スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『大本神諭』 大正7年旧正月12日(壱)

○大正7年旧正月12日(天の巻)

 さんぜん世界せかい一度いちどひらうめはなうしとらこんじん守護しゅごになりたぞよと、明治めいぢ二十五年からぐちなおり、くちりてらしたことの、實地じっちあらはれる時節じせつちかりてたぞよ。いままでの世はわるがみ覇張はばる世で、なにごとすっぽふかたで、此世このよみだして来たが、モウこれからはむかしもといきがみあらはれて、三千世界を守護かまうやうに時節じせつまゐりたから、おもひのちが守護しゅごじんじんみん大多數たっぴつ出来できるぞよ。今度こんどたてかへへ、あまいわびらは、あく身魂みたま毛筋けすじよこはばでもまじりてありたらじょうじゅいたさぬたいもうな、まつだい一度いちどよりられんしんかい経綸しぐみであるから、ここまでわるがみ覇張はばりくらがりきっすゐすいしょううなあきらかな、何時いつまでもかはらぬかみいたさねばらぬから、神もなかなかほねれることるぞよ。

 むかし様のきっすゐの、何時いつになりてもかはらぬそのまま秘密ひみつ経綸しぐみかたまりで、末代〔 まつだいうごかんいはまつ仕組しぐみどのかみにもわからぬやうてあるぜんひとつのまことみちであるから、途中とちゅう精神こころかはるやうな身魂みたまでは出來できも致さず、わかりもせぬぞよ。もとこしらへて、世界せかいぢういっさいことなにひとらんとこと身魂みたまでないと、今度のたてかへは、世界をこしらへるよりも、どれほどほねれるかれんぞよ。かぎしのつぶされぬまつだい経綸しぐみたてかへたてなほしとふことは、ここまでわるがみ覇張はばりて、モとつ日本の国を奸賢わるがしこうじんみんをいたして、わるがみちからつよくして、ぜんしんみちてさせぬうにわるがみ体主霊従主義あくばかりつらぬく、仕組しぐみいたしてるから、日本の人民は余程よほどたまみがいて、日本魂やまとだましひもともどしてひかりしてかねば、まんまつだい 日本は外国〔 がいこく 〕の自由じゆうにしられてしまふぞよ。

 むかしから露国ろこくあががりてりたわるがみ頭目かしらが、モひとむかうのくに獨逸ドイツ 〕へわたりて、じんみんかしら〔 註:だいとうりょうだいとうりょう 〕を自由自在に、れのおもわくどおりにあくはたらき、世界中のだいこんなんかまはず、何處どこまでもれてれてれまわして世界せかいくるしめ、露国ろこくを自由に致してれのしたけて、今に日本にほんめて経綸しぐみいたしてるが、そんなことにビクつくうな日本の守護神、人民でありたら、日本はたうていつづきは致さんぞよ。これから神がかげから手伝ふて日本の軍隊いくさしんりきつけけてるから、今度はだいじょうであれども、むこふのくに同士どうし戦争いくさたうていかなはんともうして、加減かげんことなかなほりを致して、ひとはらって、今度は日本へおしつめるから(※1)、日本の守護神しゅごじんも人民もはらおびめてかからな、万古末代とりかへしの出来できことになるぞよとまをして、明治めいぢ二十五年から出口でぐちなおりてらしていた事の實地じっちせまりてたぞよ。がいこく〔 害国 〕はあくつよいから、ドコまで執念深しつこもくてきまでとほすなれど、りんとこまでおりに、さんぜんねんかみ経綸しぐみおくして、外国をおうじょういたさすのでるから、日本は大丈夫であれども、罪穢めぐりふかところには罪穢めぐりしゃくせんるから、いまうちに改心〔 かいしん 〕をいたさんと、日本にほんにもきびしきいましめ天地てんちからるぞよ。霊主体従〔 もと 〕のかたで末代〔 まつだい 〕のつか、体主霊従〔 から 〕のまつだいつづ、今度はぜんあくとの力量ちからくらべであるから、ちたほうへ末代したがうてねばならんぞよ。それでしんかいは、ここまでりにりたのでるぞよ。

 このさきぜんひとつのまことみちたてかねば、斯世このよ安住おいもらえんやうにきびしくるから、ここまでながらくかしたのでるぞよ。ぜんあくとの境界さかひおほたうげであるから、ここまでじゅうぶん〔 練 〕らねば、あくしゃうらいけんから、いまいままでりたのであるが、チットははらりてたまるであらう。ここまで言ひ聞かしてもわからんうな身魂みたまは、てい覚悟かくごをいたさんと、これまでのやうな心〔 精神こころ 〕でりたならた天地をけがしてしまふから、ぜん心底しんからしたが身魂みたまいと、いままでうなこころじんみんりたらそうぞこないになりて、モひとおくれるから、うしとらこんじんたすけてこと出来できず、てんさんたいおほがみさままおしわけいやうな事に成りて来るから、やむどくでもモウ経綸しぐみどほりにいたすぞよ。たてかへだんだん近寄ちかよりたから、これまでのうなことにはかんから、いちばちことむこふのくにあくかしらいてせてくがいぞよ。いま日本にほんばんとうのフナフナごしでは、てもこわがりて、コンナこといてせてるだけの度胸どきょうりは致すまいなれど、かみもうすやうに致したら、ちがいはいぞよ。いちばんとう守護しゅごじんが改心〔 かいしん 〕が出来たら、にくたいどうわるなれど、たうていむついから、今にばんとうかへしまふぞよ。モウあくかしら ねんきであるから、わるかしらからとりはらひに致すぞよ。なにごと時節じせつが一度に参りて来て、世界中の困難がとうらいするとことが、毎度まいどもうして知らした事が、実地になりて、一度いちどひらうめはなおいおいわからなんだことありやかわかりてて、キリキリまひをいたさならん、ねむられんうな事に成るともうしていたが、一度ふでさきした事はみなるぞよ。ねんしてくぞよ。ねんねんして、クドイとはれてもねんしてるから、モウこれからは神界かみ事情ことわかやうに、一度に成りて来るから、まこといと、このさきまことひとつの善の道がこしらえてるから、一日もはやく善の道にたちかへ日本魂やまとだましひなほしてくだされよ。あくよはひみじかいから、體主靈從身魂みたまたいへんくるしむことが出来るから、明治二十五年からおこられるほどまをしてりたぞよ。日本にほんの人民〔 じんみん 〕はをとこをんなはらおびしっかしめかからんと、いったんこばれんうなこんざつになるぞよ。

