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日本人は何を考えてきたか-出口直と出口王仁三郎

明日(平成25年/西暦2013年1月13日、日曜日)、午前1時05分〜2時35分にかけて、NHK教育テレビ(Eテレ)にて、出口なお・王仁三郎の特集番組が再放送されます。

特集「日本人は何を考えてきたのか」 シリーズ《第9回》
☆大本教 民衆は何を求めたのか ~出口なお・王仁三郎~☆
http://www.nhk.or.jp/nihonjin/schedule/0106.html

△番組紹介:幕末から明治維新後、各地でうまれた民衆宗教。なかでも大本教の開祖・出口なおは、近代化のなかで疎外された民衆の声を「お筆先」で表し、「立て替え」「立て直し」と呼ばれる独自の終末観を唱えた。これを引き継いだ出口王仁三郎は皇道主義のもと、大正維新、昭和維新を掲げ、秋山真之ら海軍上層部にも信者を獲得、飛躍的に教団を拡大していった。しかし、特高警察によって2回にわたる弾圧を受ける。大本教は、明治維新後の近代化をどのようにとらえていたのか。なぜ国家から危険視されたのかー。番組では北海道大学准教授の中島岳志さんが亀岡、綾部など大本教ゆかりの地を訪ね、近代日本の民衆思想に分け入り、弾圧事件の真相に迫る。

【出演】中島岳志(北海道大学准教授)、安丸良夫(一橋大学名誉教授)、島薗進(東京大学教授)、三宅民夫アナウンサー

 公共放送という性格上、NHKが特定の宗教の立場にたって番組づくりをするという事は難しい。ゆえに、「大本教 民衆は何を求めたのか ~出口なお・王仁三郎~」においても、極力宗教色を薄めております。直開祖に懸った艮ノ金神(うしとらのこんじん)国常立尊様も、ただ「神」とのみ表現しました。また天照大御神が懸った直と素戔嗚尊が懸った王仁三郎との神々の大喧嘩…火水の戦いも言及しておりません。しかしながら、冒頭にあるとおり、これはNHKの性格上やむを得ない妥協であります。神様の事をさしおいても、実に見応えのある番組であります。
 アナウンサーや教授達の議論は、あまり見る価値がありません。大本教や開祖さん聖師さんの事をかじったことのある方々ならば、「ああ、なるほど、学術的にはそうだよね」程度であります。では、何が見所かといえば、それは何と云っても、『お筆先』の原文でありましょう。少し詳しく説明しますと、出口なお開祖に懸られた国常立尊様は、文盲の直開祖の手を使い、半紙に文字を書かれました。直さんは神様に云われるがままに腕を動かしたのでありますが、その感想は「しょうもないなあ…」であったそうです。(以下原文引用)

出口澄子「尽きぬ思い出 ――開祖さまのことども――」
『(出口なお開祖が)お筆先を書かれるようになったのは、「余り大きな声で、あなた[注:国常立尊様]が叫ばれるので、人から狂気[注:キチガイ]扱いをされて困ります」と、(なお開祖が)神さんに抗議をされたところ、「そんなら書いてくれ」と、神さんがおっしゃるので、紙と筆とを買うて来て、(ワシは字は知らんが、神さんが書くのやから……)と思って、筆を持っていると、ミミズのような字が書けたというのです。(しようがないな、こんなものでは)と思ったそうですが、これが筆先のはじまりでした。「三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世になりたぞよ。須弥仙山に腰をかけ、艮の金神守るぞよ」というお筆先やったのです。』

 出口王仁三郎さんは、半紙につづられた「御筆先」の金釘文字を読み尽くし、重複部分や雑多な部分をそぎおとして体系化しました。すなわち『大本神諭』であります。大本神諭がある以上(ついでに、それを解かれた方がある以上)「お筆先」の内容そのものの価値はありません。しかし資料としては実に貴重であります。百年前、直開祖が実際に触れられていた半紙なのであります。大抵の資料や学術書でも、「お筆先」は白黒写真であります。それがカラー映像として見られる。凄い事であります。また2011年に発見された出口なお開祖愛用の糸車・紡ぎ車も衝撃的でした。本邦初公開でありましょう。

