いはとをば、ひら日本にほんうめはなかをりてうぐひすの、たにけてはつはるの、まさるあはれさを、ただしらゆきひとの、けぬ霊魂みたまのあたり、ながめてしのたまの、そこひもらぬすめかみの、ふか御心みこころりて、きよまりむをまつの、たのしきときたまふ、いづ御魂みたまかしこけれ。

さとざりしまさことを、さとたかおほもとに、まゐつどひてたぐひき、神の御教みのりきくひとの、さちこそはけれ。曲津まがつたけなかに、こころたひらにやすらかに、いさみてくらまめひとの、こころおくかがみひかかがやあめつちに、つらぬとほ赤心まごころの、つぼみはなひらは、とせまつすゑながく、くちたから万代よろずよに、しにうまうまれ、かぎたましひも、さかさかえてすめかみの、みたまのふゆかかぶりて、まことさかえとよろこびは、つきともつづくなり。

みのためくにためわすれ、いへをもすてつくは、俸給てあてなにく、世人よびとあしふまれつつ、をみたるmちいそしみて、こころかぎかぎり、筑紫つくしみづ東路あづまじも、みなみきたいとく、かみおしえしきしまの、そこいあはつきかため、うはいはつきこらし、萬世よろづよいしづゑを、しなかぜふくやまいっきう神社やしろうじの、きりむらうじうづと、うまたまひしわが開祖みおや綾部あやべしんぐうつぼうちかみ出口でぐちいえり、うしとらすみきりし、くにとこたちおほかみに、ひさしきあひだたゆく、つかたまひしいさをしの、はなみのり、世人よびとためつくさるる、をしへ御祖みおやかしこけれ。

注釈〔 いっくうじんじゃ 京都府福知山市大字堀に鎭座。府社。おほ己貴なむちみことまつる。天田郡の一宮としょうせられる。この地は天正年間あけ日向守〔 明智光秀 〕の領地となり、ふくやまと稱されてより、累代の城主本社をmって鎭守とし、社殿その他の修補改築をなし、就中慶安年間入封した松平氏のすうけいふかく、社殿を再建し、社領十五石を寄進し、いで栃木氏の世となってもかわることろがなかった。社地は福知山城の南方に位し、土地高燥にして、樹木鬱葱うっそうと茂り、眺望またく、風致に富む。例祭日、十月二十一日 〕


ばりつきひかりやましろの、くらやまかがやけど、をしへおや御心みこころは、みだれたるをさめんと、おもひむらきもの、こころそらかけくもり、ほしをちこちと、やまおくつゑき、いはうちさしこもり、斯世このよみだたかがみを、ことむけやはをさめんと、しばしとねくもかさいしまくらいとく、たりともひきつれて、善言みやび美詞ことばかむごとこころこめのりたまふ、そのいさをしやちまたの、しこまが服従まつろひて、十五のつきありあけに、くらやまたちいでて、あやたかかへりごとまおまつりしたかかみあましもがみつれて、ほんぐうやましづまりつ、かみくにつくさむと、ちかいをたてたかがみの、言葉ことばしほかへし、ももとうそのあひだひとぢてたまひ、かみがみかむことを、らせたまひしかしこさよ。

しましまあらうなばらを、かみ御言みことかしこみて、めいは三十三ねんの、つきやうあさまだき上田うへだかいちゃう 出口でぐちかたへいざう きのしたの、けい太郎たらうたりひきて、あめかぜつよなみたけき、そこさえれぬうなばらを、ちひさきふねまかせ、いさすすんでいでたまふ、をしへおやしさに、なみなかばをわたころうみかみおどろきて、そらはらかぜぎ、なみしづめてうらやすく、おくたまひしたふとさよ。かみとほむかしより、りうぐうじまきこえたる、おほうなばら無人島ひとつじまなみうちよすいそに、ぶねつなしづしづと、のぼたまへばももとりの、こえかぎりになきさけび、むかまつりしときもあれ、わかうみなみに、ただよのぼあまの、かげいとうららかに、かみ姿すがたを、あめつちてらしつつ、かみ出口でぐちいでましを、うべなたまここして、神のつげわざへ、あくとおゆうぐれに、つきかしらほしみ、わうやまふもとなる、おほもとしてかへす、ぐちおやいさましさ。