 明治二十五年からくどいとまをしておこられもって、今にたてかへふでさきかかしてるぞよ。何時いつまでもおなことあひだあひだこまごまわかやう抜目ぬけめやうらしたなれど、ソンナことるものかともうして、いまうたがふてじんみんばかり、實地じっちかほをしてこしけてあしたず、あごはづれてあしうえあたまたにりて、ソコラじゅうをヌタクラナらんことるぞよ とらしてるが、モウちこうなりてたぞよ。あくのぼるのははやいなれど、くだるのもまたはやいぞよ。善のわかるのは手間てまるなれど、善の道のひらけたのは万古末代のさかえであるから、ここまでびらけにひらけた世界せかいこんぽんからたてかへいたして、このさき体主霊従主義あくといふやうみぐるしきうに致すのでるから、これほどたいもうことまつだい一度いちどほかられんのであるから、神もなかなか骨が折れるぞよ。これほど世界中がくもりてなかを、世界中をすゐしゃうに致すのであるから、ほねれるのもあたりまへであるぞよ。ごくあくたてかへしまふて、末代ぜつうに、おほかみさますじひとつのたてなほしをいたさねば、世界せかいぜつえんから、人民のこころるなるばかり、何時いつになりてもくにばかりで、をさまりはいたさんぞよ。

 日本にほん92もと霊主体従ひのもと〔 靈の元/日の元 〕であるから、外国〔 がいこく 〕のたまことらんようたてけてりたので、まことおだやかにりたなれど、さかさまかへりていま日本にほんありさまであるぞよ。さっぱりうへしたかへりてしまふて、日本のしんこくあしわたりてて、うへからしたまでのみぐるしさとふものは、天地てんちまことの神からはけて見る事が出来できんぞよ。斯世このよけっこうまをしておほきな取〔 ちがいをりて、いとことわるいと云ふ事も、よしあしわからんぐるしきあしうえあがりて、たいしょうなどとはすさまじきことなれど、いったんると申す事は、地球せかいこしらへおりからわかりてるので、日本の国にはほか身魂みたまではもせず、わかりもいたさんぞよ。いちりん みずみづ 〕( ことたま )の経綸しぐみがいたしてりてさきいてるから、ここまでにつらことこばつめられたのでるぞよ。
 今度こんどの二度目のたてかへは、智慧ちゑでもがくでも機械きかいでも、世界中のおほたたかひには手柄てがらは出来んぞよ。何程なんぼあくかしらでも到底とてもこれからのいままでやりかたではかんとこといて、あやおほもといまうちねがひに守護神しゅごじんでありたら、ぜんひとつのみちのりかへさして、末代〔 まつだい 〕のかまはして、毛筋けすぢよこはばあくしょうらいまじりのい結構な神代かみよたすけてるから、早迅はやく改心〔 かいしん 〕なされよ。何程なんぼりてても時節じせつには叶〔 かな 〕はんぞよ。

 ぜんひとすじきっすゐもとの御血筋〔 すじ 〕で、末代の世を結構けっこう仕組しくみわかる世がまゐりてたから、ここまでにらしてもいまってうたがふてる守護神や人民ばかりで、かあいそうなものなれど、モウかみからは人民にらせやういから、何時いつまでも邪魔じゃまを致すごくあくかしらからたひらげるとことを、ながらく筆先でらしてとほりに、時節がせまりてるぞよ。あま何時いつまでもたかあがりをると、時分じぶんぎたいろはなしほれるごとく、今日けふにもひらかやるぞよ。今のうちにほっこんからの改心がいっとうであるぞよ。うたがふてりてなにごとしゅったいしても、神はモウらんぞよ。
 あくみたまひきいてもと日本魂やまとだましひみたまいれかへてやるとまをして、ここまでにらしてるなれど、あまむこふの霊魂みたましぶとうてはんから、日本の霊魂みたまむかふのるシブトイしゃうらい成切なりきりてるから、かしたくらゐうなやさしい霊魂みたまりはせんぞよ。今の日本のじんみんは、外国〔 がいこく 〕のかたえるのであるから、何程なんぼきかかしても聞きはせぬぞよ。こまったものであるぞよ。外国ほどくにいとこころじょうろしてしまふてるから、何程實地じっちの事を言ひ聞してもさかさまばかりにるから、たすけてやりやうが無いぞよ。これもモチトさきりたらおほきな取違〔 とりちがひ 〕をいたしてりたとことが、うへへあがりていてりた人民に自然的ぬしがでわかりてるぞよ。今迄の様に自分われしのやりかたは、トントン拍子びょうしにはかぬうになるぞよ。

 日本の人民しっかいたさんといまたいへんことになりて来るから、吾妻あずまくにあぶないともうして、彼方あちら此方こちらへとうろたへまはしてところまよふぞよ。守護しゅごいたす安全なところは、綾部あやべおほもとよりほかには無いぞよ。綾部はさんぜんねんあまりてむかしからのかみ経綸しぐみいたしてる結構なところであるから、おほもとおしへいてる人民は、余程よほどシッカリいたしてらんと、油断ゆだんりたらかんじん経綸しぐみ他国よそからりにるぞよ。何程なんぼらうといたしても、神がとらしは致さんなれど、ものごとおくれるだけ世界のこんなんながびくから、じゅうぶん覚悟かくごをいたして、正勝まさかとき御用ごようつとめてくだされよ。三千世界のかがみおほもとであるぞよ。今の人民はかみがいつまでふてかしても、ひとおどくらゐにほからんから、一度にバタツイてもはんぞよ。にはかのしんじんやくたぬから、つねに信心〔 しんじん 〕いたせとまをしてらしてるぞよ。世界にこわことだしたともうしてこんで来ても、おほたうげまっさいちゅうりたなら、何程なんぼ力量ちからかみでも、ソンナ事にはかかかりてはれんやうにせわしくるから、つねに信心〔 しんじん 〕をいたせとまをして、ここまでにけてあるぞよ。
 ぜんかたあくかたとを末代いてのこ綾部あやべおほもとであるから。へんじゃう男子なんし身魂みたま出口でぐちなおいたふでさきを、坤〔 ひつじさる 〕のこんじんへんじゃう女子にょしあらはれていてきかして、守護神しゅごじんじんみんに改心をいたさす御役おやくであるから、世界の人民よ、筆先〔 ふでさき 〕のことききたくば綾部あやべおほもとまゐこまごまかしてもらふたら、世界の事がこころ相応しだいわかりて来て、世界になにごとありてもおどろきは致さんうになるぞよ。