 1921年(大正十年)2月12日の第一次大本事件で、終末論を武器に急成長していた大本教は大打撃を受けました。この事件をきっかけに、以前から徐々に王仁三郎と対立するようになっていた浅野和三郎、谷口雅春、友清歓真が王仁三郎の元を離れます。当時の唯一の全国メディアだった新聞は「邪教大本・怪人王仁三郎」と大宣伝しました。のちに王仁三郎聖師は事件を回顧して「あのときは色々あったが、あれも神様の御仕組だったんやなあ。えらい叩かれたが、しかし新聞が大本の名前を全国に宣伝してくれたんやから。ともかくも『大本』と神様の名前だけは全国に行き渡った。お筆先に『新聞を使って宣伝せい』とあったが、はからずもその通りになった」と回想しておられます。2013年(平成二十五年)1月、出口なお開祖・王仁三郎聖師・艮の金神=国常立尊様の名前が再び日本列島全国に行き渡りました。いや、グローバル化の現在、NHKは全世界に配信されております。世界のあらゆる人が、見ようと(身魂が)思えば、開祖・聖師・神様の教えに触れる事が出来たのであります。

△マタイによる福音書第二十四章
 イエスが宮から出て行こうとしておられると、弟子たちは近寄ってきて、宮の建物にイエスの注意を促した。そこでイエスは彼らにむかって言われた。
「あなたがたは、これらすべてのものを見ないか。よく言っておく。その石一つでもくずされずに、そこに他の石の上に残ることもなくなるであろう。」
 またオリブ山ですわっておられると、弟子たちが、ひそかにみもとにきて言った。
「どうぞお話しください。いつ、そんなことが起るのでしょうか。あなたがまたおいでになる時や、世の終りには、どんな前兆がありますか?」
 そこでイエスは答えて言われた。
「人に惑わされないように気をつけなさい。多くの者がわたしの名を名のって現れ、自分がキリストだと言って、多くの人を惑わすであろう。また、戦争と戦争のうわさとを聞くであろう。注意していなさい、あわててはいけない。それは起らねばならないが、まだ終りではない。民は民に、国は国に敵対して立ち上がるであろう。またあちこちに、ききんが起り、また地震があるであろう。しかし、すべてこれらは産みの苦しみの初めである。そのとき人々は、あなたがたを苦しみにあわせ、また殺すであろう。またあなたがたは、わたしの名のゆえにすべての民に憎まれるであろう。そのとき、多くの人がつまずき、また互に裏切り、憎み合うであろう。また多くのにせ預言者が起って、多くの人を惑わすであろう。また不法がはびこるので、多くの人の愛が冷えるであろう。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。そしてこの御国の福音は、すべての民に対してあかしをするために、全世界に宣べ伝えられるであろう。そしてそれから最後が来るのである。」

△ヨハネの黙示録第九章20-21節
 これらの災害で殺されずに残った人々は、自分の手で造ったものについて、悔い改めようとせず、また悪霊のたぐいや、金、銀、銅、石、木で造られ、見ることも聞くことも歩くこともできない偶像を礼拝して、やめようともしなかった。また、彼らは、その犯した殺人や、まじないや、不品行や、盗みを悔い改めようとしなかった。

○ヨハネの黙示録第十章-十一章
 わたしは、もうひとりの強い御使(みつかい)が、雲に包まれて、天から降りて来るのを見た。その頭に、にじをいただき、その顔は太陽のようで、その足は火の柱のようであった。彼は、開かれた小さな巻物を手に持っていた。そして、右足を海の上に、左足を地の上に踏みおろして、獅子がほえるように大声で叫んだ。彼が叫ぶと、七つの雷がおのおのその声を発した。七つの雷が声を発した時、わたしはそれを書きとめようとした。すると、天から声があって、「七つの雷の語ったことを封印せよ。それを書きとめるな」と言うのを聞いた。
 それから、海と地の上に立っているのをわたしが見たあの御使は、天にむけて右手を上げ、天とその中にあるもの、地とその中にあるもの、海とその中にあるものを造り、世々限りなく生きておられるかたをさして誓った。「もう時がない。第七の御使が吹き鳴らすラッパの音がする時には、神がその僕(しもべ)、預言者たちにお告げになったとおり、神の奥義は成就される」。
 すると、前に天から聞えてきた声が、またわたしに語って言った、「さあ行って、海と地との上に立っている御使の手に開かれている巻物を、受け取りなさい」。そこで、わたしはその御使のもとに行って、「その小さな巻物を下さい」と言った。すると、彼は言った。「取って、それを食べてしまいなさい。あなたの腹には苦いが、口には密(みつ)のように甘い」。わたしは御使の手からその小さな巻物を受け取って食べてしまった。すると、わたしの口には密のように甘かったが、それを食べたら、腹が苦くなった。その時、「あなたは、もう一度、多くの民族、国民、国語、王たちについて、預言せねばならない」と言う声がした。