きよきんりうかいしまじまは、いづくにひながたと、いわさだめてきづきたり。いづくにもとは、また世界せかいひながたぞ。かむやまといはきみ大和やまとなる、おかのぼましあきなめせるくにと、のらたまふもことはりや。わがきゅうしゅうに、ほくかいどうほくべいに、たいわんとうなんべいに、こくしまごうしゅうに、わがほんしゅうひろくして、おうたいりくそのままの、地形ちけいむるもはやふるかみふるむかしより、ふか神誓ちかひいますなり。とよあしはらなかくにあきわけかみくには、世界せかいぶるかむわざを、かみながらにそなへたる、うづくにうまくにくにたたなはる、あおがきやまかこまれし、あやにしきもとみやに、斯世このよぶるすめかみの、たかくにかがやわたはなの、さくこのときことたまの、るやこのときかしこくも、すめおほかみ御教みをしへを、あらはしまつおほもとの、したいはあつまれる、こころやさしきかみ

しきしま大和やまとしまいしずゑと、かみえらみしますの、きよ身魂みたま駿するなる、やまみやはしらふとしりたてしづまりしこのはなさくるびひめがみの、ことままたにに、あまかけようぼうみづ御魂みたまかみしろを、めいは三十一ねんの、ゆきまだのこきさらぎの、とおおくふかき、たかくまやまゆきて、かみのりつたへ、神のはしらたてよこの、にしきはたらさむと、こころづくしのかみの、をしへありあけの、つきあひあななる、みやかたへみやがいしづふせかへく、神の経綸しぐみくしびなれ。

らまれしかみはしらし、はやとせすぎぬれど、神のよさしのかんわざの、よろづなかひとつさえ、ざるくるしさに、くだくるむらきもの、心のそらつきやみそでなみだはれなく、くにつくごころを、くもつげほととぎすたまこゑまつやま姿すがたかくしてわたるなり。

かたあまそらつきは、昔も今もかはらねど、かははてたる現世うつしよの、ひとこころかなしみて、もやらずただひとかはさまよひつ、つきちかひをかけまくも、かしこかみくにをば、もとかみかへさんと、おとごころひとすじに、おもベてゆくみづの、ながれにしづつきかげは、なみくだけてなくも、としも十五のあさが、くにおもごころの、きこそあはれなれ。

ととすゑうちのりあやまたず、くにためわすれ、いへを忘れてかむながらかみおほ辿たどりつつ、みちいそしみて、身魂みたまれに、たて調しらかみくにの、はしらつくますの、みちたてよこあひならばしてあしはらの、しこあだくさなぎはらひ、はらきよめてくにつくり、あがおほきみたてまつる、いづ御魂みたまかみごとを、つつしかしこいやとほに、いやひろらかにつたく、こころきよがはの、みづ御魂みたまあらはれて、びとすくはしらの、ほまれはながなり

まりくにみだれををさめむと、くにおもますが、はたまつの、こころひとつにおほ日本やまとくにしづめとこのはなの、さくひめはたらきは、うごきなき、ふか經綸しぐみ駿するわんよりたかひさかたの、あまおやの、かがやかし、かみとくかりの、みだはてたるさしに、しきまよへるみたからを、彼方かなたきしわたさむと、いとこころおほもとの、をしへつくごころは、あめふとたまの、かみ御魂みたまさちなり。ながゑしたなものは、おほひめさちはひ、びと生命いのちいやながに、まもらせたまとようけの、ふかめぐみうみやまみやおくふかき、かみ經綸しぐみひとはしらいつとものをいつたまみづたまきよくして、くものぼいざの、つきくまわたり、あけからすいさましく、あまそらかみの、かがやわたの、しづまいまたかくらかぎく、てりとほらすあめしたくにぐにたひらけく、をさまとよさかの、みづくにたふとけれ。