 むこふのくにごくあくがみかしらが、日本にほんの人民〔 じんみん 〕を一人ひとりいやうにいた仕組しぐみるなれど、日本にもこんぽんからうごかぬ経綸しぐみいたしてるから、くにちいさいしじんみん〔 神民 〕もすくないなれど、しょっぱつから「いちりんと九りんとのおほたたかひでる」ともうして、何時いつまでもおなじやうなことかかしてとほり、くちはしてことがドチラの国にもあるから、しんりきがくりきとのちからくらべのおほたたかひであるから、けたほうしたがはねばらんとまをして筆先にしてとほり、實地じっち出現なりるから、このさきで神が不許ならんまをこといたしたり、われいちりきらうとおもふても、さっぱりかはりてしまふから、これまでのことはチットももちゐられんぞよとたびたびけてるのに、かずにわれりたら彼方あちらはず此方こちらはずれて、ひとつも思ふ様にはかんぞよ。素直すなほにさえいたせば、何事も思ふやうに、はこしたやうくのがかみ政治せいじであるぞよ。今の人民はあまが強いから、これまでは神の申す事も聞かずに、守護神しゅごじん自由じゆういちりきおもわくけたのは、うえまことたいしょうまをかりたから、ほうの守護神が、むこふのくにたいしょうやうぢからりたなら、何処どこまでもげてもらえる邪神〔 じゃしんりてりたから、わること仕放題しほうだいわるがみの自由でりたなれど、モウ時節じせつめぐりてたから、その時節の事を致さなちて行かんぞよ。
 今迄は物質ぶつじ〔 仏事 〕のでありたから、がくここまではびこりて、がくりきでドンナことでも九分九厘まではじょうじゅいたしたなれど、モウおうじょういたさならんうにりてたぞよ。ここるまでにあくの守護神を改心〔 かいしん 〕さしてたすけてりたいと思うて、明治二十五年からふかいんねんのある出口でぐちなほ身魂みたまらさしたのであるなれど、われほどえらいものはきやうにおもふて、チットモ改心の出来できつみびとばかり、神もこれには往生いたさな仕様しやうが無いぞよ。現世このよおにたひらげて、世界のあんしんいたさすぞよとことが、しょっぱつに筆先にかかしてるが、世界のおほせんたくをいたして、もとすいしょう身魂みたまやら天地てんちおほがみぢきぢきすじ〔 御霊統 〕のに致して、てんますさんたいおほがみさま御眼おめかけねばらぬ御役おやくであるぞよ。いでいでとまつちてりたら、まつはじまりの時節じせつまゐりてたなれど、かんじんあくしゃうらいの改心をいたしてもらはんと、何時いつまでもがんるやうな事では、は水晶にならんから、ドウシテもかねばくやうにいたすより仕様しやういぞよ。くににはえられんから、このさき規則きそくどほりにせいばい〔 成敗 〕をいたさねば、御三體の大神様まをしわけがないから、二度目のたてかへをいたしたら、あくの性来は微塵みじんうにあらかへをして、いわまつうごかぬにいたすあやおほもとは、世界のおほもとたっとところであるから、あま何時いつまでもうたがうてると、天地の大神様へおおきなれいとなるから、いま一度いちど気をけておくから、素直すなほいたすがとくであるぞよ。




(※1)
出口王仁三郎氏に挙国更生を聞く(二)
鴛海「アジアれんめい──アジアモンロー主義──はそう主張せんでもいいものでしょうか」
聖師「そんなことはせんでもよい。アジア人のアジアになってしまう」
鈴木「リットン報告書が連盟理事会で受け入れられれば戦争がゆうはつされるものでしょうか」
聖師「そんなものはどうでもよいがな。さいようされても、せんでも、どうでもよいじゃないか。リットン報告書を採用したらおもしろくなるよ。世界の国が日本にめてる。さうすると日本がはちまきして気張きばるからな。かく、神代から神の経綸しくみさだまっているのだ。日本がおさめてやらねばいかんという事はさだまっている。ワシはあんな事なんかがんちゅうにおいておらん。世界中、めかけてるとふでさきいてある。攻めかけて来んというと経綸しぐみが出来ん。何もかも一時いっときだ。神様はチョロくさい事は嫌いだからな」
岩田「ようするにはらをきめるだけでございますね。後は問題にならん訳ですね」
聖師「それが一番大事だいじだね。反宗教の時にも『おほもとはどう考えているか』と聞いた人がいた。ワシは『どうでもよい、問題にしておらん」とった。『けい〔 左翼運動、共産主義 〕はどうか』──左傾でも酒でも何でもよい。あれは酒に酔って人に小便をかけるじゃないか。真理じゃないとってかん。真理しんりが勝利をるに決まっている」


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

『大本神諭』 大正7年旧正月12日(弐)

○大正7年旧正月12日(火の巻)