 それから、わたしは杖のような測りざおを与えられて、こう命じられた、「さあ立って、神の聖所と祭壇と、そこで礼拝している人々とを、測りなさい。聖所の外の庭はそのままにしておきなさい。それを測ってはならない。そこは異邦人に与えられた所だから。彼らは、四十二か月の間この聖なる都を踏みにじるであろう。そしてわたしは、わたしのふたりの証人に、荒布を着て、千二百六十日のあいだ預言することを許そう」。
 彼らは、全地の主のみまえに立っている二本のオリブの木、また、二つの燭台(しょくだい)である。
 もし彼らに害を加えようとする者があれば、彼らの口から火が出て、その敵を滅ぼすであろう。もし彼らに害を加えようとする者があれば、その者はこのように殺されねばならない。預言をしている期間、彼らは、天を閉じて雨を降らせないようにする力を持っている。さらにまた、水を血に換え、何度でも思うままに、あらゆる災害で地を打つ力を持っている。そして、彼らがそのあかしを終えると、底知れぬ所からのぼって来る獣が、彼らと戦って打ち勝ち、彼らを殺す。彼らの死体はソドムや、エジプトにたとえられている大いなる都の大通りにさらされる。彼らの主も、この都で十字架につけられたのである。いろいろな民族、部族、国語、国民に属する人々が、三日半の間、彼らの死体をながめるが、その死体を墓に納めることは許さない。地に住む人々は、彼らのことで喜び楽しみ、互に贈り物をしあう。このふたりの預言者は、地に住む者たちを悩ましたからである。
 三日半の後、いのちの息が、神から出て彼らの中にはいり、そして、彼らが立ち上がったので、それを見た人々は非常な恐怖に襲われた。その時、天から大きな声がして、「ここに上ってきなさい」と言うのを、彼らは聞いた。そして、彼らは雲に乗って天に上った。彼らの敵はそれを見た。この時、大地震が起って、都の十分の一は倒れ、その地震で七千人が死に、生き残った人々は驚き恐れて、天の神に栄光を帰した。

○上野公園さんの『新・ノアの箱船』「弥勒(666=六が三つのミロク)の神の御紋章」
 もしくは「人に内在する良心神」より薩張りで改める。〇に十字は世を救う神。」を参照

(引用開始)
大本教では、最初に九つ花として九曜紋が掲げられました。
しかし、九曜紋からたった一輪の言霊の経綸を導くなどは出来ません。
次に大本教では神旗を九曜紋から十曜紋に変えました。
そこには、それなりの意味が秘められています。

大本神諭「明治32年旧6月3日」
『艮の金神の筆先で在るぞよ。明治32年の旧6月3日に書いたのであるぞよ。艮の金神が御礼申すぞよ。永らくの経綸いたした事の初発(はじまりであるぞよ。上田喜三郎(出口王仁三郎の本名)殿、大望な御世話がよう出来たぞよ。御礼には御都合の事じやぞよ。九曜の紋を一つ殖やしたのは、神界に都合の在る事じやぞよ。今は言はれぬ。此事成就いたしたら、御礼に結構にいたすぞよ。綾部世の本、金神の大本と致すのじやぞよ。艮の金神はチト経綸が大きなから、この方で世話に成らねば開けんのじやぞよ。』

出口すみ子「要のご用を -新苑主就任に際して」
『開祖さまの御在世中で、聖師様がお出でになってからのことであるが、ある信者さんが神様へ幕と提灯をあげてくれたので早速幕屋と提灯屋へ注文したのであるが、出来上がって来たのを見ると両方とも十曜の紋になっている。九曜の紋に頼んだのが十曜になっている。これは大変だと思って早速使いに行った者を読んで聞いて見ると、確かに両方の店屋へ九曜の紋にと注文したというので、店屋で聞いて見ると「確かに十曜の紋にということなのでこちらとしては九曜なら作りやすいが十曜はなかなか難しいので苦労して作った」ということであった。そこで開祖様は神様にお伺いしたら「わしが作らしたのだ」と仰ったそうで、聖師様がお出でになったその時から十曜の紋になったのである。』

そこで、十曜紋を作図してみましょう。
作図するには、まず正九角形を描かなければなりません。
一角が40度になります。

十曜紋解説


ここで、不思議なことに気付きます。
それは、正九角形の総和は「1260」度です。
一つの三角形の総和は180度ですから、残る二角は140度です。
それが九つありますので、140×9=1260です。

この「1260」の数字で思い出すはずです。

それは聖書のヨハネの黙示録 11:3
そしてわたしは、わたしのふたりの証人に、荒布を着て、
千二百六十日のあいだ預言することを許そう。
聖書ではやたらに「1260」が出て来ます。
でも、意味が解りませんでした。

大本教からは大本教神諭を出した出口なお開祖さんと、
霊界物語を出した出口王仁三郎聖師さんの二人の預言者が出ました。
大本教はイロハ四十七と「ン」で48音
ヨハネ(四八音)の露払い