みきりしくにとこたちおほかみの、ことかしこみつつしみて、めい廿ねんより、ひとこころつかえたる、をしへおやをしへに、まつろひつくまなひとが、かげよりおもかけまくも、かしこきかみつくらしし、くにけがれきよめむと、とせあまりてことたまの、まなびにこころくだきつつ、玉濁凝濁渦卷清水起おく降文向やま差別吹けふ胞衣發えて空水割あさ搦回きゃうみやこ九重ここのへの、はなはるまつに、まりいく御魂みたまそろえてくにぐにを、すすめむと、つく日本やまとごころは、ひとつになりきんりうの、いくしまじまかむやしろなかにもけておほしまあめいはいただきに、はしらいやたかく、うめかをりのかむばしく、まつばやしいやしげく、あき紅葉もみぢにしきり、すみわたりたるいざの、つきこころてらしつつ、たましづ大祭典まつりごとあきみのりたる、あきつかや、やまうみかはくさぐさの、たてまつひたすらに、いくいはひつつ、くもこときよく、あめますかみくにかみよろづかみたちも、あつましてにぎはしくまつえしいさをしは、おほもとまつろひし、きよ身魂みたまたゆく、みちつくせしむくひぞと、つたへてかんばしく、さくはなはるそらさかえもいやひろく、ほまれたつみやむねようもんのキラキラと、つきりててるたへの、綾部あやべにしきかざを、まつながつるくびかめよはひよろづの、かためのもとのをの、にいみやくもたついづがきつまごみに、がきつくがきを、みづくになかくにの、すめらみことおほいづとどろくもごとそのきよすみわたり、あめつちひびきけり。

(きょう)なにとうきょう駿するまとに、はしらまくばりて、あまいはを、ひらときまつの、くにとこたちすめかみは、ふるかみはじより、すみきりしてかくりと、うつつのくに身魂みたまをば、つばらかとり調しらベ、あまおやおほかみに、まをたまひてかしこくも、かみつくらむと、おもひむねとせの、あふれてここかみばしら出口でぐち開祖みおやからたまに、しづまりましよろづの、くにかためのかみことを、あるひくちあるに、うつしてびとみちびきつ、まがつどえるおほやまおに大蛇をろちことけて、みみわかてる身魂みたまをば、はなけてやすらけき、ときまつやまほととぎすかれて、さけたまふぞたふとけれ。

(大正六年一月三日)

テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

瑞能神歌/いろは歌(2)

○「いろは歌(瑞能神歌 その二)」 明治三十六年九月十日 小松林命 作
〔 いろは歌(その二)は、「神霊界」大正六年十一月号に「裏の神諭」の表題として発表された。のち小訂正され『王仁文庫』第三篇「瑞能神歌」(大正十年)に「大本神歌」(大正六年)、「いろは歌(その一)」と共に収録された。成立年度から計算すると、最も古い「いろは歌」である。 〕

まは斯世このよの、おちぶれものよ。人にわらはれ、しられて、まことみち辿たどりつつ、すゑにゃくわうの、たまる。

露国ろこくばかりりかまでが、すゑ日本にほん企畫たくみかね便利べんりまかせつつ。

やくしゃうめないことにゃ、まくらたかやすめない、しんせいじゃうじゅるまで。

西にし )にきたには西まえうしろてきひかえ、ほううみなるほんこく

くそわらいを、しつつきし、かみをしへのあらはれて、いまじゃあたまあががらない。

んべんだらりと、だんぱんばし、ふかたくみをするこくたいへいやうのまんなかに。

く をもらうもおととすのも、こころだいおほもとぞ。あまいはびららき。

しん〔 しん 〕 かみなりあめらし、ひとこころいましめる、天地てんちかみおん經綸しぐみ

理屈りくつ )ばかりを、エラソウうて、はらまこといものは、いまかいはやもの

くいふところやつひげやし、かみほとけるものか、かねかみぢゃとどじょうなまずいっすんさきどろみ。

すぢゃぢゃと、ても、おくしゅじんくせに。かどたちどまり、あんをしてれば、うそつくこのいへに、かみといふことか。

をに) もぢゅうはちばんちゃばなときぎたらわぬ。かいたてかへあるまでに、身魂みたまみがいてくがい、あとかいしんはぬ。

しはぜんおかやまそだち、こめらぬ。綾部あやべうままれたひとでさえ、おほもとらぬ。とうだいもとしんやみ

へせもどせとあふぎげて、まねくはくまがひうらいち斯世このよたんとて、べどまねけどしらなみの、おきのどくでもこのたびの、かいやしゃせぬ。もんこんじんかぎり、れたしゅごうじんはやこころなほし、へんじょう男子なんししたがいて、今度こんどやくつがい。

げんどころかかくげんばかり、いちいちりんちがやせぬ。まことこころくなれば、ヒヤリヒヤリあせる。何程なんぼじゃけん身魂みたまでも、かいしんせずにはられない。すめらおほかみおんさと