 至仁至愛神(みろくさま)の御出ましに成る時節が参りたぞよ。天ではミロク様なり、地の世界は大国常立尊が守護(かまは)ねば、立ちては行かぬこの世であるぞよ。根本(もと)の天の御先祖様を、口で崇めて心の中(うち)では、「この世になくても宣(い)い」と云ふやうに成りてしまうて居りた故に、地の先祖を押込ねばならぬやうに成りたのであるぞよ。地の先祖の大国常立尊は、神力が有り過ぎて、邪神(じゃがみ)の手には合はんから、邪神の精神が皆一致して、瑞霊大神(みろくさま)への御願を致して、此方を艮(うしとら)へ押込めて、「サア是で安心(らく)じや」と申して、皆の悪神が喜びて、この世を自由に致して茲までに乱したのであるぞよ。筆先に書いては速いやうなれど、永い間の事実(こと)であるぞよ。概略(あらまし)の事は初発(しょっぱな)に書かしてあるなれど、一度には書けんから、「間々に細々の事を書かせる」と申して、知らしてありたぞよ。「ドノ筆先も同じことじや」と申して、いい加減な見様をして居ると、実地の筆先通りが来た折には、余りに思うて居りたことが大きな取違で、ジリジリ舞を致さな成らん事が出て来るから、念に念を押して執念深(くど)く知らしてあるのじやぞよ。未だ筆先の読み様が足らん人勝ちであるぞよ。思うて居るとは大間違であるから、それで、「筆先を充分に繰返して読みて下され」と申して、気が附けてあるのじやぞよ。
 悪の頭(かしら)が余りに大きな取違を致して居りたから、世界中の大きな難渋であるぞよ。今からの改心は出来もせず、間にも合はんぞよ。筆先の実地が出て来だしたら、続いて世界が一度に破乱(ばら)けて、余りの事で、鬼でも、蛇(じや)でも、極悪神でも敵[叶]はん、往生いたさな成らん事になるぞよ。悪神に今の中(うち)でもこの次第が判りて来て、善道へ立帰りたら豪(えら)いなれど、向ふの国の守護神の仕組は、ダラダラと何時まで掛りても頓着(とんじゃく)は致さん、気の永い仕組を致しておるから、今度は大分(だいぶ)量見の違ふ守護神が出来るなれど、日本の経綸は迅速(いっさく)な経綸が致してあるから、何程向ふの極悪神でも、日本の世の元からの仕組を始めたら、とても敵[叶]はんぞよ。余り見損ひが大きなから、大間違が出来てきて見当が取れず、「どうしたら宣(よ)かろうか」と途方に暮れて、降参も出来ず、茲に成りてからドレ丈の御詫を申して来ても、世界の大峠となりたら、そんな事には掛りては居れんから、今の内に聞いて改心を致して、身魂を研いて居らんと、今度は彼我(どちら)の国も国が無くなるか、一つ二つの大峠であるぞよ。是からは国が無くなる乎、泥海になる乎の境目であるから、○○の身魂が水晶になりたら、末代の世が立ちて行くなり。今の儘(へん)で今の心でありたなら、向ふの国の悪神の頭が、モ一つ悪を強く致して、日本の国を奪略(とる)のは最容易(いとやすい)ことに思うて居るぞよ。
 日本の国は小さいから、人民も尠(すくな)いのは当然であれども、霊主体従国(ひのもと)には誰もようせん秘密の経綸が、神界から致してあるから、往生を致させて、万古末代刃向ひは出来んやうに致すぞよ。今向ふの国の悪の国は、日本の国を下に見降して居るから、九分九厘と一厘とでこの世が泥海と成る所を、一厘の秘密で跡(あと)は水晶の身魂斗りに致して、末代の世を続かす経綸が致してあるから、悪の方の身魂では、日本の神国の経綸は見当は取れんぞよ。悪の開けるのは速いなれど、善と云ふ御道を開くのは、中々一通りの事をして居りては開けんぞよ。ドンナ行も、この世一切の事は、何を問はれても、「是一色知らん」といふ事は無いやうに行を致さねば、「是れ丈けは知らん」と云ふ様な事では、善の御道は開けんぞよ。善の道を開くのは、陽気が一寸でも有るやうな事を居りたら、坂に車を廻す如くであるぞよ。是までに苦労を致した事が、すぐに後へ戻りで仕直し斗りで、真[誠]の事は出来は致さんぞよ。善と悪との行り方は、天地の大違ひであるから、夜の眼も気楽に寝る事もならん、辛い行り方であるぞよ。「善と悪との立分けで世界が動くぞよ」と申して、筆先で毎度知らしてあるなれど、人民と申すものは、何事も実地をして見せんと、「ソレソレ」と申して知らしても、人民では神の心が汲み取れんから、思ふ事が逆様ばかりで、六ヶ敷いのであるぞよ。今の守護神が余り粗末な身魂であるから、実地の生神の気に入りさうな事が無いのは当然(あたりまへ)。解りさうな事が無いから、素直に致すが一等であるぞよ。

 この曇り切りた世の中へ、実地の世の本の大神が、其儘の姿を顕して言ひ聞かしたとて、恐いばかりで、傍(そば)へも寄付く事が出来んから、何(いず)れは、「矢張り天地の大神と申して居りても、悪神に相違ない」と未だ申すのは、当り前であるぞよ。人民にそんな事が判る筈が無いのが道理。一旦(いったん)帰幽(でなほし)にさして、霊魂(みたま)斗りに致して、新(さら)つの世に致せねば、言ひ聞かして聞くやうな霊魂は、向ふの国にはチツトも有りはせんから、初発から違うた事は、今に一つも無いぞよ。違ひは致さんぞよ。其霊魂に日本の国の霊魂が憑(うつ)りて、「向ふの国を良い」と思うて居るのが、何に付けても大間違であるぞよ。「何から何まで、向ふの国のする事がよい」と思うて居る事が、真(まこと)の元の大神から見ると、眼を明けて見る事の出来んほど見苦しき有様であるぞよ。

 天地の違ひと云ふ事は、譬(たとへ)に申すなれど、譬よりは一層ヒドイ大間違の行り方で、たとへにも成らん如うな取違を致して居るから、世界には斯様(かよう)な難渋な事が出来て来るのであるぞよ。実地の大本を無いものに致して居るのが、どうしても今度は言訳は出来よまい。この先は、一日ましに何事も、世の本からの事柄や所作柄が、別に此方から顕はさずに堪忍(こらえ)て遣らうと思ふ程、我の為(す)る事を我の口から懺悔を晒して、各自(めいめい)に神から何も問はいでも、我の口から吐き出してしまうて、「この世で大きな取違をして居りた」と云ふ事が、発根(はっこん)と天地から判りて来て、抜き差の出来ん事になるぞよ。