大本教神諭に九曜紋から十曜紋に変更するにあたっては、
神界の都合としか明示されておりません。
十曜紋も、またその意味が理解されず来ているのです。

大本教の十曜紋は1260度
誰も、ヨハネ(四八音)と1260の演技がされたとは気づかなかったのです。
(引用おわり)

ああ惟神、惟神。御霊幸倍坐世よ


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テーマ : 歴史番組
ジャンル : テレビ・ラジオ

万軍の主(大元帥)の帰還は近い

ローマ帝国時代の著述家・哲学者プルタルコス(西暦46年から48年頃 - 127年頃)は、著書『エジプト神イシスとオリシスの伝説について』の序論で、以下のように述べています。

 クレア様、分別ある者なら、この世のあらゆるものはみな、神々にお願いをして頂戴するものと考えるべきであります。とくに、神々そのものについて知ることなどは、人間にできるかぎりの範囲でですが、どうか知識をお与え下さいとほかならぬ神様がたにお祈りをして頂戴するものなのです。人間が手に入れるものの中で真理ほど重要なものはなく、また神様が下さるものの中で真理ほど畏(かしこ)きものはないではありませんか。ほかのものは、人間がそれを必要とするだけ神様は与えて下さいますが、思慮分別に限っては決められた分(わ)け前を下さるのでして、人はめいめいの分け前を得、それだけを用いることができるのです。神は金銀ゆえに栄えたもうのではなく、雷電ゆえに強大にましますのでもなく、理知ゆえに栄えたもうのです。そしてホメロスが神々のことを語っている句の中でも、この点について彼が高らかに歌い上げている文句こそ最も美しいのです(『イリアス』13.354)
  「げにおふたりの神は、氏も同じく父も同じながら、ゼウスは先に生まれたまい、より多くを知りたもう」
 ホメロスは、ゼウスはポセイドンよりも知識と知恵において一日の長あるゆえにゼウスの威光の方がより畏いのだと申しているのです。思うに、神の所有したもう永遠の生が幸せであるのは、必ず、事が起こる前に知りたもうということによります。もし真に在るものを知り、それを思慮する力を奪われたならば、不死とは単に時間の上のこととなり、永遠の生とは言えないものになるでしょう。
 それゆえ真実、なかんずく神々についての真実を知ろうとする欲求は、神聖なものに触れんとする欲求でして、と申しますのも、そのような努力の現われとしての学習と探求は、聖なるものについて知ることにほかならないからでして、これは、浄めの儀式を行なったり神殿〔現代註:神社〕に奉仕にしたりする以上に神の掟に従うことであり、これはまたあなたがお仕えなさっているイシス、他の神々にたちまさって賢くおわし知を愛したもう女神様の御意にかなうことでもあります。その御名がそれを示していると思えるのですが、知ること理解することこそ、他のいずれの神よりもこの女神にふさわしいのでありましょう。と申しますのは、イシスというのはギリシア語であり、イシスの敵テュポンというんもそうで、テュポン(Typhon)とは無知と欺瞞のため精神の正常さを失い(tetyphomenos)、女神が集めて編んで入信を認められた者にお授けなさる教義をずたずたに八つ裂きにしてしまう。この教義と申すのは、たえず賢明に自分を抑える生き方をし、多くの食物を断ち肉体の快楽を断つなどして身を浄め、気ままに快楽へ向かう心を矯(た)め、よってもって固く厳しい神殿での奉仕に耐え抜く習慣をつけるという点にありますが、その目的は、第一のもの主なるもの、目ではなく心で見るべきものを知ることにあり、それはこの女神の傍らにある、共にある、一体になっている、それを求めよと女神は呼びかけていらっしゃるのです。女神のお宮の名前も、真に在るものを知り理解するという意味をはっきり言い表わしているではありませんか。イシスのお社〔神社〕はイセイオン(Iseion)と申しますが、これは、もしわれわれがこの宮居に、理性をもって謹んで近づくならば、真に在るものを知ることができるであろう(eisomenon)ということから名づけられたものでしょう。《引用おわり》

 伊勢イセ神宮の語源を垣間見たように思いましたが、本題は別にあって、引用文冒頭の『人間が手に入れるものの中で真理ほど重要なものはなく、また神様が下さるものの中で真理ほど畏きものはないではありませんか。』にあります。困ったとき、苦しいとき、絶望したとき、人は往々にして「なぜ神は沈黙しているのだ!」と叫びます。旧約聖書の詩編は、異郷の地バビロニアにとらわれたユダヤ民族の怨嗟と哀願の響きでした。しかし、主なる神は永遠に黙っていたわけではありませんでした。綿密な計画により、1892年(明治25年)新暦2月3日節分の日、京都府綾部市新宮村の無名の老婆・出口なお(開祖)に「ウシトラの金神」として顕現されました。「ウシトラ」は通常「艮」の漢字をあてますが、「丑寅(北東)、牛虎(東北)」とも、「宇志採羅(うしとら)」とも読めます。「宇志採羅根神(うしとらこんじん)」は、「宇宙の志(こころざし)は羅(ラ)を採る、根元の神」にもなります。
 さて出口直開祖を通じて"万軍の主"が告げられた預言を、娘婿の出口王仁三郎おにさぶろう聖師が翻譯・編集して世に発表した一連の本を『大本神諭』といいます。大本神諭の中には謎(米で行く言葉の道)の一句があり、それが