すけたまわれかいひとに、なるつみりとても、やみごとじんみんの、かはりとてんわびびして、あさゆふなにかはりなく、ぐちねんは、かいためくにため

れんきょうでもでも、今度こんどことにはわぬ。もくぎょをどれだけたたいても、太鼓たいこをドンドンなぐっても、みょうけん坊主ぼうずにちれんの、ちょっとてこにはかねねる。斯世このよたてかへは、かっままかみがみや、なまぐさ坊主ぼうずねんき。

そん )じゃとくじゃとそろばんばかり。そんなかにもとくがある。とくおもへばそんとなる。かくこのじんみんの、あんばかりできはせぬ。ばんばんたんしんかいの、をしへまもくなれば、えぬとこからかみがぬが、しゅごうなされてなにごとも、キチン キチンげらるる。あんふうりはせぬ。こころみがいてをしへに、なびけよなびけよかみ

つるぎ )のやまのぼるとも、ひろあらうみわたり、そこくづなるとても、ナドヤいとわんしきしまの、にっぽんだんひきれて、たんくにじんとうしましまひらかんと、かみことかしこみて、いさすすんでいでく、ぐちかみしさよ。めい三十三ねんの、七がつあさまだきひとつの神祠ほこらたてめて、となふるのりこえきよく、おききこゆるなみも、かみこえしのばるる。あづまそらあかねす、しきはいしつつ、かみをしへへて、おほもとさしてかへらるる、ぐちおやいさましさ。

らうえうしょしまがるかんかいきょうそのつぎに、まひづるぐんこうきしの、あいだぐんけて、せいえうがいとり調しらべ、またえちぜんつるより、はりはんいたるまで、はなちてたんさくし、いっきょくにせて、すべてのかつどうちゅうだんし、日本にほんせんりょうするたくみ。ゆめでもてるかこくじん日本やまとくにしきしまの、かみ身魂みたまらないか。わにうなるくちけて、ただひとみとおもうても、日本にほん男子だんしたましひは、むねつまりてめないぞ。きももどりもらないぞ。綾部あやべにしきおほもとの、ほうみやうちごとおぼえがるなれば、しまおきまでよれ。こうてつかんせんていも、たんうみぐさに、いっさうのこらずしづめ、日本にほんへいちゅうゆうと、ぐちかみとくで、うしとらおほかみあらわれて、さんぜんかいたてなおす、かどまつかくせよ。

りてあまりたる駿するなる、たかしんれいが、まさときあらはれて、さんぜんかいわたり、のぼたつまきすさまじく、みなとせし、とつくにぶねのこりなく、しづやしてあしはらの、なかくにしづめます、かみこのはなさくひめかみいさをたふとけれ。

らんぼうきはまる畜生けものくによく眼光まなこくもらせて、わがかみくにほふらんと、ごろたくみしぐんりゃくは、りょじゅんだいれんかんこくに、計畫しぐみはずれて鹿む。せきたんひょうろうぐんまで、ようしてりょじゅんに。いまに日本がもろてやる。そのへんれいほんたういちきれあじせてやろ。かくされよスラブども。

かしのかみまれし、いと便利べんりまいり、じょうでんはたらきで、さんぜんかいちかよせる、こうつうかんかんして、せんまんゆめに。これむかしかみから、神のくしみたましきちからたまものぞ。うしとらこんじんあらはれて、かいひとつにたまふ、てんせつたものを、わけわかからぬじんみんが、じんがくはたらきと、かいしてあはれさよ。

うそ )でかためてとくしんさせて、あとでペロリしたす。いまかいひとびとは、うへからしたまでそのとほり、いちまことのものはい、これものなかぞ。

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)のたじゃかかり、きよ姿すがたつつめども、くも退けばもとかみながらのかみやまだか姿すがたかいいち日本魂やまとだましひそのとほり、こころかかれるを、のぞけばぐにひかす、もとてんわけたまたまみがけよひとびとよ。かみまことをしへを、かしこみつつしみごころに、ちかひてかたまもし。

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めになりともセメテいち綾部あやべたかおほもとの、りうぐうやかたたい。うて靈魂みたまどろまぶれ。うしたらあかちるやら。ちかくくながらめる、けうを一度はいしたさ。