 是迄の世は真暗黒(まっくらがり)の世でありたから、何も分らん向ふの守護神が、「コンナ良い世が有るものか」と申して、何も知らず慢心を致して、日本に来られなんだ悪の守護神やら、四ツ足の守護神ばかりが、好き寸法の行り方を致して、日本の国を畜生の国にしてしまうた。その暗がりの中に出来た、盲目や、聾ばかりの世に成りて、世界中がドウ仕様も無い事に成るから……。ここへ成りて来た折には、天地から斯んな身魂では、この世に居れん事が出来てくるから、是れ迄の心を持替えて身魂を研いて居らんと、世界一度に難渋な事になるから、二十七年の間引続いて知らして居るなれど、「まだそんな事があるものか」と、足元へ火が燃えて来て居るのに、悪度胸(わるどきょう)を据えて、「世界が潰れたら皆(みん)な並である」と申して、平気で今に居る如うな守護神に使はれて居る人民が、ドウ仕様も無い事が何(いず)れは出て来るから、素直に申す事を聞いて居る守護神に使はれて居る肉体は、ドエライ難渋は致すまいなれど、余り良い気で居る肉体は、思ひが違ふ事になりて来るぞよ。「是からは霊魂の善悪(よしあし)が全部(すっくり)別るから、明治25年から申してある事の時節が参りて来たから、何所から何事が始まるやら知れんぞよ」と申してあるやうに、何彼のことが世界中の大困難で、昔から末代に一度ほか無い、大望な二度目の世の立替であるから、人民の思ふよりも大望であるから、始まるとドウ仕様も無い事が出来て、何処へ逃げて行かうにも、行く処の無い様になるから……。日本の人民が向ふの国の性来になりて居るから、平気で今に成つても判らん守護神に使はれて居るやうな肉体は、「日本に事がありたら、外国へ逃げて行く」位に思うて、国の事どもナんとも思はずに、気楽に思うて居るであらうがな。外国はそれまでにまだまだ激(ひど)い事があるから、何処へも逃げて行く所は無いぞよ。我(が)では行けん時節が廻りて来たから、素直に致さうより仕方はないぞよ。この先は頑張るほど微躯[駆]りとも成らんやうになるぞよ。
 我(が)を出して縮尻(しくじり)た地の先祖が、ここまで善一つを立貫きて、今度の二度目の世の立替を首尾能く致した其上では、「世界中の生(いき)あるものは皆良くして遣りたい」と思うて、永らくの間悔し残念を堪忍(こばり)たなれど、外国は余り非道い悪の頭と眷属とが、善といふ事の道の判らん極悪であるから、埒良く致さねばならんから、一旦は未だ「天地の大神は矢張り悪神である」と、皆の者が申すなれど、実地の善の身魂は、この世の変り目には極悪のやうに見えるぞよ。細工は流々、仕上げた所を見て貰はんと、人民からは出来もせず、解る事でも無い。一厘の秘密で、三千世界を水晶に立替立直すのであるぞよ。用意を為されよ。足下から鳥が立つぞよ。時節が近よりたぞよ。


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

『大本神諭』 大正7年旧正月13日

○大正7年旧正月13日(火の巻)

 守護神、人民にモウ一つ気を附けて置くぞよ。甚大(えら)い取違が今にあるから、モウ延期(のば)すことが出来んから、日本の仕組通りに致して、迅(はや)う埒を附けんと、外国(むかう)の申すやうにして居りたら、日本の国は何(ど)う斯(か)うない、呵成的(いちころ)に奪られるぞよ。「日本の国の人民が現今(いま)の心では、日本の国にも半分はある」といふ事が知らしてあるが、日本の人民が皆大和魂に元へ戻らんと、人口(ひと)が減るから、世の元の生粋の大和魂の性来に世を戻すのであるから、一旦は世界が寂しうなるぞよ。外国の計略(たくみ)は未だ偉い計略をして居るが、九分九厘と一厘との戦であるから、日本の国の人民が現在(いま)の心では、現在(いま)の行り方は体主霊従(あく)の行り方であるから、さつぱり水晶の心に成りてしまはねば、心の事ほか出来んから、従来(これまで)の様な放縦(ずんだら)なことはモウさして置かんから、辛う成るぞよ。今度の二度目の天地のビツクリ箱が開いたら、いかな極悪神でも、天地のビツクリ箱には、智慧でも学問(がく)でも分らん仕組がしてあるから、往生を致さねば、何彼の実地が参りて来て、動きも蹂(にじ)りも出来ん時節がまはりて来たぞよ。
 ここへ成りた折には、すつくり従来の心を持ちかへて、行方(やりかた)をかへて居る様に、日々知らしてあれども、日本で居りても、日本を奪りに来るのに、外国方(むかうがた)になりて、今に頑張りて居る守護神が気の毒なものであるぞよ。素直に致せばこの方が守護致すから、する事が思ふ様に行きて、善と悪とを立て別けるが、善の鑑と悪の鑑とを見て、お神徳(かげ)を迅う取らんと、今度は御神徳を取らうと落さうと、心一つの持ちやう一つであるから、この世に誠程強いものは無いから、腹の中に誠があれば、向後(このさき)は、天の彌勒様と地の先祖とが、大国常立尊と現はれて、日の出の守護となりて、世界中が動くから、今度の二度目の世の立替は、末代に一度の天地の岩戸を開くのであるから、日本の国で醸成(わか)して貰うた身魂は、日本の国のお土(つち)の上に置いて貰うて、何なりと出来ることをさせて貰へば、向後 善い名と悪るい名とが、末代残りて行くのであるぞよ。それは各自(めんめ)の心一つの持ち様で、善にも成れるし、悪にも反(かへ)るから、ここ迄知らしたのであるぞよ。 人民には出現(あり)てしまはんと分らんから、分らん事であるから、因縁のある身魂に書かせるなれど、大国常立尊が書くのであるぞよ。変性男子の身魂(みたま)は、国常立尊の霊魂(みたま)が、半分の霊魂を女の霊魂に致して、変化(へんげ)た霊魂でないと、大国常立尊は、他の霊魂の肉体の中へは、入りて言葉も使へず手も使へぬ。変性男子の肉体でないと、此方が入りて守護が出来んので、直(なお)に苦労をさしたなれど、何事も御用を聞いて呉れたので、神の出来が致したぞよ。
 これから実地を始めるから、守護神、人民の素直に致すのを、混ぜりの無い日本の大和魂の性来にかへてやると、日本の御用が出来るから、素直に致すのが何より結構であるぞよ。大和魂の身魂でありたなら、数は少なうても実地の活神がさせるから、大和魂に成るやうに何時迄も気を附けたのであるが、我(が)と、慢心と、取違とが大きな邪魔になるから、素直な心でありたら改心も迅う出来るし、分るのも迅いから改心一等。改心致さな善くなりは致さんぞよ。自己(われ)の心が慢心がありたら、今度の御用は出来は致さんぞよ。産(うぶ)の心に持ちかへんと、「己(おれ)は偉い」と思うて居りたら、向後は彼方(あちら)で鼻打ち、此方(こちら)で鼻打ち、些とも頭は上りはせんから、早うから気を附けてあるぞよ。外国の性来は利己主義(われよし)で、「自己が偉い」と思うて、利己主義の向ふ水の前後(あとさき)構はん行り方であるから、強いばかりで前後に手が廻して無いぞよ。
 日本の仕組は奥が深いぞよ。奥に奥があるから、表面(うへ)から見ては分らんから、智慧、学問では分りはせんぞよ。これ程永い間の仕組を、外国の国へ知らせる様な浅い仕組はして無いぞよ。生粋の水晶の世にしてしまふのであるから、日本の国は国も小さいし、国が小さいから人民も少いから、人民同士の戦(たたかひ)でありたら、何う彼う無い呵成的(いちころてき)に奪られるなれど、外の守護神、人民にも分らん仕組がしてあるから、これが日本の神力の仕組で、九分九厘と一厘との大戦(おほたたかひ)であるから、勝ちた方へは従はねばならん仕組がしてあるぞよ。今度が止めを刺さねばならんから、この世を造営(こしら)へた天地の大神が止めを刺して、二度目の世の立替を致して……末代の世を善一つの世で立てて行くのは、この世を造営へた天と地との、根本から善一つの、何時になりても変らん霊魂でないと、末代の世は立ちては行かんぞよ。