『時節が近よりたぞよ。ながらくの仕組の致して在る事であるから、解けかけたら速いぞよ。今度は三千世界の身魂の審判(あらため)で在るから、さっぱり斯世が転覆(ひっくりかへる)ぞよ。だいぶ心配をせんならん御方が出来るぞよ。万古末代世は持切りには致させんぞよ。けれども綾部に九つ花が咲いたなれば、万古末代しほれぬ花で在るぞよ。九つ花の初りで在るから、中々判らねども、モウ判るが近うなったぞよ。』(明治31年旧12月26日)

 綾部から咲く九つ花。

 これを『此の誠は九つ花の元じやぞよ。九ツ花は誠から咲かせる花で在るから、三千年経綸を致した、誠の花の本(元)で在るから、誠の人の世話でないと、此の御世話は出来んぞよ。』(明治31年旧11月5日)で預言された『誠の人…言で成る人』たる上野公園さん(神言会―大本教神諭解説)が紐解いておられます。このたび、新たなお知らせがありましたので、改めて紹介させていただきます。

最後の審判迄の【時は金なり】と四ッ花で知る甲斐の【風林火山】。そして、解釈誤りのお詫び。
〔上野公園さん『人に内在する良心神(神言会)』 2016年1月30日〕

大本神諭で大元(根元)の神様は 『艮の金神(宇志羅採之根神うしとらのこんじん)は此世の閻魔えんまと現はれるぞよ。世界に大きな事や変りた事が出て来るのは、皆この金神の渡る橋であるから、世界の出来事を考へたら、神の仕組が判りて来て、誠の改心が出来るぞよ。世界には誠の者を神が借りて居るから、だんだん結構が判りて来るぞよ。善き目醒しも有るぞよ。また悪しき目醒しも有るから、世界の事を見て改心致されよ。』(明治26年…月…日) と仰られています。
 2016年(平成28年)のNHK大河ドラマは、武田家・徳川家と縁の深い真田家、真田幸村(信繁)を主人公とする、タイトルもずばり『真田丸』。学術的にいうと、真田丸とは大阪城攻防戦(大阪冬の陣)で真田信繁が築いた出城のことを指しますが、本放送大河ドラマでは「戦国の荒波に立ち向かう一艘いっそうの船」と紹介しています。

「船」というキーワード。

 上野公園さんは、もう何年も前に『新・ノアの箱船』で箱船を、同ホームページで『弥勒丸に乗り移り』を解説しておられます。『真田さなだ丸』を『まことの田〔⨁〕の丸〔船〕』と読み替えれば、なんのことはない、弥勒丸みろくのことです。上野公園さんのHPやブログをお読みの方はもうピンとこられたかと思いますが、『船』で航海するには方角を決める『かじ』、方角を見定める『羅針盤らしんばん』が必要ですね?

『舵』の右側、阿弥陀仏の"陀"の右側の部位『它』は、『蛇』という漢字の右側にあります。むし(無視)+它=へびだいじゃ蛇神じゃしん蛇心じゃしん邪心じゃしん蛇神じゃしん蛇身じゃしん邪神じゃしん、すべて『じゃしん』です。蛇の身となったもの、すなわち『蛇身じゃしん』は『邪神』に通じ、ゆえに蛇の囁きは「惡魔の囁き」なのです。言葉(言霊)の本質の力で、魂の中心に内在する良心神(閻魔大王)を無視むし(虫)した者(神霊を含む)は、魂の舵をむし(無視)して誘惑に負けたがために「虫它じゃ」と化し、邪心じゃしんの誘惑に飲み込まれて悪事と罪を重ねて邪神じゃしん(蛇身)に替えられる『身変みかえる(ミカエル)』の仕組みで、最後の審判で大天使ミカエルは大蛇神(サタン)を倒します。だが主神の前に罪を認めて懺悔し、悔い改めた者(後悔こうかい)した者は、主神(ヤハウェ)が紅海こうかいを渡らせて約束の地(イスラエル、椅子ラ得る)に導いてくださいます。繰返しになりますが紅海こうかい航海こうかいして救われるには、後悔こうかいが必要になります。
 出口王仁三郎聖師いわく、⨁は弥勒の神の御紋章。
 真田丸(真⨁丸)は「船」。船の異字は「舩」(舟公)。
 おおやけ(公儀)を無視むし(虫)して我良しに走る者(霊)が、蛇。