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せんやまたてこももり、このどろきよめんと、三十四ねんきくつきやかたたちいでて、いづたかきこのやまに、いのたまいしわがけうしゅせいてんつうじけん、十五のつきありあけに、たふとやしんれいあらわれて、ゆくきのことどもを、いとねんごろにたまひ、をしへおやこころは、はるゆきめぬ。されどもたかかみやまだちしげたにふかく、くもきりとじめて、つきためひかせ、とこやみごとくなり。

しんとくたかかみやまひらけてここに千四百、四十ねんりぬれど、にょにんきんせいかみやまいまけがれしこともなく、つどひのとして、きよれいなりひびく。なみおとたかきしほの、しましまもろともに、かみ姿すがたへぬなり。かみままかみくにみづくにまもらんと、しましまかみがみは、せんやまかみつどひ、きよけきかはみづに、かいきよひとびとを、やすきにすくたすけんと、あめいはおしひらき、かきけて、をしへおやとほし、くちとほしてこまやかに、さとさせたまうぞたふとけれ。

耀ようえいぐわくららしてたが、むくひはたちままるはだらくしたあとぬからうなんばかりのじゅつなぎ。まことための苦労なら、かみたすけなにごとも、すゑしほれぬはなき、まんまつだいのこし、斯世このよかみあふがれん。つとめよつとめひとびとよ。まことみちかへて、まつこころはげし。

ろいかいただひとはしらこれまことかみといふ、斯世このよつくりてばんるいを、そだてんためじつげつを、まもりのかみかんさだめ、かみなるたみぐさを、やしなたまありがたさ。

もちよろづかみがみが、もんかみしたがひて、さんぜんかいれに、もちもちまもります。やまにはやまかみまし、かわにはかはかみまし、くさくさかみまし、うみにはうみかみゐます。おほきんかつかねかみかい守護まもりがみりくうみとのりうぐうの、乙姫 〕どのはこのみぎり、あやたかあらはれて、かみとひっそうて、斯世このよしゅごうかはりたり。てんかへりてに、るとのをしへこのことぞ。たふとかみかな。

まいこころはなたかさんが、たかあまはらまゐり、ぐちふでさきを、いたらさぞこまるべし。こころあはことばかり、みつとうひゃくにちに、かみ經綸しぐみわかりゃせぬ。だれしもおぼゆゑに、ちょっとやうくなれば、あさがくしゃむねうちいちからひゃくまでわたる、へんじゃうなんおんたまぐちかかれたる、かいたからをしへが、こころあたりてみみいたく、きけほどはらち、からビリビリふるし、ぶんしくてモヂモヂと、しまひにゃげてにとなる。まなこくちとのあひる、はならずにたかり、れがじゃしてあしもとが、えないゆえどぶつぼへ、ちてなんじふするまでは、ここのをしへかれない。すこしのがくじゃになり、くつばかりにかたまりて、ねんはれなく、こころとりこしらううままれあかるまでに、たかはなめが邪魔をして、まことをしへかきをする、なさけないのはひとごころ

でに惡魔あくまとりひしがれて、あやふいところさしぞへの、まことこころにめられて、すてあんあともどり、ようふくいでくつてて、かはカバンなげてて、むかしかみひととなり、つらつらめぐらせば、ぐちらせの、とほりにけがれたかいぢゃと、かたこころなほし、たあひとすじかみみちこころいさひらき、はなはるおもひ、んなけっこうまたに、さんぜんかいろうかと、はじめてさとりしおほもとに、おほきなしりすゑながく、あやたかねこ(※1)オットどっこいかみさまの、はげしきとくらされて、こころそこごもくたを、はくじゃうしたがなさい、これぐちさぶらう

(明治卅六年九月十日)




・いちぶととのたたかいで、さんぜんかいたてなほす、ぐちしさは、日本にほんくにいしづゑぞ。
・ろんよりしょう見てれ、いまかいたちなほる。ぐちかみとくで、へんぜう男子なんしあらはれて。
・はやくはやくとつのはかみあく斯世このよたてかへて、ひとびといさくらを、へんぜう男子なんしとくで。
(「神霊界」大正六年十一月号)



(※1)「猫となる」
○出口王仁三郎著「ねこおう」(玉鏡、昭和8/6)
 ねこおうであるから、いへねこうておくとあくない。猫をいてておれば、おそわれるようなことい。



テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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