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

『大本神諭』 大正7年旧正月23日

○大正7年旧正月23日(天の巻)

 うしとらこんじん くにとこたちのみことが、へんじょう男子なんし身魂みたま出口でぐちなをくちりて、明治めいじ廿年からいまひきつづいてらしていたことが、なに一度いちど破裂はれついたす時節じせつちかよりてたから、何時いつまでもよくまよふて、利己主義われよしかたばかいたしてしゅごうじんよ、じんみんよ、ここまでかみけてりてるのを、何時いつからすうにおもふて油断ゆだんいたしてると、おもがけことしゅったいいたして、ビツクリむしるぞよ。ちいさい取違〔 とりちがひ 〕では無い、あまおほきな取違〔 ちがひ 〕で、こしけてあごづれて、ものろくろくはれず、アフンといたして、ばひりてくるしむうなことしゅったいいたすぞよと、毎度まいどまをしてらしてあること實地じっちあらはれてるにちかうなりてたぞよ。いままでの人民は、かみ可減かげん〔 加減 〕なうそまをして、人民を恐喝おどすやうにおもふてまことらんから、いまかみらしてけるのであるぞよ、うそことならこれだけ何時いつまでも執念くどうもうしはんぞよ。實地じっち一度いちど突發なりたら、うにもうにも仕様しようことが、日本にほんくににも實顯でけるから、まんまつだいモウとりかへしの出來できことであるから、これだけにけるのでるぞよ。

 がいこく〔 害國 〕にはことらうとも仕様しよういなれど、日本にほん靈主体從國ひのもとあまりの災過こと出現ありてはらんから、しょっぱつから日本のしゅごうじんじんみんが、みなそろふて日本魂やまとだましひ〔 大和魂 〕にならんと、けっこうしんこくしてもらふて、これほどけっこうをしへくちくまめるうにきかしてもらふても、あまあくしんつよふて利己主義われよしで、チットモかみまをことみみらんとは。まこと天地てんちかみおそれのほどもったいうてめうつきるぞよ。日本の国は世界中にまたけっこうしんこくであれども、いまの人民はめうつきるから、がいこくほうなに日本にほんよりはいともうして、これまでに外国人〔 がいこくじん 〕に精神こころからしたがふてしまふて、今の日本のうへしたていさいきもかへりも出來できよまいがな。ここことかみわかりてるから、むかしからいんねんふかへんぜう男子なんし身魂みたまながらくの苦勞くらうかんなんして、このたいもうがあるゆゑに、かみいちだい御魂みたまいたした苦勞とまをすものは、くちふでではつくされぬうな、エライふてて、そのうへ現世このよちょっとしてもらふたとおもへば、いっそうつらふて御魂みたまであるが、今度こんど出口でぐちなをうままれかはりてて、けっこう神政成就天下統一よのたてなをし御用ごよう奉仕いたすのでるなれど、とほりのこといたしてりてはじょうじゅいたさぬから、なかなかほねれたことであるぞよ。天地てんち先祖せんぞまこと御用ごようは、チット優秀ちがう身魂みたまでないとじょうじゅいたさんぞよ。
 これまでのかたは、日本にほんがいこくふうりてしまふて、れるしゅごうじんみな 體主霊從からみたまであるから、日本魂〔 大和魂やまとだましひ 〕のきっすいただいちりんよりいぞよ。りんみなむかがたであるから、實地じっちかみはじめると、なかなかたいもうであるから、なににつけても骨の折れる事業ことであるぞよ。日本人〔 にっぽんじん 〕の身魂みたま〔 御魂 〕がさっり外国人〔 がいこくじん 〕の身魂みたま〔 御魂 〕にりてるから、これほど世界せかいくるしみがおほりてるのであるぞよ。それでかげから日本の人民にはや精神こころなをせとまをして、これほどじきじきとりつぎながあひだくるしみをせてるぞよ。いまなかは、體主靈從から身魂みたまみなの人民がりてしまふてるから、しりまわしゅごうじんるまいがな。テンとあたりたをりにはうするつもりじや。あとさきかまはずに、ほうだいほうだいやりかた、トンとつまりたをりにはうすること出來できいたさんが、んなかた何時いつまでもつづくとおもふてるのか。盲目めくらにも程度ほどがあるぞよ。これからきになにごとしゅったいいたしても、さわがず、狼狽うろたえずに、りたらああする、ああなりたらうするといふ、確固不抜たしか經綸しぐみわかりてらずに、ほうだいりカンボウでは、トンとつまりたをりには、じんみんみな飢餓かつゑおよことるぞよ。ちくしゃうぐにうにしまいには人民をんならんうなこと出來できやうもれんが、何程なんぼつまりても日本の国はとも〔 共喰 〕いとうなこと出來できんぞよ。もとしんこく靈主體從ひのもとであるから、土壌おつちたいせついたして、ひとくわでもくさやしてらすことらんといふことが、ふでさきしょっぱつかららしてるぞよ。おつちからものであれば、ドンナものいてもしんぼう出來できるから、だいこんめんでも尻尾しっぽでも赤葉あかばでも、つねから粗末そまつにするでいぞよとまをして、毎度まいどけてあるぞよ。平常つねから心得こころえいものは、最後まさかときわかるぞよ。おつちたいせつおもひとは、神が天地てんちから何時いつ見届みとどけてるぞよ。天地の神からまことしんりきいただ〔 戴 〕いてひとは、まさときにもあまこまりはいたさぬぞよ。天地てんちおほかみ真実まことひとつのこころで信心〔 しんじんいた身魂みたまりたら、何程なんぼなんじゅうなかでも、かみつまげてるなれど、うなろうがわれさへしんじんいたして、もらいたいとふやうな未熟みじゅく精神こころではじゅうぶん守護こといから、まんまゐりをいたしたとて、實地じっちてからのかいしん〔 改神 〕ははんなれども、改心〔 かいしん 〕さへ出來できたなら、今日けふにでもぜんほうへてるから、いちにちはや天地てんち神詫おわびもうしてゆるしてもらふよりほか仕様しよういから、ほっこんこころもちなをすより仕様しよういぞよ。