 もう一つ、航海に重要なものは羅針盤。羅針盤(磁石)は常に北極星(妙見菩薩)を指します。妙見菩薩様が守護する仏教といえば、南無妙法蓮華経の日蓮上人。また妙見菩薩様は天之御中主大神(日本神話の根元神)として信仰され、妙見様を祀る有名神社といえば、日蓮上人も篤く信仰された『千葉神社』があります。千葉神社(妙見菩薩)の神紋は、十曜紋。国常立尊(艮の金神)を祀る大本教の神紋も『十曜紋』で、大本教神諭では

『九曜の紋を一つ殖やしたのは、神界に都合の在る事じやぞよ。今は言はれぬ。此事成就いたしたら、御礼に結構にいたすぞよ。綾部世の本、金神の大本と致すのじやぞよ。』(明治32年旧6月3日)

『大本の十曜の神紋は、世界統一の標章であるから、この神紋の由来を知らねば肝心の神秘が分らぬぞよ。九重の花が十曜になりて咲く時は、万劫末代しほれぬ生き花で在ると申して、今迄の神諭(ふでさき)に出して在ろうがな。この九つ花が十曜に開く其時は、如何な鼻高も如何な悪魔も改心いたして、今までの自分の思いの違ふて居りた事が明白に分りて帰順(おうぜう)いたすぞよ。』(伊都能売神諭』大正8年2月13日)

 艮の金神(宇志羅採の根神)国常立尊(出口直開祖、出口王仁三郎聖師)、妙見菩薩(天之御中主大神)、法華経(お釈迦様、弥勒菩薩/弥勒如来、日蓮上人)、そのすべてが連動して繋がっていました。ここに述べたのは万軍の主(大元の神)の経綸の、ほんの表層にすぎず、さらに詳しい事は上野公園さんのHPやブログをお読みになってください。
 
 さて最後の審判(三千世界の立替立直し)が今や目前に迫ってきている・・・との知らせが全宇宙・全霊界に布告されましたが、上野公園さんの言葉の解説に対し『色々な民族がそれぞれの神話を持っていて、それをごっちゃ煮にしている。そもそも言葉が違うじゃないか。最後の審判のあとはどうなるんだ』との批判がよせられましたが、既に2000年前に回答は示されています。再びプルタコス著『イシス』より引用しましょう。

 以上は大多数の最も賢明な人々の見解です。中には、言わばたがいに腕を競い合う二種類の神があって、つまり一方は善をなす神、一方は悪をなす神だと言う人もあります〔註:蛇神とは違う〕。さらに、よい方の神だけを神と呼び、もう一方は鬼神(ダイモン)と呼ぶ人もあります〔註:日本語に翻訳すると祟り神、荒ぶる神、金神〕。例えば、トロヤ戦争の五千年前に生きていたと言われるマゴス僧〔註:イエス誕生の時に訪れた東方三賢人もこの僧侶とみなされる〕のゾロアストレスがそうで、彼は神の方をホロマゼス、鬼神の方をアレイマニオスと呼んでおります。さらに彼は、人間の感覚で知り得るものになぞらえるなら、前者は光に似ているが、後者は反対に闇、無知に似ていると言い〔註:闇と悪事は違う〕、両者の中間にミトラがあると言っております〔註:ミトラは仏教の弥勒菩薩/弥勒如来。マイトレーヤ〕。なればこそペルシア人は、ミトラのことを仲介者と名づけているのです〔註:ゾロアスター教本来の教義ではなく、当時のローマ帝国にはこのように伝わっていたということ〕。
(中略)
 しかしながら、ペルシア人もまた、いろいろと神々の物語を伝えておりまして、例えばこんなものがあります。ホロマゼスは最も清浄な光から生まれ、アレイマニオスは闇から生まれ、たがいに戦っている。ホロマゼスは六人の神を作った。第一は慈しみ、第二に真理、第三に秩序、あとは知恵と富と、最後に美しいものを楽しむ心の作り手。アレイマノスもこれに張り合うべく同じ数の神を作った。次にホロマゼスは自分の体を三倍大きくして、大地から太陽までの距離ぐらい、太陽から離れた場所に位置を占めると、空に星をちりばめて飾った。その星のうちの一つ、セイリオス(シリウス)を、彼は番人、見張り役と定めて、ほかのすべての星の前に置いた。このほかに彼は二四柱の神を作って、卵の中に納めた。アレイマニオスから生まれた神々もあって、彼らも数は同じだった。そして彼らは卵に穴をあけて……(原文欠落)……そこで善いものに悪いものが混じってしまうことになった。しかし疫病と飢えをもたらすアレイマニオスが、彼らの手で必ずや完全に滅ぼされて姿を消す運命の時が来る。その時大地はどこもかしこも平らになり、すべての人々の生き方も一色、そしてただ一つの国が生まれ、みな幸せに暮らし、ただ一つの言葉を話すようになる、というのです。《引用終わり》