 るいことほうだいいたしていて、モウてもかなはんやうにりてたともうして、天地てんちおほかみわびいたすのはチトおそいなれど、ほかほうほうはモウいぞよ。

 外国〔 がいこく 〕のしゅごうじんが、何時いつまでも、體主靈從あくつづくやうにおもふて、むかふのくにいまやりかたで、日本へせめいち奪畧とりて、世界中をわれものいた仕組しぐみるなれど、今度は何方どちらの国〔 〕もかなはんとこまでくなれど、むかふのくにわるがみもくてきはトコトンまでってふせて、むかふのくにたいしょう遊園地あそびどころいたして、かいじゅうわるがみかしらいたして、モウいちだんうへあがりて、わうわうりて、まつだいこのままつづかしてらうとのおほきな計略たくみいたしてるぞよ。今度こんどたてかへは、まつだい一度いちどよりられんたいもうことであるから、むかふのくに仕組しぐみは、ひととほり靈魂みたまではうせんふか經綸しぐみるから、日本の人民の今のせうらいでは、日本にほんむかしもといきがみ經綸しぐみがしてなかりたら、うもうもしにいちれてしまふぞよ。けれども日本はしんこくであるから、がいこく靈魂みたまでは、出來できわかりもいたさん經綸しぐみがしてあるから、日本にほんもといちりん靈魂みたまには、とうてい叶〔 かな 〕はんぞよ。日本やまと身魂みたまいきがみひとかたましってしゅごうしても、外国〔 害國 〕の身魂みたまおうじょういたさならん經綸しぐみいたしてあるから、ふでさきしょっぱつかかしてあることくりかへしてかかしてらしてくから、たてかへたてなをしの經綸しぐみもチツトもかはりはいたさんぞよ。何時いつになりてもおな仕組しぐみるから途中とちゅうかわるやうなあさ經綸しぐみは日本の国にはしてないぞよ。いちふでさきしたらそのとうりがはじまりてるから、かいしんさへ出來できたらはやるなり、頑固りてりたらつまらんこと出來できるなり。一度きかしたらちがふたこといから、なるべくは改心〔 改神 〕をさしてぜんたてかへらして、日本の国にした身魂みたまは、ドウゾしてなりとも、日本の国にいてりたいとおもふて、ここまでながらくらしてれど、むかふの国〔 〕のせうらいきりるので、まことことくすりにするほどく、他人ひとうなろうともチットもとんじゃくせずに、利己主義われよしあくせうらいであるから、わることならドンナ奸計たくみいたすなり、ひとこまことなら何程なんでも平氣へいきいたあしるから、しをあっぱれたてけて身魂みたまさっあらはして、實地じっち神界かみ仕組しくみせて、しょうたいあらはしてらんことには、何時いつまでかみ威勢いせいわからんぞよ。このけっこうな日本のしんこくを、このうなみぐるしありさまいたして、あくかしらかはいて、すっくりばけあらはしてしまふぞよ。日本にほんくにあまいはびらきをいたして、日本は日本のまことすぢもと天照大御神みろくさま神政なをして、おほもとからのすぢで、まんまつだいまゐりてたから、體主靈從からの身魂みたますゑであるから、加減かげんわうじゃういたすがとくであるぞよ。如何どないわるがみかしらつよふても、このさき天地てんちもとすぢには到底とてもかな〔 敵 〕はんから、この經綸しぐみ邪魔じゃまいたすやうなしゅごうじんは、たてかへ規則きそくどうりにせいばい〔 成敗 〕をいたさならんから、今度こんど神界かみ規則きそくきびしいから、これまでこころもちへるやうに、明治めいじ廿年から晝夜ちゅうやながらしてあるぞよ。
 このさきはいち素直すなをいてかいしんいた身魂みたまいと、これからはいままでのしんかいとはおほかはりがいたすぞよ。それでとりかへしがらんから、これほどきびしくまをして、何時いつまでもけるのでるぞよ。これまで體主霊從利己主義われよしかたさったてかへしまはんとこれからはむかういて歩行あるけんやうにきびしくるぞよ。いままではうへまことたいしょううにりたから、ドンナ無茶むちゃことをしてりてもこわいものしので、くらやみあし身魂みたま威張いばりて、いま世界せかいこのありさまむごことみだれたものであるぞよ。

 斯世このよむかし天照大御神みろくさま神世して、日本の国を靈主體從ひのもとかねば、天地てんちじきじきすぢで、萬世一系天壌無窮どこまでもチットも混血まぜりしのいた經綸しぐみであるから、ここまでるのには普通一般ひととほり身魂みたまではしんぼういたさんぞよ。ここまでに日本の国をあし自由じゆうられて、實地じっちいもどうやうにいたしていて、まつだいこのままりてかうとのわるしぼして、あとさきかまはずいっしょうけんめい氣張きばりるが、到底とてもじょうじゅりんところいたさんどくなものでるぞよ。