 まず『大地はどこもかしこも平らになり』を一刀両断。
 文字通り大地を平坦にすることではありません。大本神諭明治31年5月5日『外国は獣〔毛物〕の霊魂になりておるから、悪〔惡、灰汁〕が強いから、心からの誠といふ事が無きやうになりて、人の国まで弱いと見たら、無理に取ってしまふて、取られた国の人民は、在るに在れん目に遇はされても、何も言ふ事は出来ず、同じ神の子で有りながら、余りひどいやりかたで、畜生よりもモ一つ惨いから、神が今度は出て、世界の苦しむ人民を助けて、世界中を枡掛かけ曳きならすのであるぞよ』の、升掛ひきならす、と思っていただきたい。
 次に『ただ一つの言葉を話すようになる』について。
 旧約聖書で、人々はヤハウェに対抗するため高い高い塔をつくろうとし、そのため神の怒りに触れて人間の言語はバラバラにされてしまいました(バベルの塔)。旧約聖書ではそこで終わりですが、しかし最後の審判の後、言語が再び統一されることが2000年前のローマ人によって預言されていたのです。さて、その言語はラテン語? 英語? フランス語? ロシア語? アラビア語? それとも・・・日本語? 出口王仁三郎聖師は、主神・国常立尊様が八百万の神々によって世界の丑寅うしとら=東北(みちのく)に押し込まれ、丑寅を鬼門きもんとして「うしとらの金神」と呼ばれるようになった真意を解説しておられます。
 それは、国祖(国常立尊 圀常立尊)の威光(支配)が、日本列島だけにしか及んでいないことだと。

 これは従来「天皇の主権が日本列島にしか及んでいない」と解釈されてきましたが、むしろ「日本語は基本的に日本列島(日本人)でしか使われていない」を指している方が妥当でしょう。上野公園さんが何度も『神言会・大本教神諭解説』で述べられていますが、言葉とは『示し申す』の『神』であり、言霊の力とは、日常の我々が想像するものではない、凄まじいものがあるのです。そのげんれいしん厳霊神げんれいしん)の教えが日本語であり、日本語の仕組みを『日本の国祖・国常立尊』とも申し上げるのです。たしかに日本列島=国常立尊の御神体、という意味合いもありますが、それだけに限定すると、根元の神(宇の志は羅を採るウシトラの金神・国常立尊)様のスケールを見誤ります。


世界の出来事を考へたら、神の仕組が判りて来て、誠の改心が出来るぞよ。
最後の審判迄の【時は金なり】と四ッ花で知る甲斐の【風林火山】。そして、解釈誤りのお詫び。
〔上野公園さん『人に内在する良心神(神言会)』 2016年1月30日〕




壊された白狐は何を告げるのか?

2016年(平成28年)12月11日(旧暦11月13日)、福岡県で日本の警察は、一人の男を逮捕しました。

神社のキツネ像壊した疑い、韓国籍の男逮捕(河北新報) - Yahoo!ニュース
『神社の石像などを壊したとして、福島県警白河署は12月10日、器物損壊などの疑いで、韓国籍の住所不定、無職チョン・スンホ容疑者(35)を逮捕した。福島県内では神社や寺で同様の被害が相次いでおり、同署が関連を調べている。逮捕容疑は12月9日夜、同県泉崎村泉崎のからす峠稲荷神社で、キツネの石像2体を損壊。さらに拝殿と本殿に侵入し、キツネの木像1体などを壊した疑い。
 同署によると、一連の被害を受けて捜査していた署員が10日正午ごろ、白河市内の国道4号を1人で歩いているチョン容疑者を見つけ、職務質問すると、「キツネ壊した」と容疑を認めたという。パスポートを所持しており、11月に入国したとみられる。 県内では福島、郡山、須賀川各市などで、神社や寺の石像が壊されているのが相次いで見つかっている。被害は計10カ所以上で確認され、壊された石像などは約100体に上る。いずれも倒されたり、地面にたたきつけられたりしたとみられる。』

以前、このようなニュースが報道されました。『仏像損壊90体か 須賀川・郡山で被害届け、同一犯の可能性(福島民友新聞) - Yahoo!ニュース』 。12月5日には、福島県須賀川市桙衝字亀居山のほこつき神社(御祭神、日本武尊やまとたけるのみことおよび建御雷命たけみかづちのみこと)でも、破壊活動が行われています。

○続報。『福島の地蔵仏像破壊、119体に 韓国人容疑者逮捕で関連調べる 朝日新聞デジタル | 執筆者:朝日新聞社提供』(HuffPostJapanより)
△(引用開始)「許せない」。10日に墓地の地蔵7体と石灯籠が倒されたり、壊されたりしているのが見つかった泉崎村のがんでは、住職(65)が怒りをあらわにした。 住職によると、墓地の地蔵は、幼くして亡くなった子どもの供養のために建てる家が多い。「地蔵には、身内を守ってくれるようにという人々の願いが込められている。そんな気持ちを犯人は知っているのか」
 雪の日に道端の地蔵に笠をかぶせて恩返しを受けるという「かさ地蔵じぞう」の昔話は、福島県内でも各地に伝わる。被害が多発する須賀川市の隣の鏡石町には、「笠地蔵」と呼ばれる碑が笠石地区にあり、町の指定文化財になっている。 先祖代々「笠地蔵」の保存に尽力してきた遠藤栄一さん(78)によると、笠地蔵は昔から「子育て地蔵」とも呼ばれていた。住民らは「子どもが丈夫に育つように」と手を合わせ、年2回の祭りがある。「何の目的で、どんな気持ちでやっているのか」と憤る。(以下略)



各ニュース局は「キツネ像を壊した」と報道しています。が、違和感を感じます。なぜ正式な名前を報道しないのでしょうか? この狐は動物けもののキツネにあらず、白狐びゃっこといいます。神様の御使い(眷属)です。稲荷いなり大神の命令に従う、霊的な存在です。一般的に、稲荷神=白狐と思われておりますが、そうではありません。あくまで、白狐は稲荷大神の部下、兵士です。普通の神社の入り口には狛犬こまいぬが鎮座していますが、稲荷系神社だと、白狐が鎮座していることもあるのです。 『伏見稲荷大社HP

『白狐』について詳しく学びたい方は、神之公園さん(神言会・大本教神諭解説)の『白狐の霊界物語』を御覧になってください。いちはや年(明治25年)2月3日節分を端緒とする、三千世界の立替え立直し最後の審判。その時、白狐達は真の天照皇大神の「かんぐん」として『維新いしんです! 御維新です!』と、まるに十字のろくもん(  )を掲げて宣伝すると言われています。(人に内在する良心神ブログ、私は白狐かえ?)。 前回のブログでも書いたとおり、『世界に大きな事や変りた事が出て来るのは、皆この金神の渡る橋であるから、世界の出来事を考へたら、神の仕組が判りて来て、誠の改心が出来るぞよ。』 何が起きるのでしょうか?



今年の漢字は「金」 リオ五輪、政治資金問題、PPAPなど(オリコン) - Yahoo!ニュース

その年の世相を漢字一文字で表す師走恒例の「今年の漢字」が12月12日発表され、「金」に決まった。この日午後2時過ぎ、京都・清水寺で森清範貫主が縦150センチ、横130センチの越前和紙に広島県産の熊野筆で力強く揮毫きごうした。
はがきやウェブサイトを通じた公募で決まる「今年の漢字」は、12月12日(旧暦11月14日)の「漢字の日」に一年を振り返り、漢字一字に込められた奥深い意義を再認識する機会を持つことを目的に始まり今年で22回目。
2016年(平成28年)は、15万3562票の応募があり「」が6655票。リオ五輪の「金」メダルラッシュや前東京都知事の政治資金問題“政治とカネ(金)”、イチロー選手の通算3000本安打達成など「金」字塔、PPAPの「金」色の衣装などが理由に挙がった。

・・・このタイミングで「きん」が来ました。
こんじんきんうしとらの金神、国常立尊の「金」です。

大本神諭(天の巻)『明治26年…月…日』

世界に大きな事やかわりた事が出て来るのは、皆このこんじんの渡る橋であるから、世界の出来事を考へたら、神の仕組しくみが判りて来て、誠の改心が出来るぞよ。世界にはまことの者を神が借りて居るから、だんだん結構がわかりて来るぞよ。目醒めざましも有るぞよ。またしき目醒しも有るから、世界の事を見て改心致されよ。あらたまりて世を替へるぞよ。今迄よかりた所はチトわるくなり、悪かりた所は善くなるぞよ。日本は上へおつちあががるぞよ。外国はお土がさががりて海となるぞよ。コレも時節であるから、ドウも致しやうが無いなれど、一人なりと改心をさして、世界を助けたいと思ふて、天地の元の大神様へ、うしとらの金神が昼夜に御詫おわびを致して居るぞよ。

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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