 たてかへいたすには、日本の国をからさっぱりあらめて、もとこっぽんすぢで、ぜんひとすぢたてかねば、ちょっとでも微塵みじんほどでもわるがみすぢ混合まぜりたならば、またチットれてくと、そのあくすぢだんだんさかえてもくてきしゅったいするから、わるほうへはだれいから、あくたね今度こんどのこらずたひらげてしまふて、の規則通りに、ぜんとつのみちにしてしまふぞよ。そうしていて外国へぜん模範てほんせて、あくかしらかいしんさしてたすけてらねば、日本にほんかみじんみん天職やくすまんのであるぞよ。モウこれからはあくせうらいみぐるしき身魂みたまは、日本の国はまをすにおよばず、世界せかい御土おつちうへにはいっすんにもかれんことに、まつだい規則きそくるから、チットでもまじりがありたら、してげんじういましめをいたすぞよ。斯世このよ天地てんちおほがみであるから、ほか身魂みたまではちてはかんから、これからさき身魂みたまでもとことにはかんぞよ。
 ここりてことはじめからわかりてるから、ほか身魂みたまにもながらくのあひだけて、くちくまめるやうに、言葉〔 〕とふでさきらしてあるとうりに、世界のこと實現るから、しゅごうじんじんみんおほきな間違まちがひ出來できるぞよ。世界せかいのビツクリばこくとまをして毎度まいどらしてあるが、何彼なにか時節じせつまゐりて世界中のおほ騒動さわぎるぞよ。むかふのくににも日本の身魂みたまにも、だいくるしむことがあるぞよ。日本の国ががいこく身魂みたまおなことになりてるから、天地のビツクリばこけて、一度にましてやらねば、あまわるシブトウて、改心の出來できかけがいたさんぞよ。ここまで色々といたしてけてらしたからには、これ落度おちどはヨモヤろまい。天地のもといきがみむかしからそのままにくたいのある、まつだいかわらぬまことかみ斯世このよをさめてやらんと、また途中とちゅういやうになるから、今度の世界のたてかへこっぽんからえてしまふて、まんまつだいめるのでるから、なにけてもたいもうばかりであるぞよ。天地てんちいはひらける時節じせつりてたから、れるほうしゅごうじんうへの人民にはわからぬことるから、れにもわからんたいもうな、ふにはれず、くにかれんみづ經綸しぐみであるから、途中とちゅうはなたか何程なんぼシャチにりてかんがへても、わかりかけがいたさんのがあたまへであるぞよ。
 此大本ここへんぜう男子なんし女子にょしとにかかふでさきは、何程なんぼ智慧ちゑがくのあるじんみんでも、しんとくかりたらみなさかさまれるから、それでまんしんおほもとまをして何時いつけてありたぞよ。細工さいくりうりうげたとこもらはむと、いまからなにわかりはいたさんぞよ。それで素直すなをかみまをやういたせとまをしてあるぞよ。んな經綸しぐみすっくりいまはなたかわかりたら、途中とちゅうから邪魔〔 じゃ 〕がりて、さんぜんねん經綸しぐみひゃくにちせっぽうひとにもらんことになるから、滅多めったこといたしていぞよ。世界に出來できてくるにちにちことかんがへてて、明治めいぢ二十五年からのふでさきを、赤心まごころ調しらべたらたいていことわかりかけるなれど、それもちょっとでもまんしんたらなにわからぬやうに仕組しぐみであるぞよ。

 たてかへたてなをしいたしてしまふたら、しゅごうじんにもじんみんにも、何彼なにかことがよくわかるやうにいたしあれど、今の人民はみな靈魂みたまくもりて、外国のぶっしつがく耽溺はまりんでるから、なにとつわからんあき盲目めくらどうやうであるぞよ。盲者めくら聾者つんぼぐにわかるやうなあさをしへでありたら、とうていまんまつだいつづ經綸しぐみとはもうされんぞよ。今の人民のこころさっぱりかへて、さらつのこころかへえてらんと、これまでこころではいまにトチメンボウをるぞよ。てんびっくりばこくのはドンナことかといふこといましゅごうじんじんみん何程なんぼかしこうてもわからんことであるから、いまおほきな取違〔 とりちがひ 〕があるから、ふでさきこまごまわかるやうにかかしてあるなれど、一柱ひとりりたかみも人民〔 じんみん 〕もいので、今度こんどたてかへひととをりやふたとをりやひゃくとおりのほねをりではいぞよ。あまふることふかことばかりがかかしてあるから、いましゅごうじんや人民の靈體ちからでは、ひゃくねんかかりてもわかりさうなことはないぞよ。これけたら天地てんちしゃがくしゃであれど、くらがりなか出來できた人民には、かんじん靈魂みたまくもりてるから無理むりいぞよ。それでしたら失策しくじるとまをしてけてるのに、がくでドンナことでもわかるとおもふて、エライまんしんいたしてるが、もとりてしゅごうじんいから、人民にはわからず、むづしきなかであるから、素直すなをいたしてかみまをこといたすと、から心配なしにくらせるなり。なにことものすみやかにらちいて気樂〔 らく 〕に御用ごようつとまるぞよ。
 四十八經綸しぐみわか身魂みたまは、へんぜう男子なんしへんぜう女子にょしほかには、世界中をかね太鼓たいこさがしてものであるから、たつの身魂みたまかりたら、日本にほん世界せかいも、これからきはつぶれるより仕様しやうことになるから、このふた身魂みたまは、天地てんち先祖せんぞからとりつぎであるぞよこのへんぜう男子なんし女子にょしとの身魂みたまの、むかしからのまこといんねんさえわかりてたら、ほかことなにわからいでも、今度こんど御用ごようつとあがるのでるからつまらん理屈ことまをして何時いつまでもがんばりると、だんだんわからんやうにりてるぞよ。體主靈從こころもちかへしまはんと、かみまをことみなさかさまれるぞよ。モウかみじんみんわけわからん、途中とちゅうはなたか相手あいてりてやうひまいから、わけわからん人民はあとまわしていて、さんぜんねん仕組しぐみどをりにはやらちいたさんと、これまでやう優柔不断ずんだらことはモウれんから、バタバタといたして、げんぢうらちけるから、改心のいから、いっときはや覺悟かくごされよ。うへしゅごうじんも人民もチットのとりちがひでないこっぽんからのおほ間違まちがひいたしてるが、モウかみらせやうがいぞよ。いましゅごうじんも人民も、天地てんち先祖せんぞおもひがテンでわからんから、出來できあがりたらアフンといたさならんぞよ。あま何時いつまでも體主靈從精神こころると、あとこうかいはんことるぞよ。人民が何程なんぼねっしんしんかいことけんきうしても、容易じきわかりはせんぞよ。かみことじんみんわかるものでい といふことわかる人民でありたら、れこそしんかいわかりた人民〔 じんみん 〕であるぞよ。わかりたともうじんみんは なにわかりてはらんのでるぞよ。


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。